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「わしがここに来た経緯については、おおむねご理解いただけましたかな」
「は、はあ」
「では、アーマミール一級神官様からの伝言を申し伝えさせていただきますぞ。第一に、本の規格は〈貴典〉で行う。〈貴典〉についてはご説明した通り、高さが三十分、幅が二十一分ですな。六つの規格は規格ごとに文字の大きさと一ページの文字量が決まっております。〈貴典〉の場合、一行が二十六文字で一ページは三十六行。つまり九百三十六文字が基本ですが、適当な改行を行って、できるだけ九百字に近づけるのが美しいとされております」
「は、はあ」
「第二に、本のページ数は、三百ページから五百ページを基本とする。長い原稿は分割していただくことになりますな。よろしいか?」
「は、はい」
「また、ごく短い原稿については、できるだけ何編かをまとめていただきたい。よろしいか?」
「はい」
「第三に、刊行計画の全体を把握するため、原稿の分量をお知らせあられたい。これについては、わしにみせてくださればよいのです。さあ、おみせください」
さあおみせくださいといわれても、ここからここまでと原稿をまとめているわけではない。取りあえず用意しておいた『薬草学入門』の原稿を渡した。これで二、三日は時間が稼げると、ノーマは思った。
だがノーマは、ラクルスの知識と能力をあなどっていたことを、すぐに知ることになった。翌日の朝、ノーマは、びっしりと用語の書き込まれた書記板を突きつけられたのだ。
「原稿は拝見いたしました。もとの書よりはるかに内容が充実し、わかりやすくなっております。内容については感服のほかありませぬ」
「それはどうも」
「しかし用語については若干打ち合わせが必要ですな。ここに書いてある用語の意味をお教え願いたい」
「あの。今すぐにですか」
「今すぐにです。何かご用事がおありか?」
「いえ。そういうわけではありません」
ひとしきり説明をしたあと、ラクルスから指摘されて、ノーマはなるほどと感心した。
父サースフリー・ワズロフが切り開いた学問領域は、まったく新しいものであり、普通に誰でも知っているような言葉でも新たな意味が付与されていたりする。逆に、造語に近い学術用語や、完全に新語である言葉もある。
完全な新語の場合はだいたい説明があるので、まだしもわかりやすいが、造語に近い言葉の場合意味がとりにくかったり、正確に理解しにくかったりする。誰でも知っている言葉に新しい意味が付与されている場合などは、部分的に読んだときほぼ誤読される。
しかも各地の薬師や施療師は、師から受け継いだ知識を持っているわけだが、その知識も言葉の使い方も地方地方で大きくちがっている。したがって、『薬草学序論』の場合、よほど語義を明確にし、用法を統一しないと、地方地方でちがった読み方をされてしまう。
現にラクルスが書記板に書き記した用語のなかには、意味が近いのに言葉としては大きくちがっている言葉もあり、同じ内容を別の言葉で表現している場合もある。同じ言葉なのに全然ちがう意味で用いられている場合もある。言葉としては似ているのに、中身が全然ちがう場合もある。
「こういう場合にはですな、用語を分類し、同系統の言葉には一貫した表現を用いるようにするのがよろしいのです。そして、意味が同じ言葉は、できるだけ同じ用語で統一したほうがよろしい。この本は文学の本ではなく、学問の本なのですからな」
そこで、まず何冊かの原稿を読んで、ラクルスが用語を整理するための下準備をすることになった。用語の整理のためなので、原稿として整っていなくてもよいという。
そこで、まず渡したのが『臓腑機能研究』であり、次に渡したのが『薬草学本論』の原稿である。『臓腑機能研究』は約九十二万字、『薬草学本論』に至っては、未完成ながら、できている部分だけで三百万字を超える大著である。しかも後者については、ラクルスは今回はじめてみたはずだ。それなのに、ラクルスはたった三日で両書を読破した。
「ノーマ殿」
「はい」
「『臓腑機能研究』は素晴らしいご研究ですな」
「ありがとうございます」
「六つの章から成っておりますが、執筆時期にはだいぶ開きがあるのではないですかな」
「はい。第一章と第六章は、二十年ぐらい開きがありますね。しかも、もともと執筆動機のちがう研究も統合されています」
「ああ、二章と四章ですな」
「はい」
「素晴らしいご研究じゃ。だが、内容の重複もあるし、一つの本として読んだ場合、前後関係が少しおかしくなっておるところもある。それから、配列が執筆年代順となっておるようですな」
「はい」
「つまりあいにくと、内容による配列になっておらん。もちろんそんなことは、ノーマ殿にはよくおわかりのはずじゃ」
「はい」
「思いきって原稿を整理し書き直されてはいかがかのう」
「……」
「考えてみてくだされ」
「はい」
ラクルスが用語集案を整えているあいだに、ノーマは本にしたい原稿を一つの部屋にまとめた。ラクルスの二人の弟子、パームとヨランは非常に優秀で、さりげなく的確にノーマを助けてくれた。パームとヨランの動きは、原稿というものの性質をよく知っている者の動きだ。これはジンガーにはない能力で、ノーマはひどく感心した。