13_14
13
「それはそうと、なんで侯爵はテルミンのじいさんを引き止めるんだ?」
「ぐっくっくっ。わからんか。わからんのだろうな。お嬢はなぜテルミン老師が怒っているかわからないと言い、お前さんは、なぜテルミン老師が帰ると侯爵が困るのかわからんと言う。ぐっくっくっくっくっ。面白いな」
「待てよ。弟子を連れて帰ると言っていたな。買い取り所からごっそり鑑定士が抜けて困るということか」
「王都から連れてきた弟子は数人だろう。多少は買い取り所も混乱するだろうが、この町には鑑定士は多い。すぐに穴埋めはつくだろうな」
「では、あのじいさんは重要人物なのか? 王宮にも顔が利くような」
「そんなことはないだろうな。王宮には貴族の鑑定士がおるし、テルミン老師が有名な鑑定士だといっても、つまるところ庶民の技能職にすぎん」
「では、なぜだ」
「テルミン老師は、王都で名声を得た鑑定士だ。それをツボルト侯爵が六年の契約でツボルトに呼んだ。テルミン老師の名が入った鑑定書が付いていれば、他領の領主に剣を売るとき値を吊り上げられるし、契約内容には若手鑑定士への指導も入っている。六年の期間が無事に終われば、ツボルトの若手鑑定士たちはテルミンの弟子を名乗れるわけだ」
「オレも弟子にされてしまったがな」
「なに? お前さん、〈鑑定〉持ちか?」
「ああ」
「そりゃまた妙な技能を。しかしテルミン老師が自分で指導したのか?」
「いきなり、鑑定してみろ、杖を使え、準備詠唱をしろ、発音が悪い、魔力の通し方が間違っている、この大馬鹿者、とやられたよ」
「ぐっくっくっくっくっ。そいつぁあ傑作だ。みてみたかったよ。だがお前さん。鑑定の才能があるんだな」
「じいさんからはそう言われたな。冒険者なんかやめて自分のところに来いと」
「ほう! そりゃ本物だ。だが……何の話だったかな?」
「六年の契約でツボルトに呼んだという話だった」
「それだ。契約期間を二年残して老師がツボルトを去る。どうだ。大変だろう?」
「そう聞くと、じいさんが契約を破ったように聞こえるな」
「それで正しい。契約を守らせられなかった侯爵は大恥をさらす」
「すまんが、言ってることの意味がわからん」
「いいか。テルミン老師はツボルトの領民じゃない。王都の民だ。その民にツボルト領主は、大切な仕事を任せるという慈愛を垂れた。その慈愛に応えるべく、テルミン老師は約束の期間最高の奉仕をする。その仕事ぶりに満足したツボルト領主は老師に大いなる報酬をもって報いる。その報酬はテルミン老師を幸福にし、テルミン老師は王都に帰ってツボルト領主の偉大さをたたえる。これがあるべき姿だ」
「ふむ。少しわかってきた」
「ところがテルミン老師は契約期間途中なのに王都に帰る。それはツボルト領主がテルミン老師を呼びつけながら満足させられなかったということだ。たかが鑑定士を満足させられない侯爵なんだぞ。どうだ。え? おかしいじゃないか。笑え。くっくっくっ」
「侯爵が嘘の約束をして、テルミン老師に嘘の説明をさせ、冒険者をだまして、ありもしない秘密鑑定をさせたことはどうなんだ」
「その件に関しちゃあ、悪いがわしはお嬢の言い分に理があるとみたな。お前さんの言うほうが無理筋だよ。侯爵領にある侯爵家直営の買い取り所なんだぞ。そこの鑑定内容が侯爵に伝わらないようにできると考えるほうがおかしい。あんな秘密鑑定なんぞ、希少な恩寵品を外に持ち出させないための罠に決まっとる。引っかかるやつが馬鹿なんだ」
レカンは憮然とした顔で木のカップをテーブルに置いた。大きな音がした。
「では、テルミン老師が王都に帰って、自分はツボルト侯爵にだまされたと言っても、ツボルト侯爵の名誉は傷つかないのか?」
「いや、傷つくとも。大いに傷つく。呼びつけた鑑定士を怒りまみれで帰したんだからな。さっきも言ったが、呼びつけた以上、満足させて帰さなくてはならない。それが貴族としての名誉なんだ」
「嘘をついたことによっては、その名誉は傷つかないのか?」
「嘘の内容によるだろうな。自分が統治する都市のなかでどんな行政をしようが、どんなふうに罪を裁こうが、それは君主の裁量だ。お前さん、もしやナルームのような王制法治主義を期待しとるのか? この世界には法治なんて考え方はないぞ。少なくともわしは聞いたことがない」
「ならなぜオレの説明を止めなかったんだ?」
「お嬢に必要なことを言ってくれたからさ。お前さんは、テルミン老師の気持ちを考えろと言った。冒険者がどう思うか考えろと言った。それこそがお嬢に足りないものだ。統治者はどんな統治をすることもできる。だがそれは、統治される民の思いをくみ取ってのものでなくてはならん。民が何を望んでいるのか、何が民の幸せなのかを知らねばならん。知ったうえで無視しなくてはならんこともあるがな。民が怒りをためれば統治は破綻する。それを少しは学んだろうさ」
レカンはしばらく言われた言葉の意味を考えた。
「であるとすれば、最初の段階で、秘密鑑定の実態をテルミン老師にわからせるべきだった」
「そこだ。わしもそう思う。もちろん、あからさまに秘密鑑定はいかさまだと言うことはできんが、鑑定内容は領主には知られるのだと、テルミン老師に気づかせるべきだった。そうすれば、老師もそれを配慮した説明をしたろう。今回の老師の怒りは、まさにお前さんが言った通り、ぺてんの片棒をかつがされた怒りだ」
「その説明は誰がするものなんだ?」
「役職上からいえばお嬢だな。だが実際のところは、統括官代理の騎士トログのしわざだろうな」
「あいつが元凶か」
「だと思う」
「ろくでもないやつなんだな」
「ちなみに、わしに勝負を挑んで負けた当時の騎士団長の孫だ」
14
そのあと夕食の客が入ってきた。客たちは、伝説の英雄ゾルタンがいるのに大いに驚き、そして喜び、言葉を交わした。そのうちナークとネルーも席に座り、思い出話に花が咲いた。やがて〈グリンダム〉の三人も帰ってきて、場はさらに盛り上がった。
夜中になって、ゾルタンは、ひょこひょこと帰っていった。
レカンは翌日寝て過ごした。
日中、宿を訪ねる客が多かったのには気づいていた。聞けば、〈骸骨鬼ゾルタン〉が店を訪れたと聞いて、その話を聞きにきたのだそうだ。
翌日は朝から〈花爛街〉に出かけた。シャツとズボンを何着か買った。魔石を腰に吊るための〈箱〉がだいぶ傷んできたので新調した。
昼食はうまかった。
だが、昼食を食べ終わるころ、急に気分が悪くなった。
なぜだかわからないが、胸騒ぎがする。
レカンは買い物を切り上げて、宿に帰った。
〈ラフィンの岩棚亭〉に近づくと、建物のなかに人間が一人しかいないことに気づいた。
その気配が、ナークのものでもネルーのものでもないように感じられる。
二人がそろって留守にするなど、これまでなかったことである。
いやな予感がした。
いったい、なかにいる人間は誰なのか。
どうも知っている人間であるような気がする。
だが、それ以上のことはわからない。
ドアを開けようとして、レカンはなかにいるのがただ者ではないことに気づいた。
気配が薄い。
手だれだ。
不吉な気配だ。
いったい何者なのか。
レカンはドアを開けた。
ぽっちゃり密偵がいた。
人のよさそうな笑顔を浮かべてお辞儀をしてきたが、レカンは無表情に相手をみつめるばかりだ。
(こいつが)
(ナークとネルーをどこかに連れ去ったのか?)
ぽっちゃり密偵が何かを差し出した。
「これ、預かり物です」
封をした手紙を渡して帰ろうとした。
足元に〈火矢〉を撃ち込んだ。
「動くな。しばらくそこで待ってろ」
ぽっちゃり密偵は、肩をすくめて困った目をしたが、その場を動こうとはしなかった。
レカンは、油断なくぽっちゃりをみはりつつ、目線を手紙に落として、封筒の裏と表をみた。
宛名も差出人も書かれていない。
「〈鑑定〉」
手紙に〈鑑定〉をかけたが、毒は仕込んでいなかった。
開封して読んだ。
〈百二十一にて待つ〉
懐かしいふるさとの文字だった。
「第34話 迷宮事務統括官イライザ」完/次回「第35話 ゴンクール家の後継者」




