11(ゴンクール家系図あり)
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「わしにはクサンドリアという娘がおる。トンナラの妹じゃ。これはバンタロイのボルドリン家に嫁いだのじゃが、五年前トンナラが死んだ直後に、とんでもないことを言ってきおった」
「とんでもないこと?」
「ゼプスでは到底ゴンクール家の切り盛りはできない。自分の三男を養子にして跡継ぎにしたらどうかというのじゃ」
いったん他家に嫁いだら他家の人間である。もとの家の跡継ぎが途絶えたら、外に出た娘の子を後継者として迎えるというようなことは、ないことはないが、それは後継が途絶えたらの話であり、ゴンクール家にはその時点で長男も次男も健在だったのだ。クサンドリアという女性の申し出は、不自然でありかつ立場をわきまえない振る舞いといわねばならない。
「養子というのは、誰の養子ですか?」
「わしのじゃよ。わしの養子にせよというのじゃ。もちろん、そんな馬鹿な話ははねのけた。出過ぎた口出しをするなとしかりもした。じゃがクサンドリアはこりなんだ。それからも、頻繁に同じことを申し出てきおった」
「それはクサンドリア様ご自身の考えなのでしょうか」
「さすがにノーマ殿は目の付け所がいい。そんなはずはないのう。あれは気位は高いが目端は利かん。ボルドリン家前当主の妻、カッサンドラの入れ知恵じゃとわしはみておる」
「カッサンドラ様」
「わしとおなじ七十一歳だと思うたがのう。妖怪のような女じゃ。あれの孫などを引き入れたら、ゴンクール家は骨の髄までしゃぶりつくされてしまうわ」
「そんななかでゼプス様が亡くなってしまわれた」
「それは運命であったかもしれん。あれがこの家を継いでおったら、どうなっておったことか。むしろカッサンドラの息のかかった者を送り込まれ、ゼプスはいいように操られておったかもしれん。実のところ、ゼプスではなくドプスを家督相続者にするべきだという意見は、親族のなかにも少なくなかったのじゃ」
そういう複雑な事情を、ノーマはまったく知らなかった。この隆々と栄えているゴンクール家にも、そんなもめ事や悩みがあったのだ。
「正直にいえば、ドプスを家督相続者にするほかなくなり、わしもカンネルも安堵した部分がある。それは否定できぬ」
そのことについて、ノーマは口を挟まなかった。ゼプスを殺したのはレカンであるが、そのもととなった出来事はノーマが引き起こしたといってよい。自分はゴンクール家にとって疫病神なのだ。
「そんなわしらの気持ちを知ってか知らずにか、クサンドリアは自分の三男を後継者にするようにと、いよいよ強く言ってきおった。最初のうちは手紙だけであったが、今では毎月使者がやってくる。相手がボルドリン家でなければ、こんな無礼な使者はたたき斬ってやるのだが」
「しかしいかにボルドリン家が大都市バンタロイで権勢があるといっても、他領のことにすぎないでしょう。ほうっておいてはいけないのですか」
「それがなあ。わしもうっかりしておったのだが、クサンドリアはナラエの実家であるラモー商会を味方につけておったのだ。ラモー商会は近年チェイニー商店に押されて勢力を落としておる。今この町はにぎやかさを増しており、商機は多い。ところがその商機をことごとくチェイニー商店にもっていかれておるのが現状じゃ。そこにクサンドリアはつけ込んだのじゃ」
「町がにぎやかなのは感じておりましたが」
「ははは。わが家の直営事業も、ここ四か月ほどは成績がよい。しばらくは上り調子が続きそうな気配じゃ。それにわが家はチェイニー商店の最大出資者じゃ。チェイニー商店が栄えれば栄えるほど、わが家も栄える。それもクサンドリアの、いやカッサンドラの欲を駆り立てておるようじゃがな」
「こうして内情をお話しくださる意図は何でしょうか」
「もう少し聞いてもらいたい。ドプスには娘がおるが二歳に過ぎぬ。またドプスの妻は気立ては優しく人と争うことが苦手でな」
「はい」
「幸い、ドプスを家督相続者にすることは、まだ正式のことにはしておらん。せめてゼプスが死んで一年をへてからと思うておったのでな。ところで、ゼプスの子たちについては知っていたかな」
「いえ。存じません」
「二人の子がおる。長男のガイプスは五歳、長女のエレフスは三歳じゃ」
「そのガイプス様が家督相続者ということになるのですね」
「ガイプスに跡を継がせたいとは思うておる。しかし、ガイプスはまだ五歳。そしてわしは七十一歳。わしが死んでしまえばガイプスに家を切り盛りすることはできず、クサンドリアがわが物顔に振る舞うのは目にみえておる」
どうもプラドの言葉からは、自分の娘であるクサンドリアへの愛情が感じられない。そもそもゴンクール家の娘を嫁に出すについては、この結婚がゴンクール家のためになるという目算があったはずなのだが、そこはどうなのだろう。クサンドリアという娘がすっかりカッサンドラとやらに取り込まれてしまったのかもしれない。
「しかももう一人、面倒な者がおる。ドプスの妹のテンドリアじゃ。これはこの町のハッディス家に嫁いでおる。ハッディス家からは、テンドリアの長男をゴンクール家の後継者にしてはどうかと打診がきておる。テンドリアの長男は、まだ八歳にすぎん」
「それはまた」
「だがハッディス家はゴンクール家より家格が上。しかも同じ町の貴族であるだけに、介入の方法もいろいろある。これも放置してはおけん」
プラドは昨年のうちに死んでも不思議ではない健康状態だったのだ。今は幸い健康を取り戻したかのようにみえるが、それもどこまで続くかわからない。
つまり今ゴンクール家は、非常に大きな危機にあるということだ。
「この難局を打開する方法が一つある」