1
1
「ところで師匠殿。普通の鑑定を受けたい剣があるんだがな」
「では、買い取り所のカウンターにもどるぞ」
それを聞いてぽっちゃり男はドアに歩み寄って解錠し、ドアを開いた。
「あたしはこれで失礼します」
「うむ」
ぽっちゃり男は去った。
レカンは老鑑定士に連れられて買い取り所のカウンターに戻った。そこでは別の鑑定士が業務に当たっていたが、処理中の案件を終えると老鑑定士に席を譲った。
レカンはまたしても並んでいる冒険者たちを尻目に、すぐに老鑑定士の前に座ることになった。
「これだ」
レカンが料金を払って〈威力剣〉をカウンターに置くと、老鑑定士はいつもの通り、杖をかざし、よどみなく明瞭に準備詠唱を行い、〈鑑定〉を発動した。そして鑑定書に内容を記入し、控えを取ってからレカンに渡した。
〈名前:威力剣〉
〈品名:剣〉
〈攻撃力:二十九〉
〈硬度:三十八〉
〈ねばり:四十二〉
〈切れ味:三十三〉
〈消耗度:三十二〉
〈耐久度:八十九〉
〈出現場所:ツボルト迷宮百階層〉
〈制作者:〉
〈深度:百〉
〈恩寵:威力付加(三・七五倍)〉
なんだこんなものか、というのが鑑定書をみたレカンの第一印象だ。
〈攻撃力〉〈硬度〉〈ねばり〉〈切れ味〉のいずれも、〈ラスクの剣〉のほうが上だ。恩寵のついた剣は基礎値が低い。恩寵がよければよいほどその傾向が強いようだ。この剣の場合〈威力付加〉の数値が三・七五倍だが、これは何本か手に入れた〈威力剣〉のなかで、たぶんずばぬけて優れている。〈攻撃力〉の二十九を三・七五倍すれば百を少し超えるだろう。それだけの威力があるから、百二階層から百二十階層までの敵を倒せたのだ。
「質問があるか」
老鑑定士の声でわれに返った。
「いや、ない。世話になった」
「うむ」
帰ろうとしたレカンを呼び止めた者がいる。
「冒険者レカン殿。迷宮事務統括官がお会いしたいそうです。こちらにお越しいただけませんか」
上品な服を着たのっぺりした顔の男が立っている。目は糸のように細い。腰には申しわけ程度のショートソードを吊ってあるが、この男、なかなかの腕だ。
断れるものなら断りたかったが、断ってしまうと今後の迷宮探索に何かと支障がありそうだ。
「いいとも、だがまず手洗いにいかせてくれ。漏れそうなんだ」
「もちろんけっこうです。本館のお手洗いをお使いください」
「本館?」
糸目男はそれ以上の会話をせず、静かに歩き始めた。
買い取り所を出て南に進み、売店棟の前を通り過ぎたあと、建物と建物のあいだを西に進んだ。そして迷宮事務統括所に、北側の出入り口から入った。しばらく進んだところで糸目男は立ち止まって振り返った。
「こちらがお手洗いです」
「使わせてもらう」
レカンはなかに入った。ドアはひとりでに静かに閉まった。
天井には三か所ランプが埋め込まれており、ゆらぎのないまばゆい光を放っている。それはいいのだが、何の機能を持っているのかわからない宝玉が一つ、天井に張りついている。つるりとした大きな宝玉で、こうしているあいだにも、魔力をどこかに飛ばしている。
「〈移動〉」
手拭き布がふわふわと宙に浮かび、天井に到達すると、ふわりと宝玉を覆い、そのまま天井に静止した。
レカンは手に持った〈彗星斬り〉を〈箱〉に入れたまま〈収納〉にしまった。
腰に吊った〈威力剣〉も〈収納〉に入れた。そして聖硬銀の剣を取り出して腰に吊った。
それからゆっくり用を足した。
そして手水鉢の前に立ったが、水が入っていない。入れ忘れかと思っていると、突き出した金属の管から水が出てきて手水鉢を満たし、自動的に止まった。
(手水鉢の前に立ったとき小さな魔力が働いたが)
(あれはオレを感知したんだろうな)
手を洗ってその場を離れると、水は自動的に排水された。
手拭き布に供給していた魔力を断った。
ふわり、と手拭き布が天井からはがれる。
「〈移動〉」
レカンが差し出した右手に、手拭き布が収まる。
水に濡れた手を拭いて、ベストのポケットに戻し、手洗いを出た。
糸目男はレカンがもっていた〈箱〉が消えたことについて、何も言わなかった。
再び糸目男について歩いてゆく。糸目男は階段を上った。
一階から二階へ。二階から三階へ。そして建物中央に近い奥まった部屋に案内された。
扉の前で糸目男が何かを受け取るかのように両手を差し出した。
「剣をお預かりします」
「断る」
糸目男はしばらく手を出していたが、やがて引っ込め、扉に向かって言った。
「冒険者レカン殿をご案内いたしました」
扉が開いた。
部屋の中央奧には重厚な風合いを持つ大きな机があり、その向こうに座っていた人物が立ち上がり、机の前に出てきて、あいさつした。隙のない着こなしとでもいえばいいのだろうか。上等の服をぴしりと身に着けている。すらっとして小柄だが、体全体の造形が整っているためか、実際以上に長身にみえる。髪は長くはないが、さらりと垂れた美しい黒髪で、艶やかに天井の魔法光を反射している。
「ようこそ、レカン殿。私はツボルト侯爵ギルエント・ノーツの姪にしてツボルト迷宮事務統括官イライザ・ノーツだ」
前に受付所の奥に座っていた女だ。こんなに身分の高い人物だとは思わなかった。
ずいぶん鋭く切り込むようなしゃべり方だ。思ったよりずっと若い。二十を幾つも超えてはいないだろう。美人といってよい顔立ちだ。
「私の横に立っているのが、統括官代理、騎士トログ・ベンチャラーだ」
「レカン殿とは二度目ですね。お元気そうで何よりです」
百階層を越えたとき会った、あの騎士だった。




