2
2
エダは力のある目で、辺りをぐるりとみまわした。
「護衛が二十人しかいないって聞いてたか?」
俺も三十人と聞いてた、俺もだ、あたしもだ、と声が上がる。
遠くにいた冒険者たちも集まってきた。
「じゃあ、あとから追いついてきた十人をみたやつがいるか?」
いない、あとから来たやつなんかいない、と冒険者たちは答える。
「どうしてここには二十人しかいないんだ! 誰かそのわけを知ってるか」
しばらくの沈黙のあと、一人の年配の冒険者が口を開いた。
「俺はニチソンに聞いた。どうして二十人に減ったんだって。そしたらニチソンが言った。〈千本撃ちのエダ〉が護衛に入ってくれることになった。エダは〈浄化〉もできる〈回復〉持ちだ。エダが怪我人は〈回復〉をかけてくれる約束だから、二十人でいいんだ。そうニチソンは言った」
「あたいが怪我人を〈回復〉する約束だと、そうニチソンは言ったんだな?」
年配の冒険者は、ちらりとニチソンをみて言った。
「ああ、言った」
「あたいはそんな約束はしてない! できるわけがない!」
エダはひときわ大きな声で、一同の注目を集めた。
「なぜなら、神殿の邪魔をしないため、施療師たちの邪魔をしないため、スカラベル導師様との約束を守るため、あたいが人から頼まれて〈浄化〉をかけるときには大金貨一枚、〈回復〉をかけるときには金貨一枚を必ず受け取るって、ヴォーカの領主様とのあいだで取り決めたからだ! 一緒に護衛をする仲間には、あたい自身が生き延びるために、〈回復〉をかけることがある! だがニチソンの使用人はそうじゃない!」
言葉の意味が冒険者たちにしみこむのを待って、エダはニチソンに聞いた。
「ニチソン。あんた、あたいが〈回復〉をかけると約束したなんて、本当に言ったのかい?」
ニチソンも、さすがにしたたかな商人である。少しも悪びれもせず、こう言った。
「いやいや、まさか。そんなことはありませんよ。ただ、エダさんは優しいと評判だから、怪我人を見殺しにするようなことはないだろうと、私は信じております」
「あたいが約束したというのは嘘だ。あんたは嘘をついた」
「嘘をついたわけではないのですよ。ちょっとばかりあなたの優しさを信じすぎただけなのです」
「じゃあ、あとから来る十人は、いつ合流するんだ?」
これには、ニチソンもぐっと詰まった。そしてこう答えた。
「来ません」
とたんに激しい罵り声が冒険者たちから上がった。
「なぜ来ないんだ」
エダの声は低く恐ろしげに響いた。
「エダさんが参加してくださる以上、二十人で充分だと思ったからです」
「あんた、忘れているんじゃないか? 護衛三十人馬車十五台ってのは、あんたがヴォーカの冒険者協会に依頼した条件なんだ。それを一方的に変えるのは、契約違反だ」
「現にここまで無事に来ることができたではないですか。商人としての私の見立てが正しかったということです」
「そのためにしなくてもいい怪我をした仲間たちがいる。下手すりゃ死んでたかもしれない。あんたは、護衛の冒険者なんぞ、何人死んでもかまわないのかい」
「そ、そんなことは言っておりません!」
「みんな、聞いてくれ!」
エダはもうニチソンを相手にした会話をやめ、冒険者たちに語りかけた。
「今のニチソンとのやり取りを覚えておいてくれ! そしてヴォーカに帰ったら冒険者協会で証言してくれ! 今回の報酬が必ず支払われるよう、あたいが手配する! そのうえであたいはニチソンを告発する!」
「ちょ、ちょっとエダさん。何を」
「ただしだ! この隊商は必ず無事にバンタロイに送り届けるぜ! それは冒険者としてのあたいたちの誇りだ。護衛の仕事には手を抜くんじゃねえ! わかったか!」
「おう!」
「もちろんだ!」
「まかしとけ!」
「じゃあ、みんな、野営の準備に戻るんだ! 各グループのリーダーは集まれ! 見張りの順番を決める!」
ニチソンは、憤然とした表情で、馬車のほうに移動した。水筒から水を飲んでいると、白髪のベテラン冒険者が近寄ってきた。
「ニチソン。ご機嫌斜めだな」
「何ですかね、あのエダという人は。なにが〈北方の聖女〉ですか。ごろつきじゃありませんか」
「あんたにはそうみえるかい」
「向こうについたら有力者に紹介してあげようかと思ってましたが、とんでもない。あんな野蛮な女は、もう二度と使ってやりませんよ」
「あんた、これからどこに行くつもりだ」
「何を今さら。バンタロイに行く隊商ですよ、これは」
「薬聖訪問団が王都に帰る途中、バンタロイに寄ったことは知ってるな」
「当たり前じゃありませんか。バンタロイを通らずにどうやって王都に帰るっていうんですか」
「バンタロイ領主の母親が寝たきり状態だったのを、薬聖様が〈浄化〉をかけて治したって話は知らねえか」
「聞いてますが、それが何か」
「そのあと薬聖様がバンタロイ領主の手を取って、ヴォーカのエダ殿のことをよろしくお願いしますぞ、と頼んだことは知ってるか」
「え?」
「バンタロイ領主はわしの知っとるかぎりで、今までに三回、エダに使者を送っている。不自由や不都合がないか聞くためにな」
「それはほんとですか」
「あんた、商人なのに情報がつかめてないな」
「あたしの商売には関係ない話ですからね」
「この隊商がバンタロイに着いたら、間違いなくエダは領主に招かれ、歓待される」
「え?」
「その席でエダが領主に何を言うと思う?」
「そ、それは」
「今回の護衛契約は片道だ。だが領主からバンタロイの冒険者協会に指示が出たら、あんたはたぶん帰り道の護衛を雇えない」
「そ、そんなことが」
「そんな指示が出ないとしても、少なくとも、今護衛についてる連中はだめだ。さっきのエダの魔弓の速射をみただろう? あれで何人かが救われた。今護衛についてる連中はエダの実力を認めてる。そのエダが告発するという相手の護衛にはつかんよ」
「ふん。こんな連中なぞ」
「もしかしてあんた、往路の護衛料金が浮きそうだなんて思ってないだろうな」
「ま、まさか」
「それどころか、この荷物、バンタロイでさばけるかどうか、わからんぞ」
「売れるに決まっているでしょう!」
「バンタロイ領主があんたとの取引を禁じてもか」
ニチソンの顔色が真っ青になった。
「悪いことは言わん。エダに謝れ。そして依頼達成のコインを渡すことを確約しろ。だいたいエダを敵に回したら、チェイニー商店と取引できなくなるかもしれんぞ」
「な、なんですって」
「ヴォーカに店を出して日が浅いかもしれんが、チェイニー商店とエダとの関係ぐらいは知っておけ。あんた、チェイニー商店に行ったとき、特別応接室に案内されるか?」
「特別応接室? 庭の奥にある綺麗な建物ですか? いえいえ、とんでもない。あれは貴族様用の応接設備でしょう?」
「エダがチェイニー商店に行くと、あそこに通されるらしいぞ」
「え」
「そもそもチェイニー商店が大躍進しているきっかけの一つが、〈ウィラード〉がニーナエ迷宮の最下層で得た品々を全部チェイニー商店に委ねたことだ」
「〈ウィラード〉とは何です?」
「やれやれ、そこからか。説明してやるから、よく聞け」