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「ゴンクール家のご親族がたに、ごあいさつ申し上げる。私はノーマ・ゴンクール。母はプラド様の娘コロナ。父は先々代マシャジャイン侯爵の六男サースフリー。父の母が地方貴族にすぎない身分だったため、父はワズロフの家名を名乗ることを許されていなかった」
母が地方貴族にすぎないという発言は、卑下しているようであって、実はそうではない。なぜなら、ワズロフ家ほどの大貴族からみれば、このゴンクール家も地方貴族にすぎないからだ。つまりノーマの発言は、父方の祖母も、少なくともゴンクール家に匹敵するような貴門の出身であったことを示唆している。
「だが父はまぎれもなくワズロフ家の一員だった。私はこのヴォーカの町で生まれたが、その年のうちに父と母と私はワズロフ家に呼ばれ、ワズロフ家の屋敷に住むことになった。私は十七歳の年までマシャジャインで過ごしたのだ」
ノーマは目の端で、ドン・コスペスがわずかに目に驚きを表したのを捉えた。やはりこの情報はつかんでいなかったようだ。
「やがて祖父マシャジャイン侯爵が逝去なさり、母コロナもワズロフ家でこの世を去った。父と私はワズロフ家に住み続けるのをいとい、ここヴォーカに買い求めてあった家に戻ってきた」
こんなふうに言えば、祖父と母の思い出がしみついた家で暮らすのがつらかったのでヴォーカに帰ってきた、と勘違いする者もいるだろう。実際にはノーマもノーマの父も、喜々としてワズロフ家を出たのだが。
「そのとき先代のマシャジャイン侯爵が騎士をつけてくださったのだ。プラド様」
「何かな、ノーマ殿」
「わが騎士については、本人に身の証しを立てさせたいが、いかがか」
「うむ。それが最もよい。騎士カロダン・ホイスト殿」
「は」
「御身の告発に対し、告発された騎士本人から身の証しを立てさせる。しかと聞かれるがよい」
「お待ちください。それがしは」
「ノーマ殿」
何かを言い募ろうとしたカロダンをさえぎって、プラドはノーマにうなずきを与えた。ノーマは後ろを振り返り、目でジンガーに発言を命じて着席した。
ジンガーは、ずいと一歩進み出た。
「わが名はジンガー・タウエル。ワズロフ家に剣を捧げし者なりしが、先代侯爵様のご命令により、サースフリー様とノーマ様を身命を賭して守護しまつるべく、この地に赴きたり。そこな騎士よ。わが名誉をけがし、光輝あるワズロフ侯爵家の紋章に唾をはきかけるがごとき妄言、許しがたし」
いい声だなあ、とノーマはジンガーの口上をほれぼれと聞いていた。そのときノーマが浮かべた笑みを、親族たちは身も凍る思いでみつめていた。
ジンガーは左手のこぶしを胸の高さまで上げ、呪文を唱えた。
「〈展開〉!」
たちまち〈ウォルカンの盾〉が現れた。
騎士カロダンは、わなわなとおののいているが、言葉は出ない。
「わが君。願わくば一剣をもって身の証しを立てるお許しを」
(私自身が指示しておいたこととはいえ)
(ジンガー)
(やりすぎだよ)
「ジンガー、盾をしまえ。場を心得よ」
「は。〈縮小〉」
盾を収めたジンガーは、一歩下がってもとの位置に戻り、何もなかったかのように平然とした表情に戻った。
「じ、ジンガー・タウエルだと。馬鹿な。それは先代の筆頭騎士様の御名ではないか。まさか、まさか。だが、その〈ウォルカンの盾〉、それは、それは」
またもや許しもなく騎士カロダンがしゃべっている。誰かに話しかけているわけではなく、つい口から漏れた言葉のようではあるが、非礼にはちがいない。
はじめのうちは騎士カロダンに畏怖のまなざしを向けていた者も少なくなかったが、今やほとんどの者が、さげすみと怒りの表情で騎士カロダンをみている。
「騎士カロダン殿」
鋼鉄のように冷たいプラドの声が響いた。
「御身が、呼ばれもせぬのにわがゴンクール家の親族会議に土足で踏み入り、場の静謐を乱したこと、いかにボルドリン家の騎士とはいえ、そのふるまいは許されるものではない。わしはボルドリン家ご当主殿の意向を詰問する書状を書かねばならぬ」
「お待ちください! そうではないのです。わたくしは、貴家の御ためを思えばこそ」
「御身自身もわが家の法で裁きたいところであるが、そうはいかぬ」
ここで騎士カロダンが、少しほっとした表情をみせた。
(表情に出すぎだなこの騎士は)
(それに比べてあの従者はやるな)
(何を考えているかさっぱり読ませない)
「御身がワズロフ家に与えた侮辱を裁けるのはワズロフ家だけだ。ゆえに御身を拘束し、ワズロフ家に送る」
部屋にいた誰もが、ぎょっとした表情をみせた。それほど、プラドの発した言葉は衝撃的だった。
「者ども、騎士カロダン殿を拘束せよ! 武器と〈箱〉を取り上げ一室におこもりいただけ。いかなることがあろうと、決して部屋からお出ししてはならん。誰が来ようと、わが家の従者以外誰も部屋に入れてはならん」
六人の兵士のうち四人が拘束に動いた。騎士カロダンはあれこれ言い立てたが、プラドは返事もしなかった。
やがて騎士カロダンは連れ去られ、部屋は静けさを取り戻した。
部屋を出た四人の兵士の代わりに、外で待機していた兵士二名が入室して定位置に立った。
一同は、いまだプラドの苛烈さに対する驚きからさめていない。まさかワズロフ家にボルドリン家の騎士を突き出すようなことをするとは、誰も思っていなかったのだ。そんなことができるということは、プラドはワズロフ家と何らかの関係があるということだ。現に自分の娘を先々代侯爵の息子と結婚させているし、かつてワズロフ家の筆頭騎士だったという人物が目の前にいるのだから、この可能性は信憑性が高いと思われた。
もちろん、プラドには実際に騎士カロダンをワズロフ家に突き出すつもりはない。この親族会議からボルドリン家の影を吹き払うためのはったりである。
騎士カロダンがジンガーを先代筆頭騎士と呼んだのは、ノーマの計算外のことだった。ノーマの知るかぎり、ワズロフ家では筆頭騎士という言い方をしていない。しかし他家からみればそうと思える位置にジンガーがいたことは確かだ。
そしてその元ワズロフ家筆頭騎士という架空の肩書は、親族たちに劇的な効果を及ぼしていた。なにしろワズロフ家の高位騎士なら、おそらく身分の上ではゴンクール家当主より上だ。そういう人物と敵対する立場を取る勇気は、そうそう出ない。
「カンネル」
「は」
カンネルは名を呼ばれただけで当主の命令を理解し、クサンドリアとホルカッサとテンドリアと、そしてボルドリン家の従者を部屋から連れだした。もはやクサンドリアも抵抗はみせなかった。
「さて。諸君。先ほども述べたように、ノーマ殿を後継者に指名し、ガイプスが成人に達したら当主を譲る誓いを立ててもらう、というのが私の案だ。この案に反対の者がいたら手を挙げてもらいたい」
誰も手を挙げなかった。
「では賛成の者は手を挙げてもらいたい」
プラドとノーマ以外のすべての人間が手を挙げた。ガイプス本人が勢いよく手を挙げたのが注目を集めた。また、ウテナとジョナもノーマに笑顔をみせながら手を挙げていた。そのことは出席者全員に、ゴンクール本家の意見がよくまとまっていることを印象づけた。