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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第32話 コグルス領主からの依頼
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 ザック・ザイカーズがヴォーカに到着したのは三の月の一日のことだった。二の月の三十四日にはコグルスを出たというから、七日間もかかったことになる。付き添った施療師の判断で、移動速度が抑えられ、休憩時間が延ばされたためだ。

 一行は豪華な馬車一台と普通の馬車一台、それに馬に乗った護衛という陣容だった。

 代表はコグルス領主の次男リオル。騎士が一人ついている。

 施療師が一人とザックやリオルの身の回りの世話をする者が八人。

 そして護衛が八人。

 領主館の玄関で、領主やその息子、ノーマたちとともにザック一行を迎えたエダは、冷や汗を流していた。

 護衛八人は、どうみても騎士ではない。貴族でもなく兵士でもない。

 冒険者だ。しかも、八人ともとてつもなく腕が立つ。

 正直エダは、一対一でも勝てる気がしなかった。

 あとで知ったが、これがコグルスのやり方なのだ。コグルスには生え抜きの騎士や兵士は少ない。必要なときには金を出して冒険者を雇うのだ。そして今回のような重要な護衛には、格別の腕利きをあてる。

 こんなことならジンガーに来てもらえばよかったと後悔した。だが施療師に護衛騎士をわざわざつけるのは不自然であり、いかにもザック一行を敵視しているかのようだからとノーマがジンガーに言い聞かせ、同行させなかったのだ。エダがついていてくれるから大丈夫だとノーマは言ったが、全然大丈夫ではなかった。

「よく来られた、リオル・シャルバトー殿」

「お世話になります。クリムス・ウルバン様」

「こちらがわが息子アギト。こちらがわが町の金級冒険者にして〈薬聖の癒し手〉エダ。こちらが施療師ノーマ・ゴンクール。スカラベル導師様の体調不良の原因をただちにみぬいて治療の方法を指し示したかただ」

「おお。心強いことです。こちらは騎士ジャコフ・ウォーレン。こちらは施療師アテルナ。どうぞよろしくお願いいたします」

 あいさつは簡単に済ませ、とにかく病人を迎賓館に運んだ。わずかに休憩を挟んでただちに診察が開始された。

 かつて薬聖が眠ったベッドに、ザック・ザイカーズが横たわっている。

 エダは、ザックと対面して、あまりの変わりように声もなかった。

 ザックは身長の高い男性だ。やせてはいたが、動作によどみはなく、筋張った指の骨には力がありそうだった。老人だったし美男子というのとはほど遠いが、一目みたら視線が引きつけられるような何かがあった。

 今のザックは、黒くしなびてしまい、小さく縮んでいて、しわくちゃの顔をした蛙のようだ。そこには覇気のかけらもない。体中が水分をうしなったかのように干からびていて、人間というより森に落ちていた古木のようだ。

 部屋のなかには、ノーマとエダのほかに、リオル、騎士ジャコフ、施療師アテルナ、それに護衛が一人いる。ドアのすぐ前には、領主家の侍女ポーリンが控えている。もともと大きい部屋ではない。これ以上の人間が入ると治療に差し障る。外の廊下には、コグルスから来た護衛や使用人が立って様子をみまもっている。

 ノーマは厳しい顔でザックをみつめている。

「思ったより余裕のない状態だね。悠長に診察している場合ではないようだ。エダ」

「はい」

「治療をしつつ診察をする。杖を使わずに、全身にゆるやかにそっと〈浄化〉をかけてくれるかな」

「はい。〈浄化〉」

「おお」

 黙ってみているようにいわれているのだが、〈浄化〉の発動をみて思わずリオルが声を上げてしまった。

 青い光に包まれたザックの体に杖を向け、ノーマが全身全霊を込めて診察をしている。

 しばらくすると、ザックの全身からもやもやしたどす黒い霧のようなものがしみ出してきた。

「エダ、そこまで」

 エダは〈浄化〉をとめた。

「〈仮死〉か。なるほど」

 ノーマがつぶやく。

「瀕死の人間をどうやってコグルスからヴォーカまで運ぶのだろうと疑問だったが、実に思いきった手を使ったものだ。だが適切だ。エダ」

「はい」

「今、われわれは治療の前段階に立ちかけている。この患者は、病状の進行を止めるため、〈仮死〉の呪いをほどこされている」

「はい」

「普通ならそのまま死んでしまうところだが、〈浄化〉なら〈仮死〉を解除できる。あとほんの少し〈浄化〉をかければ〈仮死〉は解除される」

「はい」

「だが、〈仮死〉を解除すると、停止されている病気の進行が再び始まってしまう」

「はい」

「一気に病気を取り払うような強い〈浄化〉をかけてもいいが、それは危険だ」

「はい」

「なぜなら、ここまで重篤な患者の場合、健康な部分と病気の部分が分かちがたく結びついていて、病気を取り払ってしまうことによって、命を維持する働きを止めてしまうことがあるからだ」

「はい」

「ゆえに君が今ほどこしている〈浄化〉は、〈仮死〉を完全に取り払った時点で停止する」

「はい」

「微妙な判断が必要だ。私の指示を聞き逃さないようにしたまえ。合図したら停止するんだ」

「はい」

「では、ごく弱く〈浄化〉をかけなさい」

「〈浄化〉」

 再び黒いもやが出てくる。

「〈浄化〉停止」

 エダは〈浄化〉をとめた。

 ノーマは額に汗を浮かべ、杖を突きつけ、じっと患者を観察している。

 黒く縮んだ患者の体に、汗が浮かび始めた。

「ううう、うう」

 かぼそい声を発した。

「ポーリン」

「ここに」

 すっかりなじみになった領主館の侍女が薄く開いていたドアを開ける。

「サリゴナ、半々で」

「かしこまりました」

 必要になりそうなものは、食堂に準備してある。

 驚くべき短時間で、ポーリンは、サリゴナの絞り汁と井戸水を半々で混ぜたものを持ってきた。

 ノーマが杖を突きつけたまま、うなずく。

 ポーリンが、果汁を綿に含ませ、患者の口に軽く押しつける。再び果汁を含ませ、口に当てる。その動作を繰り返す。

 ノーマは懐の小袋から丸薬を取り出して口に放り込んだ。

 レカンからもらった魔力回復薬だ。

 ノーマの魔力量は悲しいほどわずかだ。だが、この魔力回復薬の助けを借りれば、しばらくのあいだ断続的に魔力を使い続けることが可能となる。

 ノーマは慎重に杖で状態をみさだめている。そしてときどき魔力を流し込んでいる。

「ううう。ううう」

 患者が苦しそうにうめいている。

 長い夜は始まったばかりだ。

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