11
11
翌日、二人は百二十一階層に下りた。
百二十一階層の構造は第百二十階層と同じだった。つまり、部屋は五つしかない。そのうちの一つは階段のある部屋だ。残り四つの部屋のうち、右手前の部屋の侵入通路に入った。
「うん?」
「どうかしましたか」
「魔獣が現れたが、一体だけだ」
「へえ?」
この階層からは、何人で入っても一体しか出ないのだろうか。そうだとすると、格段に難易度が下がったことになる。だがそんなことがあるだろうか。もしかするとこの一体は、とてつもなく手ごわいのかもしれない。
今日腰に吊っているのは〈威力剣〉である。百階層で得たものだ。万能の使い方ができ、手持ちの剣のなかでは攻撃威力が最も高い。ただし、〈ザナの守護石〉の物理攻撃力付加は無効である。
「ふむ。体の大きさは、百二十階層とさほど変わらんな。オレと同じぐらいの背の高さだ。魔力は強い。得物はショートソードだな」
「わかりました」
「〈展開〉!」
レカンは〈ウォルカンの盾〉を展開した。うだうだ考えていてもしかたがない。しょせん戦ってみなければ相手の強さや特性はわからないのだ。
部屋のなかに入って立ち止まった。
すぐあとからアリオスが入ってきた。
敵は部屋の中央に自然体で立ち、右手にショートソードを持っている。
身長が高いので、ショートソードがひどく小さくみえて不釣り合いだ。
(うん?)
(あのショートソード)
(どこかでみたことないか?)
ショートソードが白い光を放ち、剣身の長さが三倍ほどに伸びた。
レカンは全身の血の気が引くのを感じた。
「〈彗星斬り〉だ!」
「ええっ?」
「あの剣身、さらにあの倍ぐらいに伸びると思っておけ! 瞬時にだ」
「はい」
危機を知らせる鐘の音が、レカンの頭のなかで鳴り響いている。
相手がこちらに向かって走りだした。
壁際に追い詰められてはたまらない。レカンも走りだした。その横でアリオスも飛び出した。アリオスが速い。レカンより前に出る。
あと十歩あまりの距離に達したとき、魔獣が剣を右に引いた。そして右から左になぎ払う。レカンたちからみれば左側から右への攻撃だ。
魔法剣の剣身が突然伸びて、左側のアリオスを真っ二つにする寸前、アリオスが跳躍した。レカンは盾の高さを合わせて魔法剣の攻撃を防いだ。
防いだはずだった。
だが魔法剣の剣先は、レカンの右胸と右肩を斬り裂いた。
空中に跳び上がったアリオスが、魔獣の頭部に斬撃を放つ。だが魔獣はおそるべき反応をみせ、斜め後ろに下がってかわす。それでも魔獣の顔の右上部が削り取られる。
次の瞬間、レカンが魔獣に肉迫し、首に刺突ぎみの斬撃を放つ。
あと一歩のところで首を落とせない。
魔獣が魔法剣を振る。だがレカンは至近の位置に接近しており、すでに盾は敵に肉迫している。金属音が鳴り響き、魔法剣は〈ウォルカンの盾〉に防がれた。
魔獣の斜め後ろに着地したアリオスが、反動を生かして右に回転しつつ後ろに跳び戻り、魔獣の首を刎ね飛ばした。
勝負は終わった。
がちゃん、と音を立てて、レカンの手から剣がこぼれ落ちる。だらんと垂れ下がった右手からは血がしたたっている。
左手を下げて手を放すと、〈ウォルカンの盾〉が音を立てて床に転がる。レカンはがくりと両膝を突き、左手を右胸にかざして呪文を唱えた。
「〈回復〉」
次に右肩にも回復をかける。
「〈回復〉」
もう一度、右胸と右肩に回復をかける。
「〈回復〉〈回復〉」
「大丈夫ですか?」
アリオスが心配そうな顔で近寄ってくる。
「お前、斬られてなか……」
魔獣が振った魔法剣の先が、アリオスの足をかすめたようにもみえたのだが、今近寄るアリオスをみて、レカンは言葉を失った。右足のブーツが深く斬り裂かれている。レカンの心配を先読みしてアリオスが言った。
「大丈夫ですよ。大赤ポーションを口に含んで突進しました。跳躍した瞬間に飲みましたからね。ブーツはずたずたですけど、なかの足は無事です」
「〈回復〉」
そうは言われても回復はしておいた。
「盾できちんと防いだつもりだったんだがな」
「盾で防がれた部分は無事だったんじゃないですか? そして魔法剣の軌道が盾を通り過ぎたとき、再び剣先が出現した。その剣先が」
「オレの胸に達していたわけか。なるほど」
わかってみれば当たり前のことだ。魔法剣の剣身は、根元のショートソードの部分以外は魔法でできている。魔法が盾に当たれば、盾のほうには衝撃はあるが、剣のほうにはない。あるいはほとんどない。そして盾に防がれて剣先は姿を消したが、盾がない位置に剣が達すれば、剣先は姿を現す。それだけのことだったのだ。
二度目に盾で防ごうとしたときは、距離が近かったからよかったのだ。至近距離まで近づいていたから、魔法剣の魔法でできている剣身ではなく、物理的な剣身のほうを盾に当てて押し込むことができた。それが勝負をわけたのだ。
魔法剣というのは、受ける側になってみると、実に厄介なものだ。なにしろ、〈立体知覚〉で探知できない。〈立体知覚〉は物理的に存在するものを探知できる技能であって、魔法は探知できないのだ。かといって、〈魔力感知〉は〈立体知覚〉ほど緻密ではないし、高速戦闘に対応できない。〈魔力感知〉はそもそもそういう能力ではないのだ。
だが、勝った。
とにかく勝った。
レカンは宝箱に近寄り、蓋を開けた。