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「それは、ノーマ殿に家督相続者になってもらうことだ。ただし、ガイプスが成人したらガイプスに家督を譲るという誓いを立ててもらう」
ノーマは驚かなかった。怜悧な頭脳を持つ彼女は、その可能性に気づいていたからだ。
「私はゴンクール家ではうとまれています。というより祖母と母はうとまれていました。私の存在など知らないご親族も多いでしょう」
「幸いに、ナラエの血を引く者でわが家に残っておるのはガイプスとエレフス、それにドプスの娘のユリラだけだ。親族には、むしろナラエに排斥されたロクソナに同情する声もある。少なくともノーマ殿は、親族に悪い心証を与えてはいない」
「なぜ今なのです?」
「うん?」
「なぜ、ドプス殿の葬儀も終えない今、この話を私になさるのですか」
「葬儀が終わってからでは遅すぎるからだ」
ノーマは問うようにプラドをみた。
「葬儀のあとには親族会議を開かねばならぬ。その際、クサンドリアが三男のゴンクール家継承を強く言い立てたら、親族のなかに同調する者が現れんともかぎらん。ボルドリン家と結びつくうまみにつられてな」
「クサンドリア様の三男というかたは、おいくつなのですか」
「二十歳だ」
それはガイプスにとっては強敵だ。というより、勝てない。
「他家に嫁いだクサンドリア様が、ゴンクール家の親族会議に出ることができるのですか。そもそもバンタロイから駆けつけてまにあうのですか?」
「クサンドリアは今この屋敷におるよ。三男もな。父であるわしに自慢の三男を引き合わせにきたのだそうな」
一瞬、ノーマは絶句した。
クサンドリアにとって、ゴンクール家は実家だ。実家ではあるけれども、バンタロイのボルドリン家に嫁いだ身だ。それが息子を連れてヴォーカのゴンクール家に乗り込んでくる。息子をゴンクール家の後継者に押し込むために。それは少しばかり異常なことだ。しかもクサンドリアが滞在中にドプスが死んだ。毒殺という、これも異常な方法で。
そこまで考えて、ノーマは思った。
(自分の三男を実家の跡継ぎに押し込むために甥を毒殺する)
(あり得ない話だとはいえないが少し急すぎるし強引すぎる)
(となると必ずしもクサンドリア様のご発意ではないのかもしれないな)
「クサンドリア様とご子息には、大勢のお供がおありでしょうね」
「うむ? ああ、十二人いる。御者二人、騎士二人、侍女二人、従騎士二人、小姓二人、小物二人じゃな」
「お聞きしにくいことをお聞きします。プラド様は、今回のご不幸は、そのご一団によってもたらされたものだとお思いですか」
「それしか考えようがあるまい。ドプスは昨日まで元気だったのだ。まさか実の甥を……」
「その件について、クサンドリア様がご存じだという証拠があるのでしょうか」
「なに?」
「念のためお聞きしております。今回のご不幸がそのご一団によってもたらされたものだとしても、クサンドリア様はそのことをご存じなかったかもしれません」
「まさか」
「ご当主様。そういえば、二日前の晩餐のとき、クサンドリア様が奇妙なことをおっしゃいました」
黙って聞いていたカンネルが口を挟んだ。
「奇妙なこと? あれが何を言ったかな」
「ドプス、無理をしてはだめよ、とそうおっしゃいました」
「おお。そんなことを言っておったな。それがどうかしたのか」
「ご当主様。今のノーマ様のお言葉を聞いて、私はふと思いました。ドプス様が重い病を得て余命わずかであるというように、クサンドリア様がどなたさまからか吹き込まれていたとしたら、いかがでございましょうか」
この言葉の意味を、しばらくプラドはかみしめた。
「あの……女狐!」
「そう考えれば、ゴンクール家の存続のためには、早くしっかりした後継者を立てる必要があるとクサンドリア様がお考えになったとしても、無理からぬことかと」
再びプラドはしばらく沈黙した。そして身をかがめて顔を両手で覆った。
「あまりに急にこのようなことが起きて、わしも少々動転しておるようだ。まさかここまでのことをするとは思わなんだ」
「ボルドリン家以外のしわざであるという可能性はないのですか?」
プラドはカンネルをみた。カンネルがノーマに答えた。
「わかりません。そもそもドプス様が暗殺されるかもしれないなどとは、今日まで考えたこともなかったのです。しかしお元気だったドプス様が急逝なされ、唇の色やお肌の色が、いささか普通ではないため、ただちにオスパル殿をお呼びしたのです」
「なぜ私を呼ばなかったのですか?」
「カンネルはノーマ殿を呼ぶべきだと言った。わしが反対したのだ。巻き込むべきではないと。だがオスパル殿が、おそらく毒による死だと診断し、何の毒かきちんと判定できるのはノーマ殿だけだと言った。わしはこれは運命なのだと思った。それであなたを迎えにやらせたのだ」
「ノーマ様。正直に申し上げて、暗殺者が誰であり、暗殺を命じたのがどなたか、今はわかりません。今わかるのは、クサンドリア様がご自分のお子をこのゴンクール家の後継者となすべく、この屋敷に滞在なされていることと、その状況でドプス様がご逝去なされたということです」
「ふむ。状況はおおむね理解しました。私のほうからお聞きしたいことがあります」




