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「実物とは何の実物だ」
「〈彗星斬り〉だ! 伝説の秘宝だ! あれが実際に出たとなれば動かぬ証拠だ!」
証拠だ、というイライザの声が、少し遅れて隣の部屋から響いてくる。花瓶の横においた〈ヤックルベンドの伝声壷〉が拾った声を隣の部屋で聴いているのだ。
「証拠?」
「建国王陛下の愛剣〈彗星斬り〉は、建国の象徴といっていい秘宝だ。そしてそれはこの〈剣の迷宮〉から出たものだといわれている。しかしノーツ家がツボルトを領有して以来、一度も〈彗星斬り〉が出たことはない。だから建国王陛下の〈彗星斬り〉は〈剣の迷宮〉から出たものではない、などと主張するやからがいるのだ!」
「うん? ノーツ家がツボルトを領有したのはいつのことだ?」
「ザカ王国歴二年のことに決まっておるではないか! 建国の翌年に、わが家はこの地に封じられたのだ!」
「とすると、どっちみち建国王が使ったという〈彗星斬り〉は、ノーツ家が献上したものではないわけだな」
「何を言うのだ! わからん人だな。ノーツ家が領有するツボルト迷宮から得られた〈彗星斬り〉が建国を支えた。これがノーツ家の誇りなのだ」
(この女の言うことがよくわからんが)
(要するにさほど切実な理由があって〈彗星斬り〉を必要としているわけではないということはよくわかった)
「建国以来ツボルト迷宮から〈彗星斬り〉が出ていないといっても、ほかから出たことがあるわけでもないだろう」
「それを証明しなくてはならんのだ! 世には〈彗星斬り〉の偽物があふれかえっている! 本物の〈彗星斬り〉を示すことによって、〈彗星斬り〉はツボルト迷宮からしか出ないのだと証明するのだ!」
「世の中にはそんなに〈彗星斬り〉の偽物があるのか?」
「うんざりするほどな」
「どうして偽物とわかる。この迷宮から何本もの〈彗星斬り〉が出たのかもしれんし、他の迷宮から出たのかもしれんじゃないか」
「かつてわが家では、〈彗星斬り〉を名乗る剣をいちいち調べて回った。だが本物などどこにもなかった。現在確認されている本物の〈彗星斬り〉は、王宮にある建国王陛下の愛剣ただ一振りだけなのだ」
「ああ、そうか。王宮には〈彗星斬り〉が残っているんだったな。うん? だったらそれを鑑定すれば、どこの迷宮から出たのかははっきりするだろう?」
「王宮の〈彗星斬り〉は秘宝とされていて、特別な儀式のときにはみることができるが、手に取ることは許されぬ。まして鑑定することなどできようはずもない」
「ならば王宮のほうで鑑定してもらって、その結果を公表してもらえばいい」
「わが家の代々の当主が、そう願い出ている。だが、だめなのだ」
秘宝というものは、そういうものなのかもしれない。不可侵であるがゆえ、〈鑑定〉の対象にできないのだ。
(女神のスカートをのぞいてはならんというわけか)
(うん?)
(待てよ)
(ということはツボルトには〈彗星斬り〉を鑑定した記録はないわけだ)
「現在のツボルトには、〈彗星斬り〉の正確な性能は伝わっているのか?」
「わからんのだ。ただ、光り輝いてあらゆるものを斬り裂いたというのは有名な話だから、おそらく魔法剣であろうといわれている。そうなのか?」
「知らん」
「知らんわけがあるか! さっさと出せ!」
「オレが百二十一階層に達したとか、〈彗星斬り〉を手に入れたとかいう嘘をあんたに教えたのは誰だ?」
「嘘ではない。グィスランが報告したのだ」
「グィスラン? 誰だそれは」
「貴殿が秘密鑑定を受けたとき立ち会った者だ」
「ぽっちゃり密偵か。あの男はどんな報告をしたんだ?」
「貴殿が秘密鑑定を頼み、テルミン老師が鑑定書を書いた。そこには〈彗星斬り〉という名と、〈ツボルト迷宮百二十一階層〉という出現場所が書いてあった。グィスランがはっきりみたのだ」
レカンは立ち上がった。
「ど、どうされたのだ?」
イライザの問いには答えず、扉に向かった。
騎士トログが立ちはだかった。
「イライザ様のご用は終わっていない。レカン殿。席に戻られよ」
「今の話を聞いていたのか?」
「なに?」
「オレは大金貨一枚を払って秘密鑑定を受けた。そうすれば鑑定書の写しは作られず、内容を職員がみることもなく、鑑定内容は依頼者と鑑定士のみの秘密であり、しかも鑑定士は一生秘密を守ることを宣誓している。そう聞いたからだ」
「む」
「ところが領主の名においてなされた守秘の誓いを、誓った本人であるグィスランが踏みにじったと、今統括官殿は言ったのだぞ。オレはこれ以上、この場にいることはできん」
隣の部屋の騎士一人と魔法使い一人が隣室の廊下側の扉に向かっている。別の騎士一人と魔法使い一人は、この部屋に続く扉に向かっている。レカンを逃がさないためと、イライザを守るためだろう。
「その扉を開けるな!」
レカンは花瓶の横に置かれた〈ヤックルベンドの伝声壷〉に厳しい声を放った。
「お前たちが出張ってくれば戦闘になる。オレも無事ではすまんだろうが、お前たちの受ける痛手のほうが大きいぞ」
「む」
騎士トログは一瞬考え込み、〈ヤックルベンドの伝声壷〉に言った。
「監視室から出ないでいただきたい。確かに今争えば、関係の悪化はさけられんし、報復の口実を与えてしまう」
動きを止めていた隣室の四人が席に戻ろうとしているのをレカンは〈立体知覚〉で確認した。
レカンが一歩を踏み出すと、騎士トログが横にどいた。
「再度協議の場を設けさせてもらいたい」
レカンは騎士トログをじろりとにらみ、答えは発せずさらに一歩進んだ。二人の使用人が扉を開け、その向こうに糸目男が控えていた。
糸目男の案内で、レカンは迷宮事務統括所を出た。
「密偵が追ってくるようなら、殺す」
糸目男は静かに頭を下げた。




