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ザック・ザイカーズも、冒険者バグナッツも、死ななかった。
駆けつけたエダが〈浄化〉をかけるのがまにあったのだ。
首を失ったアテルナから噴き出た血が、ザックの体をはじめそこらじゅうを血の海にひたしていたが、アテルナ以外は命に別条はなかった。
別条がなかったどころか、〈浄化〉をかけ終わったときには、ザックにもバグナッツにも、傷一つなく、毒の効果も完全に消えていた。もっともリオルは、念のためにと言って、二つも緑ポーションを取り出し、ザックに振りかけ、バグナッツに飲ませていた。
ザックは、シーラが使っていたベッドに移した。リオルは領主館本館のほうに移してもらいたがっていたが、ノーマが長距離の移動に難色を示したのだ。
出発は延期された。
処理が一段落して、主立った者が領主館の応接室に集合した。
「いったいなぜ、アテルナ殿はち……ザック殿を害したのだ」
リオルがつぶやいた疑問に答えたのは、騎士ジャコフだった。
「リオル様。アテルナの両親を殺して財産を奪ったのはザック殿なのです」
「えっ」
「ただそのとき、アテルナの両親と何か約束があったようで、ザック殿はアテルナを引き取り、育てたのです」
「そんな、ことが」
「アテルナは忠実な施療師として尽くしてきました。ザック様が両親を殺したとは知らなかったはずです。まさかこんな思いを抱いていたとは。だが、わからない。ザック殿の治療に一番熱心だったのはアテルナ殿なのに」
「施療師の魂」
ぽつりとエダがつぶやき、皆の視線がエダに集中した。
「えっ? えっ? いや、そういうふうにノーマさんが言ってたんだよ。ねっ、ねっ?」
あわてると地が出るようだ。話を振られたノーマは、そうだね、とうなずいた。
「施療師は、治療中の患者に対し、誤った治療をすることによって殺したりすることは、絶対にありません。そういうことはできないのが施療師なのです」
「ではなぜち……ザック殿の治療を長年してきたのだ。最初から治療などしなければいいではないか」
「それは私にはわかりません。恩は恩として感じていたのかもしれないし、復讐するためにそばにいたかったのかもしれませんし、ほかにどんな理由があり得たのか、私には判断できるような情報がありません」
「ノーマ殿。一つ教えてもらいたい」
「何でもどうぞ、ジャコフ様」
「アテルナは、ザック殿の病状が回復不能な段階にあると判断するや、〈仮死〉状態にするという方針を立てた。反対する者も多く、さまざまな方法が試みられたが効果がなく、結局〈仮死〉の薬が処方された。それは最上の治療方法だったのだろうか」
「最上とか最低とかいう問題ではなく、〈神薬〉も〈浄化〉も得られない状況では、それが唯一の道であったかもしれません。しかし、〈仮死〉の薬を服用したのはいつごろなのですか」
「今年の二の月のはじめだ」
「去年の九の月に容体が悪化したということでしたが、九の月の十七日には、エダが〈浄化〉持ちであることが公表されました。〈浄化〉に頼ろうとは思われなかったのですか?」
騎士ジャコフはリオルのほうをみ、リオルが答えた。
「それは、その。そういう意見もあったのだが、こちらのご領主とわが領には、今まで行きちがいもあった。また、ザック殿がお元気なら、ヴォーカに大きな借りを作るようなことは望まれないはずだという意見もあったのだ」
「なるほど」
しばらくノーマは考え事をしていたが、やがて口を開いた。
「確かに〈仮死〉状態にすることは、命を保つ最後の手段だったかもしれません。しかしあそこまで体力の衰えたザック様を、あそこまで深い〈仮死〉状態にすれば、それは」
「それは、何なのだ」
「リオル様。それは覚めることのない眠りとなります。実際、エダ以外の〈浄化〉持ちでは、ザック様をよみがえらせることはできなかったでしょう」
リオルは絶句した。
「それが、最大限の治療をほどこし続けるという使命のなかで、かろうじてなしうる復讐だったのかもしれません。わからないことですけれどね」
「だがアテルナは、最後には毒のナイフでち……ザック殿を殺そうとした! それは施療師としての道に反することではないのか!」
「ええ。最後の最後に、彼女は復讐をとったのです。もしザック様を殺害できていたら、彼女はもう二度と誰の施療もしなかったでしょう。あるいは……」
その先をノーマは言わなかった。
「ただ彼女は、治療するふりをしてザック様を死に至らせるというまねだけはしませんでした。ナイフを出すというようなあからさまな行動に出なければ、護衛のかたにあやしまれることもなかったでしょう。しかし、治療は治療。暗殺は暗殺。彼女のなかで、その二つは絶対に別のものでなくてはならなかったのです」
この日のうちにザック・ザイカーズは驚くべき回復ぶりをみせ、その命令により、一団は、翌日、つまり三の月の十七日にヴォーカを旅立った。
ザックは金で感謝を表した。すなわち、本来大金貨一枚だったエダとノーマへの謝礼の額を白金貨一枚に増額し、しかもヴォーカ領主クリムス・ウルバンには、礼とわびのしるしとして、やはり白金貨一枚を贈呈したのである。




