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翌朝、迷宮に向かう道中である。
「あまり長くは迷宮探索を続けるつもりがないようですね」
「うん? 誰の話だ?」
「〈グリンダム〉ですよ、もちろん」
「迷宮探索をやめてどうするんだ?」
「さあ? でもツインガーさんとヨアナさんは、冒険者は続けるつもりみたいですね。この町はひっきりなしに迷宮品が運び出されていますし、その代金も入ってきています。食料や衣料をはじめ、迷宮探索に必要なありとあらゆるものが大量に運び込まれています。護衛の仕事は多いでしょうね」
「ああ。ゆうべ、護衛がどうとか言ってたな」
「家も買うかもしれませんね」
「まあ、ずっとこの町で冒険者をするなら拠点はあったほうが何かと便利だな」
「レカン殿」
「うん?」
「私が言う家は、ツインガーさんとヨアナさんが結婚して住む家のことです」
「なにっ」
「どうしてそこで驚くんですか?」
「あの二人が結婚? そんな話は聞いていないぞ」
「私も聞いてはいません。でも、みてると明らかにそんな感じです」
「そんな感じとはどんな感じだ」
「仲がいいし、馬鹿を言い合うし、大事なことは相談するし、財布の紐はヨアナさんが握っています」
「そういえばそうだな」
「迷宮探索は危険ですからね。結婚を機に迷宮はやめるつもりなんじゃないでしょうか」
「ブルスカはどうする」
「それは知りません。ただ、ブルスカさんも、付き合ってる女性はいるみたいですね」
「そうか?」
「レカン殿は、自分が興味ないことには、まるで観察力が働きませんね」
「興味とは関係ない。オレはオレの生存に必要なことに注意を向けていて、ほかのことは優先順位が低いだけだ」
「かっこよく聞こえますけど、それは人間としてどうなんですかね。それからこれはまったくの勘なんですが」
「言ってみろ」
「ブルスカさん。〈ラフィンの岩棚亭〉を継ぐことになるような気がします」
「ほう」
「このことは誰にも言わないでくださいね。話がこじれますから」
「わかった」
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「よし。ここで待て」
「えっ?」
アリオスがとまどうのも当然だ。
なにしろ、階段から百二十階層に入ったその場所で、そう言われたのだから。
「オレは一人で戦ってみる」
「一人で?」
「下に続く階段だが、入り口がかなり狭い」
「そうなんですか」
「あれは一人用の入り口なんじゃないかと思った」
「今までの階段の入り口も、そう広くはないですけどね。ほかには?」
「ほかには、とは?」
「一人で戦うと階段が出現するんじゃないかと考えたほかの理由は何ですか」
「ない」
「入り口が狭いという、それだけなんですか?」
「そうだ」
「レカン殿って、ほんとに直感で生きてますね」
「確かに勘だ。だが考えてみろ、百二十階層より下側があるということが、まったく伝わってないんだぞ。つまり、今まで階段が現れる条件を満たした者はいないんだ」
「シーラ様はどうなんでしょう」
「シーラの時代には、百二十階層より下があるということは広く知られていたんだろうな。もしかしたらシーラ自身も潜ったことがあるのかもしれん。いや、迷宮は嫌いみたいだから、それはないか。とにかく、たぶんザカ王国ができてからは、誰も下に行っていない」
「それはそうなんでしょうね」
「いろんな戦い方をしたやつがいたはずだ。だがたぶん、五人より少ない人数で挑戦したやつはいない」
「どうしてわかるんですか? あ、そうか」
「五人より少ない人数で挑戦したのなら、魔獣の出現数が五体より少ないことがあると知られているはずだ。ところが百階層から百二十階層は魔獣が五体出現すると信じられている」
「そうですね。それには同意します」
「試されたことがない戦い方は、そう多くないはずだ。だがたぶん、一人で戦ったやつはいない」
「私にしても、百階層で二人で戦うとレカン殿から言われたとき、絶対無理だと思いました。そうですね。一人で挑戦した人はいないでしょうね」
「今まで一度もやったことのない戦い方なんだ。これが正解である可能性は低くない。少なくとも、試さずにほかの可能性を探れるほど低くない」
「わかりました。おっしゃる通りです。でも、一人だと何か起きたときの対処ができませんよ」
「たぶん、そこだな」
「え?」
「何かあったら対処できないという状況に自分を立たせることができること。それがみえざる最下層への入場条件なんだ」
「それって、ただの無鉄砲と、どうちがうんですか?」
「同じかもしれん。ちがうかもしれん。そんなことはどうでもいいんだ。下への道さえみつけられたらな。じゃあ、行くぞ」
「ご武運を」
アリオスを残してレカンは一人で歩きはじめた。
少しばかり心細さを感じた。やはりアリオスの存在は大きな支えになっていたのだ。
(最初のときを思い出せ)
(はじめはたった一人だったじゃないか)
(そうだ)
(冒険は一人で始めるものなんだ)
〈守護者〉の部屋への侵入通路に入った。
なかには一体の魔獣が出現した。
レカンは、〈威力剣〉を〈収納〉に入れ、聖硬銀の剣を出した。
聖硬銀の剣は、もろいけれども切れ味は比較するものがないほど優れている。
この一戦は、この剣の切れ味に賭けることにしたのだ。
「〈展開〉!」
〈ウォルカンの盾〉を左手に構え、部屋への入り口をくぐった。