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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第32話 コグルス領主からの依頼
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 エダは力のある目で、辺りをぐるりとみまわした。

「護衛が二十人しかいないって聞いてたか?」

 俺も三十人と聞いてた、俺もだ、あたしもだ、と声が上がる。

 遠くにいた冒険者たちも集まってきた。

「じゃあ、あとから追いついてきた十人をみたやつがいるか?」

 いない、あとから来たやつなんかいない、と冒険者たちは答える。

「どうしてここには二十人しかいないんだ! 誰かそのわけを知ってるか」

 しばらくの沈黙のあと、一人の年配の冒険者が口を開いた。

「俺はニチソンに聞いた。どうして二十人に減ったんだって。そしたらニチソンが言った。〈千本撃ちのエダ〉が護衛に入ってくれることになった。エダは〈浄化〉もできる〈回復〉持ちだ。エダが怪我人は〈回復〉をかけてくれる約束だから、二十人でいいんだ。そうニチソンは言った」

「あたいが怪我人を〈回復〉する約束だと、そうニチソンは言ったんだな?」

 年配の冒険者は、ちらりとニチソンをみて言った。

「ああ、言った」

「あたいはそんな約束はしてない! できるわけがない!」

 エダはひときわ大きな声で、一同の注目を集めた。

「なぜなら、神殿の邪魔をしないため、施療師たちの邪魔をしないため、スカラベル導師様との約束を守るため、あたいが人から頼まれて〈浄化〉をかけるときには大金貨一枚、〈回復〉をかけるときには金貨一枚を必ず受け取るって、ヴォーカの領主様とのあいだで取り決めたからだ! 一緒に護衛をする仲間には、あたい自身が生き延びるために、〈回復〉をかけることがある! だがニチソンの使用人はそうじゃない!」

 言葉の意味が冒険者たちにしみこむのを待って、エダはニチソンに聞いた。

「ニチソン。あんた、あたいが〈回復〉をかけると約束したなんて、本当に言ったのかい?」

 ニチソンも、さすがにしたたかな商人である。少しも悪びれもせず、こう言った。

「いやいや、まさか。そんなことはありませんよ。ただ、エダさんは優しいと評判だから、怪我人を見殺しにするようなことはないだろうと、私は信じております」

「あたいが約束したというのは嘘だ。あんたは嘘をついた」

「嘘をついたわけではないのですよ。ちょっとばかりあなたの優しさを信じすぎただけなのです」

「じゃあ、あとから来る十人は、いつ合流するんだ?」

 これには、ニチソンもぐっと詰まった。そしてこう答えた。

「来ません」

 とたんに激しい罵り声が冒険者たちから上がった。

「なぜ来ないんだ」

 エダの声は低く恐ろしげに響いた。

「エダさんが参加してくださる以上、二十人で充分だと思ったからです」

「あんた、忘れているんじゃないか? 護衛三十人馬車十五台ってのは、あんたがヴォーカの冒険者協会に依頼した条件なんだ。それを一方的に変えるのは、契約違反だ」

「現にここまで無事に来ることができたではないですか。商人としての私の見立てが正しかったということです」

「そのためにしなくてもいい怪我をした仲間たちがいる。下手すりゃ死んでたかもしれない。あんたは、護衛の冒険者なんぞ、何人死んでもかまわないのかい」

「そ、そんなことは言っておりません!」

「みんな、聞いてくれ!」

 エダはもうニチソンを相手にした会話をやめ、冒険者たちに語りかけた。

「今のニチソンとのやり取りを覚えておいてくれ! そしてヴォーカに帰ったら冒険者協会で証言してくれ! 今回の報酬が必ず支払われるよう、あたいが手配する! そのうえであたいはニチソンを告発する!」

「ちょ、ちょっとエダさん。何を」

「ただしだ! この隊商は必ず無事にバンタロイに送り届けるぜ! それは冒険者としてのあたいたちの誇りだ。護衛の仕事には手を抜くんじゃねえ! わかったか!」

「おう!」

「もちろんだ!」

「まかしとけ!」

「じゃあ、みんな、野営の準備に戻るんだ! 各グループのリーダーは集まれ! 見張りの順番を決める!」

 ニチソンは、憤然とした表情で、馬車のほうに移動した。水筒から水を飲んでいると、白髪のベテラン冒険者が近寄ってきた。

「ニチソン。ご機嫌斜めだな」

「何ですかね、あのエダという人は。なにが〈北方の聖女〉ですか。ごろつきじゃありませんか」

「あんたにはそうみえるかい」

「向こうについたら有力者に紹介してあげようかと思ってましたが、とんでもない。あんな野蛮な女は、もう二度と使ってやりませんよ」

「あんた、これからどこに行くつもりだ」

「何を今さら。バンタロイに行く隊商ですよ、これは」

「薬聖訪問団が王都に帰る途中、バンタロイに寄ったことは知ってるな」

「当たり前じゃありませんか。バンタロイを通らずにどうやって王都に帰るっていうんですか」

「バンタロイ領主の母親が寝たきり状態だったのを、薬聖様が〈浄化〉をかけて治したって話は知らねえか」

「聞いてますが、それが何か」

「そのあと薬聖様がバンタロイ領主の手を取って、ヴォーカのエダ殿のことをよろしくお願いしますぞ、と頼んだことは知ってるか」

「え?」

「バンタロイ領主はわしの知っとるかぎりで、今までに三回、エダに使者を送っている。不自由や不都合がないか聞くためにな」

「それはほんとですか」

「あんた、商人なのに情報がつかめてないな」

「あたしの商売には関係ない話ですからね」

「この隊商がバンタロイに着いたら、間違いなくエダは領主に招かれ、歓待される」

「え?」

「その席でエダが領主に何を言うと思う?」

「そ、それは」

「今回の護衛契約は片道だ。だが領主からバンタロイの冒険者協会に指示が出たら、あんたはたぶん帰り道の護衛を雇えない」

「そ、そんなことが」

「そんな指示が出ないとしても、少なくとも、今護衛についてる連中はだめだ。さっきのエダの魔弓の速射をみただろう? あれで何人かが救われた。今護衛についてる連中はエダの実力を認めてる。そのエダが告発するという相手の護衛にはつかんよ」

「ふん。こんな連中なぞ」

「もしかしてあんた、往路の護衛料金が浮きそうだなんて思ってないだろうな」

「ま、まさか」

「それどころか、この荷物、バンタロイでさばけるかどうか、わからんぞ」

「売れるに決まっているでしょう!」

「バンタロイ領主があんたとの取引を禁じてもか」

 ニチソンの顔色が真っ青になった。

「悪いことは言わん。エダに謝れ。そして依頼達成のコインを渡すことを確約しろ。だいたいエダを敵に回したら、チェイニー商店と取引できなくなるかもしれんぞ」

「な、なんですって」

「ヴォーカに店を出して日が浅いかもしれんが、チェイニー商店とエダとの関係ぐらいは知っておけ。あんた、チェイニー商店に行ったとき、特別応接室に案内されるか?」

「特別応接室? 庭の奥にある綺麗な建物ですか? いえいえ、とんでもない。あれは貴族様用の応接設備でしょう?」

「エダがチェイニー商店に行くと、あそこに通されるらしいぞ」

「え」

「そもそもチェイニー商店が大躍進しているきっかけの一つが、〈ウィラード〉がニーナエ迷宮の最下層で得た品々を全部チェイニー商店に委ねたことだ」

「〈ウィラード〉とは何です?」

「やれやれ、そこからか。説明してやるから、よく聞け」

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[良い点] エダちゃん…立派になって(๑o̴̶̷̥᷅﹏o̴̶̷̥᷅๑)
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