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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第32話 コグルス領主からの依頼
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「ノーマ殿。あらたまって話というのは何だ?」

「領主様。私とエダが看病にあたっているとき、ザックさんは始終うわ言を口走っていました」

「ああ、そうらしいな」

「そのうわ言の中身を、私は書き記しました。エダにも書き留めるよう言いました」

「ほう?」

「断片にすぎない言葉を寄せ集めてみると、なかなか大変なものがみえてきました。といっても、そもそもの言葉が聞き取りにくく、意味不明な点も多く、脈絡もないうわ言なのですから、そこからきちんとした情報をくみ取ることなど、できはしません。聞き取れたつもりになっても、聞き間違いもあるでしょう。事実ではない思い込みや幻覚も混じり込んでいるかもしれません」

「ずいぶんもったいをつけるのだな。いったいやつは何を言ったんだ?」

「今からその情報の断片を申し上げます。エダ」

「はい?」

「私の言うことに、君が聞き取った内容と食いちがうことがあれば、教えてもらえるかな」

「うん。わかりました」


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「まずザックさんは、いえ、たぶんザイカーズ家は、地竜トロンがどこにいるかを知っていました」

「なに!」

「トロンをご祖父が発見したというようなうわ言もありましたから、発見したのはザイカーズ家の二代前の当主なのかもしれません。五十年ほど前から判明していたと思われます。トロンという名で心当たりといえば、地竜トロンぐらいです」

「まさか。地竜トロンだと」

「そしてザックさんは、地竜トロンを討伐する計画を立てたのではないかと思うのです。いや、もしかしたら、三代にわたって準備したのかもしれません」

「地竜トロンの討伐か」

「ザックさんはリュウメツケンというものを作らせたようです。竜を滅する剣という意味でしょうか。たぶん何年もかかって」

「竜滅剣だと? ふむ。調べてみよう。それで?」

「ところがトロンが行方不明になりました」

「ほう?」

「ザックさんは、それこそ気が狂ったようにトロンの行方を追いました。いくつもの調査団を出したようです」

「竜というものは、一度居着いた場所から動かんものだと聞いているがな。何かあったのだろうか」

「わかりません。とにかく調査団がいくつも派遣されました。たぶん調査は何年にもわたったでしょう」

「それでどうなった」

「言い忘れましたが、地竜トロンがいたのは大森林のなかだったようです」

「ふむ? コグルスから大森林までだと、それなりに距離があるが。まあいい。それでどうなったのだ?」

「トロンの件とどうつながるのかはっきりしないのですが、ザックさんは大森林のなかで古代神殿のようなものを発見したのではないかと思います」

「古代神殿?」

「はい。それはもしかしたら、トロンの件とは別にずっと以前からザイカーズ家が有していた知識なのかもしれませんし」

「それ、ちがうと思う」

「エダ。何がちがうのかな」

「わしがみつけたんだって言ってた。だから、ザックさんがみつけたんだと思います」

「あ、そうだったね。あのわしがみつけたというのは古代神殿のことか。そうか。そうにちがいない。ありがとう、エダ」

「えへへへへ」

「それで、その古代神殿がどうしたというのだ」

「とてつもない財宝があったようなのです。ザックさんはそれを残らずわが物としました。おそらく十七年前のことです。施療師アテルナ殿は呪いの起点が十七年前だと明確に把握していました。つまり古代神殿の呪いがザック様をむしばんだのだとアテルナ殿は考えたのでしょう」

「なんということだ。そうか。そうだったのか」

「どうかされたのですか、領主様」

「謎だったのだ。やつは豊かすぎる。あちらでもこちらでもいろいろなことをやり、時には失敗して手痛い目にも遭っているはずなのに、活動は小さくなるどころか、ますます手を広げている。いったいどこにそんな金があるのか、かねがね不思議に思っていたのだ」

「それは、ずっと以前からのことですか?」

「いや。ここ十数年のことだ」

「なるほど」

「情報というのは、それだけか?」

「そうですね。あと、強いていえば、今私が言ったようなことを、ザックさんはうわ言で繰り返すほど気にしているということです。記憶に責められていましたね」

「ほう。興味深い。しかし、それにしても地竜トロンか。まさかと思っていたが、ザックのやつは本当にザカ王国からの離反を考えているのか?」

「それはどういうことですか?」

「ははは。博識のノーマ殿でもこれは知らんか。地竜トロンは、〈豊穣の竜〉と呼ばれていて、トロンが棲んでいた地域は栄えるという」

「はい。その異称は知っています」

「では、このザカ王国が、地竜トロンの死骸の上に打ち立てられたということは知っているか?」

「えっ」

「建国王がトロンを倒した、その場所が、現在の王都フィンケルだといわれている」

「そうだったのですか」

「マール王国も、もともと地竜トロンが棲んでいたそうだ」

「トロンを倒せば王国が作れると、ザックさんが考えたというんですか?」

「少しちがう。トロンを倒し、その魔石を手に入れたら、ザカ王国から独立する大義名分ができるということだ。トロンの死骸をみせれば、民衆のあいだに独立の機運が高まるだろう」

「ああ、なるほど」

「もともとコグルスは、ザカ王国とは関係ない独立領だった。ザカ王国に編入された時期はごく遅い。あそこが王都の干渉を嫌っていることは、この辺りの領主なら誰でも知っていることだ。しかし、そうか。トロンか。なるほど」

「あの、いいですか?」

「もちろん。何かな?」

「国を建てるっていうのは、トロンじゃなくちゃいけないんですか。たしかほかに、居場所のわかってる竜っていましたよね?」

「ああ。王竜アトラシアと飛竜ルードはわが国にいて、居場所がはっきりしている。その近くには人間は近寄らんな」

「その竜じゃだめなんですか?」

「どういうわけか、六種の特殊な竜のうち、トロンだけが建国の象徴とされている。べつにすべての国がトロンを倒したあとにできてるわけでもないはずなんだがな」

「六種の特殊な竜、ですか?」

「地竜オグト。地竜イマム。地竜トロン。飛竜ヨーグ。飛竜コダン。飛竜ルード。この六種の竜は、一つの時代に一個体しか出現しないといわれている。この館の入り口に絵が飾ってあるぞ」

「えっ? そうだったんですか」

「ははは。これだけ何回も来ているのに気づいていなかったのか?」

「あれ? さっき、あとら何とかって名の竜がいませんでした?」

「王竜アトラシアか。こちらは竜種特殊個体ではなく、神獣だ」

「しんじゅう?」

「神の獣という意味だ。本当かどうか知らんが、神獣は人の言葉を話すらしいぞ」

「えええっ。獣なのに?」

「はは。ほんとのところはわからん。王竜アトラシアにしても、巨大な姿が遠方から時々目撃されているから、実在はするんだが、まさか人間の言葉を話すとは思えんな」

「竜かあ。強いんだろうなあ」

「ザカ王国ができる前にあった国の軍隊は、地竜トロンに滅ぼされたと伝わっている。いっそザックがトロンと戦っていてくれたら、今ごろコグルスなんか消滅していたかもしれんな」

「レカンなら勝ちます」

 エダが根拠もなく言った。

「うわっはっはっはっはっ。そうだな。レカンが百人ぐらいいたら勝てるかもしれん。はっはっはっ」

「領主様」

 ノーマが今までとは少しちがう響きの声で言った。

「うん?」

「今回、領主様は、ザックさんの治療に協力なさいました。私は領主様の度量の広さに感激しました」

「そうだよ! ほんとは敵なのに、施術が成功したとき、拍手してました。あれはかっこよかったです」

「あれは自分でも不思議だ。だが施術が成功したと知ったとき、ワシは感動を覚えた。今思えば今回のことは、やつを殺す千載一遇の機会だったのにな。いや、この町で殺すのはまずいが、帰り道に刺客を差し向ければよかった。ワシは何をやっとるんだ」

「無理だったと思います」

「なに? どういうことだ?」

「あの八人の護衛、ものすごい強さでした」

「手だれだろうとは思っていたが」

「あたい、あのなかの誰と戦っても殺されます」

「なんだと? ニーナエ迷宮踏破者である君がか?」

「そんな人がいつも二人組でつきっきりで護衛してるんですよ。あたい、怖くて怖くて、ぴりぴりしてました」

「ということは、ワシは自分が殺されなかったことを喜ばんといかんわけか」

「そうですね」

「第32話 コグルス領主からの依頼」完/次回「第33話 隠された階段」

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― 新着の感想 ―
ザックはトロンをレカンに横取りされ、魔石以外は殆ど何も残らなかったからいなくなった理由もわからず、せっかく作らせた竜滅剣もレカンに買われ、そうかと思えばレカンの弟子のエダに命を救われる。 奇縁だなぁ。
[一言] 作られた時期と売られた時期……やはり竜滅剣はあの剣なのか。使命は果たせなくとも、奇しくも相応しい者の手に渡ったんだな。
[一言] 王竜アトラシア、名前と冠名からしてすごい強そうなのに 劇中で同格とはいえ竜でもない狼に楽しませてくれた遊び相手への報酬の為にやられてしまった可哀そうな竜
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