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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第34話 迷宮事務統括官イライザ
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「ところで師匠殿。普通の鑑定を受けたい剣があるんだがな」

「では、買い取り所のカウンターにもどるぞ」

 それを聞いてぽっちゃり男はドアに歩み寄って解錠し、ドアを開いた。

「あたしはこれで失礼します」

「うむ」

 ぽっちゃり男は去った。

 レカンは老鑑定士に連れられて買い取り所のカウンターに戻った。そこでは別の鑑定士が業務に当たっていたが、処理中の案件を終えると老鑑定士に席を譲った。

 レカンはまたしても並んでいる冒険者たちを尻目に、すぐに老鑑定士の前に座ることになった。

「これだ」

 レカンが料金を払って〈威力剣〉をカウンターに置くと、老鑑定士はいつもの通り、杖をかざし、よどみなく明瞭に準備詠唱を行い、〈鑑定〉を発動した。そして鑑定書に内容を記入し、控えを取ってからレカンに渡した。


〈名前:威力剣〉

〈品名:剣〉

〈攻撃力:二十九〉

〈硬度:三十八〉

〈ねばり:四十二〉

〈切れ味:三十三〉

〈消耗度:三十二〉

〈耐久度:八十九〉

〈出現場所:ツボルト迷宮百階層〉

〈制作者:〉

〈深度:百〉

〈恩寵:威力付加(三・七五倍)〉


 なんだこんなものか、というのが鑑定書をみたレカンの第一印象だ。

 〈攻撃力〉〈硬度〉〈ねばり〉〈切れ味〉のいずれも、〈ラスクの剣〉のほうが上だ。恩寵のついた剣は基礎値が低い。恩寵がよければよいほどその傾向が強いようだ。この剣の場合〈威力付加〉の数値が三・七五倍だが、これは何本か手に入れた〈威力剣〉のなかで、たぶんずばぬけて優れている。〈攻撃力〉の二十九を三・七五倍すれば百を少し超えるだろう。それだけの威力があるから、百二階層から百二十階層までの敵を倒せたのだ。

「質問があるか」

 老鑑定士の声でわれに返った。

「いや、ない。世話になった」

「うむ」

 帰ろうとしたレカンを呼び止めた者がいる。

「冒険者レカン殿。迷宮事務統括官がお会いしたいそうです。こちらにお越しいただけませんか」

 上品な服を着たのっぺりした顔の男が立っている。目は糸のように細い。腰には申しわけ程度のショートソードを吊ってあるが、この男、なかなかの腕だ。

 断れるものなら断りたかったが、断ってしまうと今後の迷宮探索に何かと支障がありそうだ。

「いいとも、だがまず手洗いにいかせてくれ。漏れそうなんだ」

「もちろんけっこうです。本館のお手洗いをお使いください」

「本館?」

 糸目男はそれ以上の会話をせず、静かに歩き始めた。

 買い取り所を出て南に進み、売店棟の前を通り過ぎたあと、建物と建物のあいだを西に進んだ。そして迷宮事務統括所に、北側の出入り口から入った。しばらく進んだところで糸目男は立ち止まって振り返った。

「こちらがお手洗いです」

「使わせてもらう」

 レカンはなかに入った。ドアはひとりでに静かに閉まった。

 天井には三か所ランプが埋め込まれており、ゆらぎのないまばゆい光を放っている。それはいいのだが、何の機能を持っているのかわからない宝玉が一つ、天井に張りついている。つるりとした大きな宝玉で、こうしているあいだにも、魔力をどこかに飛ばしている。

「〈移動〉」

 手拭き布がふわふわと宙に浮かび、天井に到達すると、ふわりと宝玉を覆い、そのまま天井に静止した。

 レカンは手に持った〈彗星斬り〉を〈箱〉に入れたまま〈収納〉にしまった。

 腰に吊った〈威力剣〉も〈収納〉に入れた。そして聖硬銀の剣を取り出して腰に吊った。

 それからゆっくり用を足した。

 そして手水鉢の前に立ったが、水が入っていない。入れ忘れかと思っていると、突き出した金属の管から水が出てきて手水鉢を満たし、自動的に止まった。

(手水鉢の前に立ったとき小さな魔力が働いたが)

(あれはオレを感知したんだろうな)

 手を洗ってその場を離れると、水は自動的に排水された。

 手拭き布に供給していた魔力を断った。

 ふわり、と手拭き布が天井からはがれる。

「〈移動〉」

 レカンが差し出した右手に、手拭き布が収まる。

 水に濡れた手を拭いて、ベストのポケットに戻し、手洗いを出た。

 糸目男はレカンがもっていた〈箱〉が消えたことについて、何も言わなかった。

 再び糸目男について歩いてゆく。糸目男は階段を上った。

 一階から二階へ。二階から三階へ。そして建物中央に近い奥まった部屋に案内された。

 扉の前で糸目男が何かを受け取るかのように両手を差し出した。

「剣をお預かりします」

「断る」

 糸目男はしばらく手を出していたが、やがて引っ込め、扉に向かって言った。

「冒険者レカン殿をご案内いたしました」

 扉が開いた。

 部屋の中央奧には重厚な風合いを持つ大きな机があり、その向こうに座っていた人物が立ち上がり、机の前に出てきて、あいさつした。隙のない着こなしとでもいえばいいのだろうか。上等の服をぴしりと身に着けている。すらっとして小柄だが、体全体の造形が整っているためか、実際以上に長身にみえる。髪は長くはないが、さらりと垂れた美しい黒髪で、艶やかに天井の魔法光を反射している。

「ようこそ、レカン殿。私はツボルト侯爵ギルエント・ノーツの姪にしてツボルト迷宮事務統括官イライザ・ノーツだ」

 前に受付所の奥に座っていた女だ。こんなに身分の高い人物だとは思わなかった。

 ずいぶん鋭く切り込むようなしゃべり方だ。思ったよりずっと若い。二十を幾つも超えてはいないだろう。美人といってよい顔立ちだ。

「私の横に立っているのが、統括官代理、騎士トログ・ベンチャラーだ」

「レカン殿とは二度目ですね。お元気そうで何よりです」

 百階層を越えたとき会った、あの騎士だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 〈錦嶺館〉にある紐を引けば上からお湯が落ちてくる仕組みと言い今回の手洗い鉢といい ノーツ侯爵家は大分先進的な発想や技術を取り入れてる印象を受けますね
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