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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第34話 迷宮事務統括官イライザ
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 イライザの態度はとても謝罪に来た人間のものではないが、レカンはそんなことはどうでもよかった。

「するとテルミンじいさんは、これから生活に困るようなことはないんだな」

「なに? 何を馬鹿な。老師のもとには大金を積んで鑑定を求める者が引きも切らん。鑑定書に老師の名があるだけで、価値がまるでちがうのだ。当家でも老師には格別の待遇をもって処している」

「そうか。それを聞いて安心した」

「レカン殿には、これからテルミン老師のもとに同行し、ツボルトに残るよう説得してほしい」

「断る」

「なぜだ!」

「じいさんがどうするかは、じいさんが決めることだ。オレが口出しすることじゃない」

「だが老師は貴殿の言葉でこの町を出る気になったのだ!」

「オレがじいさんに何を言ったか、正確に教えてやろう」

「頼む」

「今、迷宮事務統括官に呼ばれた。統括官は、オレが依頼した秘密鑑定の内容を知っていた。鑑定書に何が書かれてあったかをだ。そしてその恩寵品をみせろと言った。オレが白を切ると、統括官は言った。テルミン老師が書いた鑑定書の内容は、立会人のグィスランがはっきりみたのだとな。あの男は密偵のようだったが、遠くのものや小さいものを拡大して視認する技能の持ち主なんじゃないかと思う」

「それだけか?」

「こうも言った。あんたが誠実に仕事をしていることを、オレは疑わん。この件でも、あんたには何の落ち度もない。ただ、オレのときだけわざわざ密偵を付けたとは思えん。つまり秘密鑑定のときは、いつもこうだったんだと思う。秘密鑑定の中身は、統括官に、ひいては領主に筒抜けなんだ。今後秘密鑑定をするときには、何か対策をしたほうがいい」

「余計なことを。それから?」

「それだけだ」

「老師はなぜ怒ったのだろう」

「あんた、ほんとにそれがわからないのか」

「秘密鑑定の鑑定書をみたことか? しかしそれは、ツボルト領主たるノーツ侯爵家の義務であり権利だ。わが迷宮から何が出たか知らずして、ツボルトの統治はあり得ない」

「そうか。そういう考え方なのか。ならもう話すことはない。帰れ」

「無礼な!」

「お嬢」

 黙ってイライザの斜め後ろに立っていたゾルタンが、ここで口を挟んだ。

「テルミン老師はお嬢に何をしろと言ったんだったかな」

「まずはレカン殿に謝るのが先だと言った」

「なら、まず謝るべきだな」

 イライザは振り返り、首を回してゾルタンをみた。

「立つんだ。そして胸に手をあて、レカン殿に謝罪するんだ」

「どう言って謝罪すればいい?」

「謝罪の言葉は自分で考えろ。何がどう悪かったから謝るのか。謝った以上、どう行動するのか。それを考えて言葉をつむげ」

 イライザは少しのあいだ考え込み、やがて立ち上がり、手のひらを胸の中央に押し当ててレカンに言った。

「あなたの秘密をあばいてしまったことを、私は謝罪する。このうえは、あなたの秘密ができるだけ広がらないよう、方途を講じる。イェール。どうか私を許してほしい」

 レカンは立ち上がり、右手のこぶしを左胸に押し当てて言った。

「あなたの謝罪を、私は受け入れる。ただし、あなたを許すかどうかは、これからのあなたの振る舞いによって決める。イェール」

 イライザとレカンは再び座った。

「すぐには許してもらえないのか」

「許せるわけがないだろう。オレは誓いを裏切られたんだぞ」

 正直にいえば、レカンはまだ腹を立てている。だが起きてしまったことは、なかったことにはできない。イライザや領主は、レカンが百二十一階層に到達したことと、〈彗星斬り〉を手に入れたことを知ってしまった。そのことは、今さらどうしようもない。

 もともと永遠に隠し通すつもりではなかったし、隠し通せるものでもない。こういうことは、いずれ知られてしまうものだ。

 それに、相手の立場に立って考えてみれば、侯爵家として迷宮から出た品のことを知りたいという気持ちは理解できる。

 レカンが腹を立てたのは、その方法がだまし討ちだったからだ。そしてだましたことを、かけらほども悪いと思っていないからだ。

 以前のレカンなら、ぽっちゃり男の腕の一つも斬り落とし、イライザを激しくののしったことだろう。

 だが今は、腹は立ちながらも、その気持ちをすぐに相手にぶつけることはせず、この状況からどうすべきなのかを冷静に考えているレカンがいる。この狼は、少しずつ変わりつつある。

「レカン殿」

 ゾルタンが話しかけてきた。

「お嬢は、テルミン老師がなぜ怒ったのか、本当にわからないんだ。すまんなあ。教えてやってもらえんか」

 レカンは一つため息をついてから、おもむろに話し始めた。

「統括官殿。じいさんがどうしてツボルトを去ることにしたのか、本当のところはじいさんに聞かなけりゃわからん。だが、じいさんが、ツボルト侯爵に裏切られたと感じていることは間違いないと思う」

「裏切られた?」

 もう一度レカンはため息をついた。そして、話を続けた。

「まず、秘密鑑定とはどういう鑑定か、考えてみよう」

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