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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第33話 隠された階段
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 どうしてそんなことをしなくてはいけないのか、わからない。

 だが、レカンはこの老人を気に入っていた。

 先ほどもレカンの質問に対して答えを返すのに、わざわざ紙に書いてよこした。あれは立会人のぽっちゃり男にこの剣についての情報を渡さないための配慮だ。

 〈鑑定〉を使ってみせるぐらいのことは、たいした手間ではない。

 〈彗星斬り〉に右手をかざし、呪文を唱えた。

「〈鑑定〉」

「馬鹿者!」

 いきなり怒鳴られた。

「杖を使え、杖を!」

 精密な魔法の行使には杖が必要だ。それが常識だった。レカンは〈収納〉から杖を取り出した。シーラからもらったダークブラウンの杖だ。杖を出したとき、書類の文字を追っていたぽっちゃり男の目が一瞬ぴたりと止まったのだが、レカンはこれにも気づかなかった。

 レカンが構えた杖をみた老鑑定士は、けげんそうに目を細めた。

「待て。その杖をここに置け」

 こんこんと机を拳でつつく。しかたがないので言う通りにした。

 老鑑定士はしばらく杖をみつめ、顔を上げた。

「この杖を鑑定してみてよいか。もちろんこれはこちらの都合ですることなので、鑑定料はいらん」

 レカンはぽっちゃり男をみた。話を聞いてはいるはずなのに、何の反応も示さない。

「かまわん」

 老鑑定士は、黒い杖をかざし、準備詠唱を行い、発動呪文を唱えた。

「〈鑑定〉」

 しばらくその姿勢を維持したあと、杖を下ろし、レカンに聞いた。

「この杖はどうしたのだ。どこで手に入れた」

「魔法の師匠にもらった」

「その師匠の名は」

「言えん」

「その師匠は、かのおかたとはどういう関係なのだ」

「かのおかた?」

 鑑定士は、引き出しから新しい鑑定書を出すと、裏返して何か書いてレカンにすっと差し出した。

 そこには、〈マザーラ・ウェデパシャ師〉と書いてあった。

 いっそ本人だと教えてやろうかと思ったが、そういうわけにもいかない。

「それも言えんが、深い関係があるとだけ言っておく」

「そうか。そんなかたがおられたのか。この杖を一度使わせてもらえんだろうか」

「かまわんぞ」

「すまんな」

 老人はレカンの杖を使って、〈彗星斬り〉を鑑定した。そして名残惜しそうに杖を眺めてからレカンに返した。

「これはそんなに優れた杖なのか?」

「格別な機能は何もついておらんな。だが、魔力の通り方が信じがたいほどまっすぐだ。これで魔法を使うと、何も余分なことが起こらん。そういう杖は作ろうと思っても作れぬ。これを作ったおかたは、透き通るようなお心を持っておられたのじゃろうなあ」

 根性はゆがみきっているがな、とレカンは心でつぶやいた。

 遠い目をしていた老鑑定士は、急にきりりと表情を引き締めた。

「では、鑑定をしてみよ」

 レカンは杖を剣にかざした。

「〈鑑定〉」

「この大馬鹿者!」

 殴られるのではないかと一瞬思ったほど、老鑑定士は怒っている。

「ちゃんと準備詠唱をせんか! この横着者め!」

「習っていない」

「なに?」

「準備詠唱は習っていない」

「お前は準備詠唱も知らぬまま、この魔法を習得し発動できたのか?」

「ああ」

「ふむ。信じられん。が、そんなことはよい。これからは準備詠唱を行うのだ。よいな」

「知らん」

「なに?」

「覚えていない」

「わしが唱えるのを聞いておったであろう」

「聞いたが聞き流した。だから覚えていない」

「この、大っぱか者!」

 大馬鹿者と言っているのだろうが、おおっぱかものと聞こえてしまう。このじいさんは意外と愉快なやつかもしれん、とレカンは思い始めていた。額に浮いた青筋も、どこか愛嬌がある。

「一度だけやってみせる。一言一句聞きのがすでない!」

 そう言って老鑑定士は杖を構えた。

 レカンは耳に神経を集中した。

「すべてのまことを映し出すガフラ=ダフラの鏡よ、最果ての叡智よ。わが杖の指し示すところ、わが魔力の貫くところ、霊威の光もて惑わしの霧を打ち払い、存在のことわりを鮮らかに照らし出せ。〈鑑定〉!」

 しばらくして杖を下ろし、レカンをじろりとにらんだ。

「やってみよ」

 しかたないので杖を構えた。

「すべてのまことを映し出すガフラ=ダフラの鏡よ、最果ての叡智よ。わが杖の指し示すところ、わが魔力の貫くところ、霊威の光もて惑わしの霧を打ち払い、存在のことわりを鮮らかに照らし出せ。〈鑑定〉」

「この、たわけっ!」

 罵声が飛んできた。

「いい若い者が、なんという投げやりな呪文じゃ! きちんと正しく発音せよ! 魔法の適正な顕現は呪文の正確な詠唱にかかっておると心得よ! もう一度!」

「すべてのまことを映し出すガフラ=ダフラの鏡よ、最果ての叡智よ。わが杖の指し示すところ、わが魔力の貫くところ、霊威の光もて惑わしの霧を打ち払い、存在のことわりを鮮らかに照らし出せ。〈鑑定〉」

「大たわけっ! 発音がなっておらん。ガフラのラは舌の先を上顎に付けてはじき出すように発音するのだ。ダフラのラは、舌を口の下側に貼り付けて、鼻から息を吹き出せ。鑑定は〈ふぁへう〉とだらしなく発音するのではなく、正しく〈あべる〉と発音するのだ。やってみよ」

「すべてのまことを映し出すガフラ=ダフラの鏡よ、最果ての叡智よ。わが杖の指し示すところ、わが魔力の貫くところ、霊威の光もて惑わしの霧を打ち払い、存在のことわりを鮮らかに照らし出せ。〈鑑定〉」

「お前は年寄りか! はつらつとした音声(おんじょう)で、高らかに言葉を発するのだ!」

「すべてのまことを映し出すガフラ=ダフラの鏡よ、最果ての叡智よ。わが杖の指し示すところ、わが魔力の貫くところ、霊威の光もて惑わしの霧を打ち払い、存在のことわりを鮮らかに照らし出せ。〈鑑定〉!」


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― 新着の感想 ―
テルミン老師としてはまず冒険者なのに<鑑定>を習得してるのと百二十階層の恩寵品までは鑑定出てきた腕に興味を惹かれ 準備呪文を知らずに魔法を行使してたというとこでさらに興味が増した感じですかね。この出会…
テルミン師大好き
[良い点] 面白いです!
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