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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第5話 ゴルブル迷宮
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 第二階層に下りた。

 やはり、ごつごつした岩の迷路が広がっていて、薄暗い。

 この世界の迷宮は、どの迷宮のどの階層も、このように薄暗い岩の迷路なのだろうか。

 もとの世界の迷宮は、階層によっては草原だったり、森だったり、山だったりした。明るい階層もあったし、暗闇の階層もあった。もちろん、この世界の迷宮が、それと同じでなければならない理由もない。こういう迷宮も新鮮で、おもしろみがある。

 それはよいのだが、道が狭いので、冒険者たちをやり過ごすのがむずかしい。

 できるだけ迂回するようにしているのだが、迂回がひどく遠回りになる場合は、冒険者たちの横を走り抜けた。すり抜けるだけの空間がない場合は、話しかけて脇にどいてもらった。

 この階の魔獣は、木狼(トルジェ)だ。

 ヴォーカの町でも番犬のように飼われている魔獣である。攻撃性は高くないようで、こちらから襲いかかるか、よほど近くに寄らないと攻撃してこないようだ。

 五頭ほど出会い頭に殺した。三頭目を殺したとき、死骸がふっと消え、あとに奇妙な小箱があった。

 開けてみると、薄紅色の小さな丸い物が入っていた。

 取り出した。

 レカンの人差し指の、その先端から第二関節までと同じか、やや小さいほどの大きさだ。

 硬くはない。かといって柔らかいともいえない。指で押すとへこむが、力をゆるめるともとに戻る。むかしどこかでみた何かの卵と似ている。だが記憶のなかのその卵より、張りがある。強く押せばつぶれてしまうだろう。なかには何か液体が入っているようだ。

 これはいったい何なのだろうかと思いながら、〈収納〉に入れた。

 下りの階段に向かって走るレカンの前方で悲鳴があがった。

「誰か! 助けてくれ!」

 少年といってよい、若い男の声だ、少し進むと視界が開けて状況がわかった。

 一人の少女が傷を負って倒れている。その少女をかばうように、一人の少年が短めの剣を持って立っている。その正面では木狼が一匹うなり声をあげ、身をかがめている。跳躍の予備動作だ。

 大きな木狼である。ここまでにみた木狼の二倍以上の大きさだ。

 その大きな木狼が少年に飛びかかった。

 ちょうどそのとき、その地点に差しかかったレカンは、剣を一閃させ、巨大な木狼を真っ二つに裂いた。木狼は消え去り、一つの宝箱が残った。

 走り去りかけていたレカンはくるりと向きを変え、宝箱の場所に戻った。

 開けてみると、鞘付きの短剣が一本入っていた。

 短剣を取り出すと宝箱は消えた。

「あ、ありがとう、ございます」

 少年が礼を述べた。

 頬を魔獣の爪がかすめたようで、二筋の傷がつき、そこから血が流れている。

 べつにこの少年を助けようと思って木狼を倒したわけではないが、獲物を横取りされたと言われるより、ずっとましだ。

 レカンは短剣を〈収納〉にしまった。ただし少年の目の前なので、左手で外套の襟を右に引き、その外套に隠し込むように短剣を収納した。これで少年からは、外套のなかに〈(ルーフ)〉機能のついた袋があるか、さもなければ外套そのものに〈箱〉機能をつけたと思うはずだ。

 ふと思いついて、レカンは先ほど宝箱から得た、薄紅色の丸い奇妙な物を取りだして、少年にみせた。

「おい」

「は、はい」

「これは何だ」

「え?」

「これは何だと訊いている」

「そ、それは赤ポーションです。赤の小ポーションです」

「これは何に使う」

「え? 怪我や疲れを癒します」

「ふむ。ポーションには、ほかに何がある」

「え? ええっと、赤ポーションは、大中小の三つです。大きいほど効力が高いです。青ポーションは魔力を回復します。これも大中小の三つがあります。黄色のポーションもあります。これは状態異常を解消するそうです。それから、緑色のポーションは毒消しです。普通に売っているのはこの四種類ですが、ほかにも迷宮からは変わった色のポーションが出て、特殊な機能を持っていると聞いています」

「お前はこれを持っているのか」

「えっ? いいえ、そんな。ぼくたちは普通の薬を買うので精いっぱいです。赤ポーションがドロップしたら、売ります」

「そうか。なら、これを使え」

 レカンは、ぽいと赤ポーションを少年に投げ渡した。

 少年は反射的にそれを受け取ったが、受け取ってからあわてた。

「だ、だめです! こんなもの、使えません」

「お前ではない。その女にだ」

 そう言われて少年は足元に倒れて動かない少女をみた。

 狼の爪で掻かれたのだろう。胸元に三筋の傷があり、出血している。そして綺麗な顔にも三筋の傷がある。

「わ、わかりました。使わせていただきます」

 少年は何かを決意したような表情をした。そして赤ポーションを少女の口に押しつけるが、少女は口を開こうともポーションを飲み込もうともしないようだ。

 少年は赤ポーションを自分の口に入れ、かみつぶした。そして自分の口を少女の口に押し当てた。

 ごく、ごく、と少女の喉が動く。

 その効果は劇的だった。

 頬の傷がすうっと消えた。そして胸の傷もみるみる治った。

(ほう)(下級のポーションでも)(これほどの効果があるのか)

 少年は感極まったのか、少女の体を抱きしめて震えている。

「ポーションは飲むものなのか」

「えっ? いえ、傷が一か所なら、直接傷口に振りかけたほうが効果は高いそうです。でも……」

「わかった。もういい」

「あ、あの」

「うん?」

「ポーションの対価は何ですか。ぼくは何をしたらいいですか」

 決然とした表情でそう言う少年の頬の傷もふさがっていた。

「対価は、もうもらった」

 レカンはそう言い残して、その場から去った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 調薬が好きなレカンにとって、この世界のポーションのはたらきは、すごく感銘を受けるものだったのでしょうね。 [気になる点] 何となくですけど、こどもの頃のレカンも、迷宮で、誰かに(結果として…
[一言] 傍から見たらCP気ぶりおじさんで草
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