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ぽっちゃり男が板に張った紙とペンを差しだした。インクのいらないペンだ。
「これに名前と秘密鑑定をしてほしい物品の数を書いてください」
レカンは自分の名前と一という数字を書いて渡した。男はかりかりと、何かを書き込んだ。
「はい。けっこうです。秘密鑑定は一品目につき大金貨一枚を頂きます。鑑定書は写しを作らず、原本を依頼人に差し上げます。買い取り金額は鑑定書に記入されません。鑑定書をみるのは鑑定士本人と依頼人だけです。鑑定士は秘密鑑定で知り得たことを死ぬまで他人にもらさないことを、誓約しております。あたしもこの部屋でみたことは誰にももらしません。このことを領主様のお名前において大神エレクスにお誓いします。以上です。納得したら、大金貨一枚を支払ってください」
レカンが大金貨を払うと、ぽっちゃり男はそれを無造作に腰の袋に入れ、書類を持ったまま部屋の隅に移動した。もう興味がないといわんばかりによそみをしている。
老鑑定士が机の引き出しから鑑定書を一枚出した。
「よし、レカン。品物を出せ」
くそじじいに名前を覚えられてしまったなと思いながら、レカンはニーナエで買った〈箱〉を取り出し、そこから〈彗星斬り〉を出して机に置いた。
老鑑定士は漆黒の細い杖をかざし、準備詠唱を唱えてから発動呪文を発した。
「〈鑑定〉」
そして鑑定書に書き込みをして、レカンに渡した。
このときぽっちゃり男の目があやしく光ったのだが、レカンはみのがしてしまった。
〈名前:彗星斬り〉
〈品名:魔法剣〉
〈攻撃力:二十〉
〈硬度:二十〉
〈ねばり:二十〉
〈切れ味:五十〉
〈消耗度:なし〉
〈耐久度:百〉
〈出現場所:ツボルト迷宮百二十一階層〉
〈制作者:〉
〈深度:百二十一〉
〈恩寵:魔法刃(攻撃力十倍、切れ味十倍、長さ二倍〜五倍)、破損修復〉
※魔法刃:魔力をそそぐと魔法の刃が生成される。長さはそそいだ魔力量による。魔法刃を維持するためには魔力を供給し続ける必要がある。
※破損修復:剣身が損傷を受けた場合、自然に修復される。
やはり〈彗星斬り〉だった。レカンは感動に震えながら、ひとしきり鑑定書をながめたあと、質問をした。
「この記述はどういう意味だ」
レカンが指さしたのは〈攻撃力十倍〉という項目だ。
老鑑定士は鑑定書を引き寄せて裏返し、かりかり、かりかりと何かを書き込んでレカンに返した。
〈この剣の場合、剣身本体が持つ攻撃力は二十。その十倍の攻撃力を持つ魔法刃が生成されるということだ。攻撃力の数値が高いほど発動と維持には多くの魔力を必要とする。しかもこの剣の場合、長さの最低が二倍だ。これが等倍なら長さは変わらんから発動の魔力量は少なくてすむが、長さ二倍となるとおそるべき魔力量が必要となる。気の毒だがこの魔法剣は、よほど魔力量の豊かな魔法使いが魔力増加や補充の恩寵品の助けを借りて、やっと発動し維持できる代物だ〉
ということは、この魔法剣の攻撃力は二百なのだ。
二百。
なんというすさまじい攻撃力だ。
〈アゴストの剣〉でさえ攻撃力が五十九なのだ。もちろん剣というものは、誰がどう振っても同じ攻撃力になるわけではない。この〈攻撃力〉に、剣の重さや硬さや切れ味、使い手の技量と振った速度などが加味されて実際の攻撃力になる。それにしても基礎値が二百というのは、桁外れの数字なのではないだろうか。
切れ味にいたっては、基礎値が五百ということになる。恐ろしいほどの数字だ。これなら、切れないものなどほとんどないだろう。
(今使ってる〈威力剣〉の数字が知りたいな)
(あとでもう一度買い取り所に行くか)
「売るか?」
そう話しかけた老鑑定士の目には、気の毒そうにという表情が浮かんでいるようにもみえた。
「売ればとてつもない値段がつく。すぐには査定ができんがな」
この剣の力を引き出せる者はめったにいない。だがこの国の最高峰の魔法剣士なら、この剣の力を引き出せるだろう。この剣は、地方貴族などが持っても役に立たないが、国や神殿にとってはまたとない強力な武器だ。レカンは、この剣が使えそうな相手に心当たりがあった。
神殿騎士デルスタン・バルモア。
おそらくあの男なら、この剣を使える。どの程度の威力でどの程度の精度で使えるかはわからないが。そしてああいう男が一人いた以上、国の中央にはそれに匹敵する、あるいはそれ以上の魔法剣士がいても不思議ではない。
国や神殿は、きっとこの剣を欲しがるだろう。
「いや。さっき使ってみたが、オレにはこれが使える。人には売らん。自分で使う」
「ほう」
いかめしい顔に少しの驚きが浮かんだ。
レカンはわざわざ首をめぐらして、ぽっちゃり男をみた。手元の書類をぱらぱらめくりながら、鼻歌でも歌いそうな機嫌のよさをみせている。
(あの位置を動いてはいない)
(あそこからでは〈鑑定書〉の文字が読めるわけはないか)
「ほかに知りたいことはないか」
「ないな。見事だ。オレにはこの剣が鑑定できなかった」
「なに? お前は〈鑑定〉技能の持ち主なのか?」
「ああ。これの一つ上の階層までは鑑定できたんだがなあ」
「鑑定してみろ」
「なに?」
「今ここでこの剣に〈鑑定〉をかけてみろ」
「どうしてそんなことをしなくちゃならん」
「いいからやるのだ」