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やはりあのぽっちゃり男だった。そうではないかと思っていたが、やつのしわざだった。魔力の発動はなかったから、魔法ではない。そういう技能なのだ。もとの世界でも、肉眼ではとてもみえないような遠方を拡大して視認する技能が存在した。たぶんその系統だ。
(それにしても、中途半端な情報だったな)
(なぜだ?)
肉眼でみるのだから、死角になった部分はみえないはずだ。あまり小さな文字は読めないかもしれない。あの鑑定書は、恩寵部分の説明書きはひどく小さな字でびっしり書いてあったし、書き終えるなりレカンに渡してきた。しかもそのあと裏側に文字を書き込むとき、テルミン老師は紙を抱え込むようにして小さく字を書き込んでいた。
(だからやつには表側の大きく書かれた文字しか読めなかったのか?)
鑑定書を取り出した。
〈名前:彗星斬り〉
〈品名:魔法剣〉
〈攻撃力:二十〉
〈硬度:二十〉
〈ねばり:二十〉
〈切れ味:五十〉
〈消耗度:なし〉
〈耐久度:百〉
〈出現場所:ツボルト迷宮百二十一階層〉
〈制作者:〉
〈深度:百二十一〉
〈恩寵:魔法刃(攻撃力十倍、切れ味十倍、長さ二倍〜五倍)、破損修復〉
(ここまでは大きな字ではっきり書いてある)
(だからここまでは読まれたかもしれん)
(だがさっきの話では)
(〈魔法刃〉の恩寵があることやその内容は知らないように思えた)
ここまで考えて、レカンは宿に向かう足を止めた。
老鑑定士テルミンのことを思い出したのだ。
(あのじいさんは)
(自分の仕事に誇りを持っているんだろうな)
レカンはきびすを返し、買い取り所に向かった。
老鑑定士テルミンのカウンターには、先ほどにも増して大勢が並んでいた。レカンはつかつかとカウンターに近寄り、話しかけた。
「師匠殿」
「何か用か」
「今、迷宮事務統括官に呼ばれた」
「うむ」
「統括官は、オレが依頼した秘密鑑定の内容を知っていた。鑑定書に何が書かれてあったかをだ。そしてその恩寵品をみせろと言った」
「なんじゃと」
「オレが白を切ると、統括官は言った。テルミン老師が書いた鑑定書の内容は、立会人のグィスランがはっきりみたのだとな」
老人は、厳しい目をして、口を引き結んでいる。
「あの男は密偵のようだったが、遠くのものや小さいものを拡大して視認する技能の持ち主なんじゃないかと思う」
テルミンは立ち上がり、レカンに頭を下げた。
「すまん。許せ」
「あんたが誠実に仕事をしていることを、オレは疑わん。この件でも、あんたには何の落ち度もない。ただ、オレのときだけわざわざ密偵を付けたとは思えん。つまり秘密鑑定のときは、いつもこうだったんだと思う。秘密鑑定の中身は、統括官に、ひいては領主に筒抜けなんだ」
「わかった。教えてくれたことに礼を言う。誰かここを代われ!」
テルミン老人は足音も荒く奥に消えた。
テルミン老人も、この町で生きていく以上、領主に真っ向から文句をつけるわけにはいかない。あの年で仕事を失ったら大変であるはずだ。
だが、裏切られていることを知らなくていいとは思えない。だから教えた。
ここからどうするか。それはテルミン老人自身の問題だ。
レカンも立ち去った。出入り口を出かかったところで、走ってきた職員に呼び止められた。
「レカン殿! レカン殿ですね?」
「ああ、そうだ」
「これを」
職員の手のなかに大金貨が一枚あった。
「テルミン老師からです」
律義なじじいだな、と思いながら、レカンは金を受け取った。
「確かに受け取った。よろしく伝えておいてくれ」
今度こそ宿に帰ろうとして、また足を止めた。
(腹が減ったな)
そういえば昼食がまだである。
レカンは食堂に向かった。
ツボルト迷宮の周りには二つ食堂がある。南西の位置に一つと、東の位置に一つだ。南西の食堂は高くつくが上等で品数も多い。東の食堂は二、三品しか料理がないが、安くて量が多い。
レカンが向かったのはそのうち南西の食堂だ。ツボルト迷宮の周りには剣専用の売場が二つあるのだが、この食堂は二つの剣売場のあいだにある。好みの剣を探して二つの売場を行き来しているとつい寄ってしまうという困った配置だ。
たっぷり肉の入ったシチューを三人前腹に詰め込んですっかり満腹したレカンは、くさくさした気分がすっかり吹き飛んでしまった。
そうなると、こんな早い時間に帰るのはばかばかしい。〈収納〉に収まった〈彗星斬り〉の使い心地を試してみなくてはならないではないか。
レカンは迷宮に入った。九十一階層の空き部屋で、剣をいろんな長さで発現させてみた。ただし、二倍から三倍程度の長さでだ。四倍以上となると嘘のように大量の魔力を使うのだ。
二倍で出した魔法刃を二倍半に伸ばすのは簡単だった。
ところが二倍半に伸ばした魔法刃を二倍に縮めるのはうまくいかない。しかたがないので、当面は長さを縮めるときは、いったん魔法刃を解除して、新たに出すことにした。しかしこの方法は無駄に時間がかかる。戦闘のときにはこれではまにあわない。ということは、当面は、一度伸ばしたらその戦闘が終わるまで伸ばしたままということになる。
一回の戦闘で使える魔力は、レカンの自前の魔力と、〈インテュアドロの首飾り〉を足した量だ。首飾りからは簡単に魔力が補填できるが、魔石から魔力を吸うには多少の時間がかかるからだ。それなりの量だと思っていたが、この魔法剣を出しっぱなしにしていたら、あまり長い時間はもたない。