表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼は眠らない  作者: 支援BIS
第35話 ゴンクール家の後継者
384/702

9

9


 翌日、ノーマは近隣の二軒の施療師を訪ね、今まで自分が面倒をみてきた長患いの病人の世話を頼んだ。そして定期的に往診していた患者を訪ね、一年か二年、あるいはそれ以上のあいだ自分は施療をできなくなるので、これこれの施療師にかかるようにと説明して回った。

 また、よく施療所を利用していた近所の患者たちを訪ね、同様の説明をした。

 もともと今回の事業は、施療の仕事をしながら取り組むつもりでいた。しかしそんな片手間でできるような仕事でないことがわかった。ゆえに施療師はしばらく休業することにしたのだ。

 施療所の入り口には〈休診中〉と書いた大きな看板を掲げた。

 それで執筆に専念できるかといえば、そうはいかなかった。

 そもそも、この施療所を利用する患者のほとんどは字が読めない。また、この世界ではよほど重篤な病や一刻を争う状態でないかぎり、あまり施療所にはかからない。施療は金のかかるものだという意識があるからだ。

 だからノーマの施療所の門をたたく者は、切羽詰まっている場合が多い。休診だからよそに行けとは言いにくい。やむを得ず急患の手当をしていると、噂を聞きつけて、ノーマが診療を再開したと思い込んでやってくる患者も出てくる。

 情報というものの届きにくい世界であるから、休診していることをそもそも知らずに訪ねてくる人も多い。

 できるだけジンガーに対応してもらっているのだが、ノーマが対応しなければならないこともあり、対応し始めるとずるずると診療してしまう。

 また、別の問題もあった。

 薬聖が町を離れた直後の騒ぎはひどいものだった。おそろしく大勢が、この施療所に押し寄せた。

 ハッディス家、サワジエ家、ツルサワ家の三家からは、数度にわたり、専属施療師に迎えたいという申し出があった。むろん、ノーマがゴンクール家に出入りしていることは百も承知のうえでのことだ。そのたびに断ったのだが、今でも時折土産を持って使いが訪れ、まずは一度でいいから往診していただけないかと言ってくる。これも頭の痛い問題だ。迷惑ではあるが、貴族からの申し入れはそう簡単に拒否できるものではない。いずれは一度往診しなければ、あちらの顔も立たない。

 神殿からも呼び出しがかかっている。多忙を理由に引き延ばしているが、いつかは一度行かなければ収まらない。なにしろこの町の神殿はケレス神殿なのだ。薬師の元締なのだ。ところが今回の薬聖訪問からは閉め出された格好なのだから、相当強い鬱憤をためている。

 シーラがいればシーラが標的にされたはずだが、シーラは消えてしまった。レカンもツボルト迷宮に行ってしまった。エダは薬聖様からのお墨付きがあるので、さすがの神殿も呼び出しは躊躇している。つまりノーマが唯一呼び出せる相手なのだ。だが神殿に行けば、対談の中身を根掘り葉掘り聞かれることになる。

 そして有力な薬屋がこぞって薬を納品したがった。無料で見本を持ってきた店もある。彼らはノーマに自分の薬を使ってもらうことで、〈薬聖様ゆかりの施療師にも効果を認められた薬屋〉という看板を得たがっているようだ。

 薬聖との懇談にノーマが同席したと聞き、ノーマから情報を引き出すため、またノーマと縁故を取り結ぼうと訪ねてくる商人がやって来た。この町にもともと住んでいた有力者や商人の訪問攻勢は昨年九の月と十の月のうちにほぼ一段落していたが、今ヴォーカの町には次々と他の町や村から商人が入り込んできていて、遅ればせながら情報を得てノーマを訪ねてくるのである。

 だが、最も厄介だったのは薬師と施療師たちだ。

 彼らは幾度となく押しかけ、薬聖との対談の中身を知りたがった。それは無理もないことであり、ノーマも逆の立場なら同じことをしたろうから、彼らを責めることはできなかった。かといって、あの対談の中身をそのまま話すことはできない。だが何も話さなければ彼らは帰らないし、ノーマとしては、そんな冷たい仕打ちはできなかった。だから具体的な中身を話すことは禁じられているのだと断りながら、何とか彼らに話をした。もちろん彼らは一度では満足せず、何度も何度もやって来た。今もそれは続いている。

 幸い、彼らの多くは、新たな知識を得たいというより、薬聖様のありがたいお言葉の一片でも胸に収めたいという人たちだった。あんなことをなさった。こんなことをおっしゃった。このようなお姿だったなどと説明すれば満足してくれた者も多かったのである。

 なんとかしなければならない。このままでは執筆に集中できない。

 一番よいのは転居することだ。だが転居には時間も手間もかかる。今は時間も手間も惜しい。それにこの施療所は父の遺産だから金がかからないが、よそにいけば家賃がいる。だからあまり広い場所は借りられない。

 そのうえ、この施療所には頃合いの書斎があり、ノーマの父の資料の倉庫になっていたが、今はすっかり片づけられてラクルスの作業場になっている。とても具合のいい環境だ、これなら作業も進むとラクルスも満悦なのだ。めったな場所には転居できない。

「どうしたものかなあ」

 悩むノーマのもとに、ゴンクール家の執事カンネルが来た。

 ノーマは驚いた。執事がわざわざ使者に立つなど、よほどのことだ。

「主人プラドが折り入ってご相談したいことがあるとのことでございます。おそれいりますが、今からお越し願えませんか」

 カンネルはさらに驚くべき頼みをした。これから死体の診察をしていただくが、毒の種類がわかるような道具があればご持参いただきたい、と言ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ