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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第32話 コグルス領主からの依頼
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「ふむ、エダ。皆さんに〈回復〉をかけてあげたらどうかな」

「うん」

 エダが立ち上がって右手のひらをリオルに向けようとした。

「杖を使いなさい」

「あ、いけね。へへ」

 エダが離れた場所に〈回復〉を飛ばせることは絶対に秘密にするように、ノーマはエダに言い聞かせていた。そのような技術を持っていることは、今は誰にも知られないほうがよい。今回の施療に必要だということもない。

 エダは杖を出し、〈回復〉の呪文を唱えて杖の先に緑の光の玉を作ると、腕を伸ばしてテーブル越しにリオルの頭にその光の玉を落とした。

「あっ」

 光の玉は上から下に落ち、頭から始まってゆっくりと全身をひたして消えてゆく。

 エダは無造作に次々と光の玉を生み出しては、居並ぶ人々に〈回復〉をほどこしていった。

「〈回復〉」

「〈回復〉」

「〈回復〉」

「〈回復〉」

「〈回復〉」

「〈回復〉」

「〈回復〉」

「〈回復〉」

 護衛に回復をかけようとしたら警戒した目を向けられたが、それにかまわずエダは〈回復〉をかけた。

 コグルス側の人々に〈回復〉をかけ終えると、領主館の使用人たちにも〈回復〉をかけた。廊下に出て、立っている人たちにも〈回復〉をかけた。

 施療師アテルナが唖然とした顔をしている。

 それはそうだろう。施療師であればこそ、これは信じがたい光景だ。〈回復〉とは、こんなにぽんぽんと連続発動できる魔法では絶対にない。そもそも〈回復〉を発現する魔法使いは、魔力が少ないのが普通なのだ。なぜそうなのかはわからないが、これは広く知られている現象である。

「リオル様とアテルナ殿にはしばらくお付き合い願いたいのです。ほかのかたは、案内を受けて宿泊場所に移られてはいかがでしょう」

「いや。お申し出はありがたいが、まずはここにいる者全員でご説明を承りたい。しかるのち、交代で休ませていただく」

「わかりました」

 エダが戻って来てノーマに〈回復〉をかけ、最後に自分自身に〈回復〉をかけて、ぽすんとソファーに座った。それを待ってノーマは話を始めた。

「まず、病状と先ほど行った処置について申し上げます。患者は、〈仮死〉状態にありました。これは移動中の病状を抑えるため、意図的にかけられたものと思いますが、その〈仮死〉は非常に強力なものでした」

「それは私の判断のもとに、施療師アテルナが調合した薬によるものだ」

 リオルの言葉に、ノーマは眉を寄せて疑問の声を発した。

「薬?」

「そうだ。ザック殿のお世話については、私が領主様よりすべて任されている。そして、仮死薬を処方したのは、実は今回の移動のためというわけではなく、もはやどのような治療も効果がないと判断し、〈神薬〉が手に入るまでザック殿の命を保つためだ。エダ殿の施療を申し込む前に、すでに仮死薬の投与は始まっていたのだ」

「いつ手に入るとも知れない〈神薬〉を待つために意図的に仮死状態にしたというのですか? ううむ。それならあの〈仮死〉の強さもわからなくはありませんが、しかし……いや。今は置いておきましょう。とにかく、治療のためには仮死状態を解く必要がありました」

「仮死状態のまま治療することはできないのか?」

「リオル様。仮死状態では、体のあらゆる働きは眠って、いえ、死んでいるのです。死人には〈回復〉も〈浄化〉も効きません」

「そういうものなのか」

「はい。そこで〈浄化〉をかけたのですが、二つ問題がありました。一つは患者の生命力が枯渇寸前であったことです。そしてもう一つは、仮死状態になる前にすでに病魔が長年にわたって体をむしばみ続けた結果、〈書き換え〉状態になっていたことです」

「〈書き換え〉状態ですか?」

 施療師アテルナが聞いた。かすれた声だし低めの声だが、これは確かに女性の声だ。

「はい。病気であることが正常な状態であるかのように体が錯覚している状態を、私は〈書き換え〉状態と呼んでいます。この二つの理由により、強い〈浄化〉をかけた場合、患者の命の炎を吹き消してしまう恐れがありました。だから、〈仮死〉は解いたけれども体は目覚めさせないようにして、現在果物の絞り汁を投与して生命力の復活を待っている、その初期状態とお考えください」

 リオルは困惑を顔に浮かべている。

 騎士ジャコフが口を開いた。

「すまんがノーマ殿の説明がむずかしすぎて理解できん。わかりやすく言ってもらえんだろうか」

 ノーマは、この率直な物言いに、にこりと笑顔を返した。

「では、例え話で申し上げましょう。味方の城が敵に襲われたので救援に行きました。城を取り囲んだ敵は追い払ったものの、城は完全に占拠されてしまいました。味方の戦力は強大なので、一気に敵を滅ぼすこともできますが、それをやれば城は無残に荒れ果ててしまい、城としての機能を維持できなくなるでしょう。それに、囚われている味方がいたら一緒に殺してしまいます」

「うむ、うむ」

 騎士ジャコフは目を輝かせてうなずいた。

「そこで攻撃を中止し、自軍をいったん遠くに下げて、敵からみえないようにします。取り囲んで圧迫すると、敵が城に火を放ってしまうかもしれないからです。密偵をはなって城の様子を調べさせたところ、地下に味方が囚われていることがわかりました。そこで、まずは味方に少しの食料を渡し、これを食べて体力を回復せよ、と告げたのです。これが現状です」

「まことにわかりやすき説明。感服した。して、これからの作戦やいかに!」


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