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第四階層の敵は蜘蛛猿だった。
あまり大きな蜘蛛猿ではなかったが、二、三匹ずつ群れている。
そしてそれに、ほんの少し大柄な赤猿が交じっていることがあった。
この階層の赤猿は杖を持っており、火の魔法を撃ってくる。レカンがもといた世界では、魔法を使うような魔獣はめったにおらず、いたとしても竜種など膨大な魔力を持つものにかぎられていたから、猿が魔法を使うという出来事に、レカンはひどく驚いた。
第五階層の敵は巨大な蜂だった。この階層になると、さらに冒険者の数は少なかった。この蜂に刺された冒険者は、顔に青い斑点が浮かび、けいれんしていた。
第六階層の敵は黒くて細くて長い蛇だった。これは簡単に殺せる敵なのだが、薄暗い岩の通路のなかで、岩のくぼみに身を隠して忍び寄るので、勘の鈍い冒険者には発見が難しい。しかも、この蛇の毒は、効かないときは効かないが、効くときには即死するようだ。レカンでさえ、少し恐ろしいと思った。もっともレカンの索敵能力と敏捷性をもってすれば、まったく恐れるような敵ではない。
第七階層の敵は白幽鬼だった。この階層には非常に大勢の冒険者がいた。あまり動きの速くない白幽鬼を数人で取り囲んで攻撃している。
考えてみれば、苦手な敵のいる階層は避けて、戦いやすい敵のいる階層に行けばいいのだから、この階層に冒険者が多いのは当然なのかもしれない。だが、白幽鬼からは魔石が採れない。何を目的に戦っているのだろうか。
この階層で戦う冒険者たちの攻撃力は低く、たかが白幽鬼を倒すのにずいぶん時間がかかっていた。
レカンは白幽鬼を五体倒したが、そのうち二度、宝箱が落ちた。もしかすると白幽鬼は宝箱が出やすいのかもしれない。
第八階層の敵は、非実体系の魔獣だった。〈妖魔〉と呼ばれる系統に属するのだろう。
泣き声で精神に攻撃を加える妖魔なのだが、レカンにはまったく効果がない。しばらく試行錯誤した結果、〈灯光〉の魔法で殺せることがわかった。覚えたての魔法で敵を殺せることがわかり、レカンは喜々としてこの妖魔を殺し続けた。
残った魔石からは魔力を吸った。
第九階層の敵は狼の一種だった。木狼より二回りも大きく、体毛は灰色だ。牙も鋭く、とても初心者では戦えない魔獣である。
第十階層の敵は、またもや赤猿だった。ただし、この階層の赤猿は、第一階層の赤猿よりずっと体が大きい。そして棍棒を持っている。そして第四階層で出たのと同じ種類の赤猿が交じっていて、炎の魔法を撃ってくる。しかも十匹前後で固まって移動しているし、その速度も速い。
この階層では、二人や三人で行動している冒険者はいないようだ。五人から八人ぐらいの集団が多く、なかには十人を超える集団もある。今までの階層と比べると、通路がぐっと広くなっているが、それにしても、小猿鬼ならともかく、人間が十人も集まったら動きがとれないのではないかと、レカンは思った。
第十一階層に下りると、急に風景が変わった。
今までは、どの階層も、前後左右も上下も、ごつごつした岩の塊であり、岩山の洞窟を進んでいるような景色だった。
だが、この階層では床には草が生えている。天井も高く、十歩程度はある。
床から天井に向かって、至る所に柱が伸びている。古木のようにたわみ、ぽつぽつと穴の開いた柱である。
柱と柱のあいだは五歩ぐらいの場所もあれば、二十歩以上の場所もある。
レカンは、〈生命感知〉により、天井や柱や床に魔獣が潜んでいることを探知している。だがレカンの関心は、今別のところにあった。
冒険者たちが五人、少し広くなった場所で座り込んで、食事をしている。
そういえば、この迷宮には魔獣が入ってこないような避難場所がない。この冒険者たちは、危険地帯のなかで休憩しているわけである。
知り合いでもない冒険者に不用意に近寄るのはよくないとは思ったが、興味があったので近づいてしまった。
「お、すごいのが来たな」
「あんた、一人かい。仲間はどうした」
「仲間はいない。最初から一人だ」
「なんだって? いや、まいったな。この階層にソロで下りるとは」
そのときレカンは、足元に置いてある袋に気がついた。その袋からは、よく知っている匂いが漂っている気がする。
「ポプリ、か?」
「そうさ! 運よくヴォーカの町のハリスボス商店の上級ポプリを買うことができたのさ」
「あの店のポプリは、ほんとに効き目がすごいし、一年はもつ」
「持っていくんじゃないぞ」
冒険者たちは笑った。
ハリスボス商店。
それはつい一昨日だったかにシーラのポプリを納めた店である。床に置かれたポプリの袋はレカンの知らないものであり、しゃれた模様が入っている。詰め替えたのだろう。
なるほど、こういう使い方をするのなら、あの値段で仕入れても充分元が取れる売値でさばけるだろう。
そのポプリが四か所に置いてある。こうしておけばポプリの匂いで魔獣は寄って来ず、このまま寝ることもできるのだろう。もちろん冒険者たちは〈箱〉を持っており、必要なとき以外には匂いを振りまかないのだ。
急にレカンは空腹を覚えた。
「邪魔をした」
レカンは冒険者たちにわびを言い、その場を離れた。