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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第36話 賢人王の血
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「まず、ドプス様のご葬儀の際、ノーマ様はご自身がご当主様に次ぐ席に着くとおっしゃったのでございますか?」

 この質問に答えたのはカンネルだ。

「ゴンクール家の後継者が着くべき席に着くとおっしゃったのです」

「親族会議の際も、後継者が着くべき席に着くとおっしゃったのですか?」

「そうです」

「次に進ませていただきます。ご当主様の計画では、ボルドリン家の方々を親族会議から排除なさるおつもりだったのですね?」

 この質問にはプラドが答えた。

「そうじゃ」

「そして、クサンドリア様ご自身の口から、三男のホルカッサ様を当家の後継者にというご提案を頂くおつもりだったのですね?」

「そうじゃ」

「もしや、テンドリア様からも、ご長男を当家の後継者にというご提案を頂かれるおつもりでしたか?」

「水は向けてみるつもりであった」

「しかし実際には、ホルカッサ様をご後継にという話があることは、ご当主様みずからがお話しになりました。そして、クサンドリア様がどなたかに誤った情報を与えられたと断じられました。あれは」

「あれはノーマがそうするようにと言うたのじゃ」

「ありがとうございます。次に、もし騎士カロダン様がジンガー様の弾劾などされず、おとなしくご退出なさっていた場合、どうなさったのでしょうか」

 プラドはカンネルのほうをみた。お前が説明せよ、と命じているのだ。

 カンネルが口を開いた。

「ノーマ様がおっしゃるには、〈わざわざバンタロイからやって来て何もできずに帰ったのでは立場がありませんから、部屋から出されそうになったら、必ず何かしてきます〉ということでした」

「はい」

「そしてさらにノーマ様は、〈それでも何もせずに出てゆきそうになったら、出ていく前に呼び止めて、私を紹介してください〉と、おっしゃいました」

「はい。ありがとうございました。よくわかりました。もう一つお教えください。ご当主様は騎士カロダン様をワズロフ家に送り届けるとおっしゃいましたが、あれも計画に含まれていたのでしょうか」

「ノーマ様はこうおっしゃいました。〈ボルドリン家の方々は、私かジンガーを標的にして揺さぶりをかけてくるでしょう。そのとき私は身元を明かしますので、そのあとはワズロフ家を引き合いに出して、脅しをかけてください。ワズロフ家に突き出すことにするというような言い方をしてやれば、驚くでしょう〉」

「ああ、なるほど。それでわかりました」

「何がわかったのだ」

 そう聞いたプラドの声には面白がっているような響きがある。

「ご当主様とノーマ様のなさり方のちがいを比較し、その長所と短所を述べよとのご下問にお答えします」

「ほう。申してみよ」

「まずボルドリン家への対処という点では、ご当主様はボルドリン家の方々を親族会議から排除しようとなさいました。そのやり方であれば、ボルドリン家の直接的な干渉は防止できます。しかしボルドリン家の方々がゴンクール家に滞在していることからくる無言の圧力は排除できず、親族会議に多少の影響は与えたでしょう」

「ふむ」

「一方、ノーマ様のやり方は、ボルドリン家の方々をご親族がたの目の前に引き出し、その無力さを露呈させるというもので、結果として、ご親族がたの心をボルドリン家から引き離すことができたように思います。しかし悪くすればボルドリン家に親族会議をかき回す機会を与える危険もなくはなかったはずです」

「なるほど。それから?」

「ご当主様のなさり方では、ボルドリン家から来た方々は無傷で帰ることになります。しかしノーマ様のやり方では、いささか手痛い教訓を持ってお帰りいただくことになります」

「はははは。確かに」

「次にご親族がたへの処され方について、ご当主様のやり方は、敵と味方を明確に切り分け、敵をたたくというものでした。これに対しノーマ様は、敵と味方の境界線上に立つ者を包み込むというやり方をなさいました」

「なに? わかりやすく説明せよ」

「まず、ご当主様は、クサンドリア様からご三男の、テンドリア様からご長男の当家後継者就任をご提案なさしめるおつもりでした。その上で、クサンドリア様に、あるいはテンドリア様にご賛同なさるご親族をみさだめになるおつもりでした。すなわち、ご親族のなかで、ボルドリン家の、あるいはハッディス家の手が伸びているかたをみきわめられるおつもりでした」

「もちろんじゃ」

「そのうえでノーマ様の存在を明らかになさるわけですが、そうなると、クサンドリア様もテンドリア様も、お二方にご賛同なさった方々も、もうあとへは引けません。クサンドリア様とテンドリア様は絶縁となり、ご賛同なさった方々には厳しい報復が待っていたはずでございます」

「うむ。まさにそう考えておった」

「それに対してノーマ様のやり方では、クサンドリア様はむしろだまされた側だということになり、ボルドリン家の悪辣さが垣間みえました」

「ふむう」

「クサンドリア様もテンドリア様もゴンクール家のご親戚という立場は失われませんでした。ただし、ご親戚がたのうち、特に深くボルドリン家の影響が及んでいる方々は、名乗りを上げねばならない状況に追い込まれました」

「ほほう。もう少し申してみよ」

「ボルドリン家の方々が同席されているのです。利益供与を受けたり弱みを握られたりしている方々は、形だけでもホルカッサ様をご後継にという案に賛成してみせねばならなかったはずでございます。ただしすでにご後継はノーマ様であることが発表されているのですから、それは反逆とまではいえません。事実ご当主様は、その方々を弾劾されませんでした」

「うむ」

「ボルドリン家の手は伸びかかっていたけれどもさほど深い関係のなかったかたは、無言を貫かれました」

「くく。そうであったなあ」

「あの場でホルカッサ様をご後継にという案に賛成なさったかたは、ボルドリン家とつながりがあると白状したようなものですから、今後しばらくは言動を慎まざるをえません」

「なまぬるい」

「はい。そうかもしれません。ともあれ最後にはボルドリン家の方々はぶざまな姿をさらしました。あれはボルドリン家恐るるに足らずとの思いを、皆さまに抱かせるものでありました」

「そうじゃな。やつらを引っ張り出さねば、ああはならなんだ。それは確かじゃ」

「全体を通じて、ご当主さまのやり方は、峻烈で、敵味方の区別が明確で、こちらの予定した通りに事を進めるやり方でした。それに対してノーマ様のやりかたでは、クサンドリア様もテンドリア様も切り捨てずにすみ、ご親族のどなたも切り捨てずにすみました」

「敵を腹中に抱え込んでおるだけではないか」

「敵になるかもしれない味方を、味方の側につなぎとめたのです。総じていえば、ノーマ様のやり方は、敵を作らないやりかたです」

「ボルドリン家を引っ張り出してやり込めたではないか」

「本当にワズロフ家に突き出すおつもりはない、と推測いたしております」

「ほう。なぜそう思う」

「ここまでのノーマ様のなさり方とそぐわないからです。先ほどの〈ワズロフ家に突き出すことにするというような言い方をしてやれば、驚くでしょう〉というお言葉で確信いたしました。たぶん、さんざん脅し上げたうえで許し、恩を売りつけなさるおつもりではないかと愚考いたします」

「ふふ。よくみた」

「ノーマ様のなさり方は、臨機応変で破綻しにくい長所があるものの、その時々で適正な判断が必要という短所があります」

「どちらが優れておる、とお前は考えるのだ」

「エールにはエールのよさがあり、焼き酒には焼き酒のよさがございます。そこに優劣を持ち込む必要もないかと愚考いたします。ただ」

「ただ、何だ?」

「ノーマ様のご指示は、まことに行き届いたものであったと愚考いたします」

「ふん」

 プラドは何かを考えながら、右手の指を軽く曲げて、椅子の腕をこつこつとたたいていたが、カンネルのほうを向いて言った。

「カンネル」

「は」

「フィンディンにガイプスの教育係を任せようと思うのだが、どうじゃ」

「よきお考えかと」

「よし。フィンディン」

「はい」

「ガイプスの教育係を任せる」

「はい」

「明日、ウテナとガイプスに、わしから話をしておく」

「はい」

「さて、寝るか。そうそう、カンネル。ノーマのやつが、〈今夜はボルドリン家の方々に格別のご注意を〉と申しておったが、手配しておるか」

「は。客棟の階段には二人ずつ兵士を配置しております。ヘクター兵士長にも油断しないよう伝えてあります」

「そうか。長い一日であったのう」

「お休みなさいませ」

「ああ」

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