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敵は悠々と立っている。
手に持った剣は、ロングソードではあるけれど、やや短めだ。
レカンは足音を立てながら、まっすぐ歩いていった。
ブーツが岩の床を踏みしめる音が響く。
敵まで三十歩の距離まで近づいたとき、左手の盾を構えた。
そして全身の筋肉に力を送り込み、突進を開始したその瞬間。
敵が剣を振り上げ。
そして振り下ろした。
レカンは身をかわさなかった。
というのは、敵の剣はレカンのほうに向かって振られたわけではなく、ただの素振りだったのだ。
と思った瞬間、体がぐらりと揺れて、突撃速度がゆるんだ。
まるで全身の体重が急に増加したかのように、動きにくい。たいしたちがいではないのだが、明らかに異常だ。
剣も異常に重く感じる。
(呪いか?)
だが、〈ハルトの短剣〉を装着しているのである。呪いにかかったとは思いにくい。それでも、〈ハルトの短剣〉の恩寵をしのぐ呪いもあるかもしれない。
(ままよ!)
止まりかけた足に力をそそぎ、ふらつく体を立て直し、なお前に進んだ。
敵がもう一度素振りした。
がくん、と体が重くなった。さらに不自由さを感じる。
それでもなおレカンは突進をやめなかった。
敵はもう目の前である。
レカンは剣を振り上げ、猛然と相手の頭に振り下ろす。
敵も剣を振り上げ、レカンの頭目指して剣を振り下ろす。
敵の剣は〈ウォルカンの盾〉に食い止められた。
レカンの剣は敵の頭を真っ二つに斬り裂き、腹まで食い込んだ。
そのとたん、レカンを縛り付けていた謎の不自由さは消え果て、レカンは自由に動けるようになった。
現れた宝箱を開けると、先ほど魔獣が持っていた剣が現れた。
「〈鑑定〉!」
〈名前:積重剣〉
〈品名:剣〉
〈恩寵:積重〉
※積重:一度振ると半径三十歩の物品が倍の重さになる。二度振ると三倍の重さになる。三度振ると四倍の重さになる。四度振ると五倍の重さになる。剣を鞘に収めると効果は消える。
「なんだこれは」
なんというふざけた恩寵なのか。
そのときずきりと左の手首が痛んだ。先ほど魔獣の一撃を盾で受け止めたとき、手首をくじいてしまったのだ。それほど威力のある攻撃だった。
「〈回復〉」
左手に治療をほどこすと、レカンは〈積重剣〉を抜いて振った。
「うおおっ」
とたんに体が重くなった。いや。そうではない。着ている装備が重くなったのだ。
つまりこの剣の恩寵は、使用者にも働くのだ。
「こんな剣、どんな使い道があるというんだ!」
と口にした瞬間、気がついた。
〈鉄甲〉は、鎧のような表皮をしているが、あれは鎧ではなく体なのだ。だから〈積重〉の効果は受けない。受けるのは持った剣だけだ。そういう効果だとわかっていれば、急に剣が重くなっても耐えられる。そして重さを増した剣を上から振り下ろせば、その威力は倍加される。
それに、この剣を騎士に使ったらどうなるだろう。金属製の全身鎧に身を包んだ騎士に使えば。それはもう身動きもかなわないだろう。ということは、この剣一つあれば、騎士団一つを無力化できる。いや。制限距離があったので、そうはいかない。それでも三十歩以内に近づいた騎士はその場に転倒して動けなくなる。
「これは、使い方次第では、とんでもない効果を現す剣だな」
とはいえ、レカンにとってはさほどの脅威ではない。こんな軽鎧が五倍重くなったところで、そういう効果なのだとわかってさえいれば、耐えて戦闘を行うことはできる。
レカンはいささか苦労して、剣を鞘に収めた。
嘘のように束縛は消えた。
問題は効果時間だ。敵に使われた場合、どの程度の時間この効果が有効かで、対策がまるでちがってくる。
レカンは〈積重剣〉を抜いて一度振り、その場に横たわって数を数えた。二百二十一を数えたとき、効果は消えた。
「ふむ。最大効果は四度振ったときのようだから、四度振って効果時間を確かめねばならんな」
そうつぶやいて、今の状況を思い出した。
「そうだ。階段は」
あった。
階段があった。
ぽっかりと口を開けて、レカンを待っている。薄いもやが漂っているが、もやの向こうに階段がみえる。
「おお」
レカンは歩み寄ってもやをくぐり抜け、階段に出た。五段ほどおりてから立ち止まる。
「〈階層〉!」
出た。選択することはできないが、確かに百二十一階層が表示されている。レカンは、最下層のその下に進むことができたのだ。
浮かび上がった移動先候補のなかから下から二番目の百二十階層を選択した。
「〈転移〉!」
たちまちレカンの体は百二十階層の手前に転移していた。
足を踏み入れ、百二十階層に入った。
「レカン殿!」
アリオスだ。みるからにほっとした顔をしている。喜びの顔だ。
「大丈夫ですか? 手ごわい敵だったようですね」
「ああ。まあな」
まさか、待たせていた時間のほとんどは、手に入れた剣の性能の検証に使っていた、とは言えない。
「それで、どうだったんですか?」
レカンはにやりと獰猛な笑いをみせた。
「あったぞ。下に続く階段が」
「おお! おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。さあ、さっさとお前も下の階層への通行証を手に入れてこい」
アリオスが引き締まった顔をみせた。
「私にも勝てるでしょうか」
「ああ。まあ、大丈夫なんじゃないかな」
「敵は二人で入ったときと同じ程度の戦闘力でしたか」
「どうかなあ。同じぐらいだったんじゃないかな」
「恩寵品はどうでした?」
「一振りすると物品の重さが倍になり、二振りすると三倍になるという、聞いたこともない恩寵だった」
「〈積重剣〉ですね」
「知ってるのか、お前」
「話には聞いています。確か制限距離があったはず」
「半径三十歩だな」
「そうですか。でも迷宮の部屋のなかで使われると、逃げようがありませんね」
「今回これが出たということは、次は別の恩寵品だろうな」
「そうですね」
アリオスは何かを考えていたようだが、強い目でレカンをみて言った。
「では、行ってきます」
「ああ。あっちの階段で待っている」
アリオスは〈守護者〉の部屋に向かった。
レカンは階段に戻り、呪文を唱えて百二十一階層の階段に移動した。そして階段に腰を下ろし、〈収納〉から干し豆を取り出して、ぽりぽりとかじった。水をごくごく飲み干した。うまかった。
やがてアリオスが階段部屋に入ってきた。手にはショートソードを持っている。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「恩寵品は何だった?」
「たぶん、〈暗黒剣〉だと思います」
鑑定してみるとその通りだった。振ったときに半径五十歩以内の生き物が視覚を失うという恩寵だ。
「よくこれを使われて勝てたな」
「まあ、気配で何とかしました。この剣も欲しかったんです。いい土産が増えました」
そう言ってアリオスは〈暗黒剣〉を〈箱〉にしまった。