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プラドが顔を上げてノーマをみた。その顔は十歳あるいはそれ以上も老けてみえた。ノーマは胸が痛むのを感じた。
「まず、私が後継者になることをお断りした場合、どうなりますか」
「一族の重鎮を後見人に立て、ガイプスを家督相続者に指名する」
「その場合の不安要素にはどのようなものがありますか」
この質問にはカンネルが答えた。
「ご当主様にもしものことがあれば、後見人によって事業の大部分が奪われてしまうことも考えられます」
現在ガイプスは五歳。成人して当主となるまで十年かかる。そしてプラドは今七十一歳。いつ何時変事があってもおかしくない年齢だ。だから一時つなぎの後継者か後見人を立てなければならない。ところが後見人になるべき位置にいる人物は、ゴンクール本家からみた場合、完全に信任できる人物ではないようだ。
「私が後継者でなく後見人になることはできませんか」
「ノーマ殿には事業を切り盛りする知識がない。各部門の責任者たちとも顔がつながっておらん。後見人は無理だ。それに後継者と後見人では裁量の幅がまるでちがう。わしに何かあった場合、カンネルの助言を受けてあらゆることを決定する権限を持つのでなければ、諸事に対応できまい」
「ノーマ様。あなたさまに後継者になっていただくのは、その席に誰も座れないよう、席を埋めてしまうためです。実際にはご当主様にはあと何年も長生きしていただき、采配をふるっていただかねばなりません。そうでなければ、いずれにしても当家の未来はありません」
「では、後継者になることをお引き受けした場合、私の暮らしはどうなるでしょうか」
「まず、ドプスの葬儀に出てもらう。あまり目立つ席ではなく、末席がよい」
「はい」
「次に親族会議に出席してもらう。ただし最初は別室で控えてもらい、親族たちの意見が出尽くしたあと、入室してもらう。その場でわしはあなたを後継者に指名することを告げ、親族たちの了解を得る」
「その会議にクサンドリア様はご出席なさるのですか」
「本来なら参加できぬ。しかし理由をつけて参加してくるであろう。どうしても参加させなんだ場合、親族のなかでボルドリン家の息がかかった者が、クサンドリアの息子を後継者にという話を持ち出してくるじゃろう。わしはクサンドリアを参加させて、本人の口からその提案をさせるつもりじゃ」
「私は一介の施療師にすぎません。親族がたのご了解を得るのはむずかしくありませんか」
「今のノーマ殿は、薬聖様と九日間にわたって語り合った時の人だ。薬聖様の診療をして、〈浄化〉の新たな可能性をみつけたのもあなただというもっぱらの噂だ。それに、出自の上でもまったく問題ない」
「では、親族会議で了解が得られたとして、そのあと私は何をすることになりますか」
「できればこの館で生活してもらいたい。そういう形を取ることが大事なのだ。ただし館のなかでは何をしてもらってもよい。わしが生きておるあいだも死んでからも、あなたは何もしなくてよい。それは約束する。わしの死後はカンネルが一切を取り仕切る。それを承認してくれればそれでよい。今あなたは父上の原稿をとりまとめる事業に取り組んでいるのだろう。それをやってもらえばよい」
これは強烈に魅力的な提案だった。今の問題が完全に解決してしまう。患者もまさかゴンクール家に押しかけはしない。他家の貴族もゴンクール家の後継者に往診はさせられない。商人も薬師も施療師も、ノーマをわずらわせることはできなくなる。
「必要な物は何でも使ってよい。要る物があれば買ってさしあげる。金や人手が必要なら準備する。できれば結婚はしてもらいたい」
「結婚?」
「あなたはまだ若く、美しい。理知的で健康で、しかも感情の制御がしっかりしている。当主後継者に指名されると、求婚者が押し寄せるのは目にみえている」
貴族女性の場合、嫁にいく適齢期は十四歳から二十二、三歳である。
ところが婿を取るとなると話はちがう。家の事情で当主あるいは次期当主が伴侶を迎える場合、事実上年齢は無制限といってよい。二十歳の女性当主が五十代の見識の高い夫を迎えることもあれば、六十代の女性当主が二十代の若く健康な夫を迎えることもある。それはまったく非常識でも不道徳でもない。
まして今ノーマは二十七歳だ。他家に嫁いで子をなすには少し年齢が高いが、夫を迎えるのに何の不自然さもない。
「もちろん、後継者の座はあなたのものであり、あなたの夫のものとはならない。ガイプスが当主となったならば、安心して暮らせるだけの年金をつける。この屋敷のなかに住み続けてもらってもかまわない」
万一、ノーマに子が生まれ、その子を次期当主にしようなどとノーマやその夫が画策したら、ゴンクール家は再び危機に陥る。そのような野心を持つ夫ではだめだ。
「後継者に指名され、この家に入れば、あなたの身分は貴族となる。あなたの夫もだ。ガイプスが当主となったあとも、その身分は失われない。だから今の施療師としての生活を続けることはむずかしいだろう」
このプラドの提案は、ノーマの胸中に突然ある願いをかき立てた。
レカンと結婚できるかもしれない、という願いである。