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「そっちの馬車はその位置でいいよ。無理に詰めなくていい。車輪止めをして馬の世話頼むね。ジェイキス! 野営場所は三つに分ける。右側の野営はあんたがリーダーだ。チコ! 真ん中の野営のリーダーは君がやれ。サイラスさん、左側の野営のリーダー頼みます。怪我人を連れてこい! ぐずぐずするな!」
エダが護衛たちに次々と指示を出す。二十人という護衛の人数は多いようでも、十五台の馬車に対しては少ない。だから、たかが蜘蛛猿三十匹程度の群れに襲われて、馬鹿にならない数の怪我人が出てしまった。
夕闇迫る森のなかで、女王蜘蛛の真っ青な鎧は、風景になかば溶け込みつつも、よくみれば異様なほどの存在感を放っている。
「エダさんはどこのグループですかな」
「ああ。ニチソンさん。野営になってしまった。無理して進む時刻でも場所でもないからね」
「わかっております。ただ、荷のなかには食料品もありますでな。到着が遅れると損害が出ます」
ずいぶん勝手な言い分である。
食料品があるから魔獣に狙われたのだ。
そもそも今回の護衛は三十人のはずだった。出発直前にニチソンが十人も護衛をはずすようなことをしなければ、余裕を持って戦えたのである。だが今はそんなことを言い合っている場合ではない。
「怪我した護衛は集まれ! 〈回復〉をかける!」
「エダ。こいつを頼む」
「すまん、俺もよろしく」
「あたしも頼むよ。腕が痛くてたまらない」
怪我人がエダの周りに集まってくる。
エダは細い杖を取り出した。シーラからもらった白い杖で、本当はうっすらと茶色がかっているが、この薄暮の時刻には白く輝いてみえる。
「〈回復〉〈回復〉〈回復〉」
エダが杖を突きつけると、たちまち緑の光球が生まれ、怪我を癒してゆく。治療を受けた者は、気持ちよさそうな表情をしている。
「効くなあ。神殿でやってもらったのより、ずっといいよ」
「そりゃあそうだろう。何てったって、〈薬聖の癒し手〉だぜ」
エダに治療を頼んだのは七人だった。治療が終わった者たちは、それぞれ野営の準備に取りかかる。
エダは薪を集めている少年のそばに近寄った。
「テルニス。あんたも転倒して腰を打っただろ」
「あ、エダさん。いいえ、オレなんか。たいしたことないです」
だが、歩き方をみれば腰に痛みがあることは一目瞭然だ。
「〈回復〉」
「あ」
テルニス少年は、うっとりと目を閉じた。
「すいません。エダさん。すごく気持ちよかったです」
「うん。いざというとき働けないと困るからね。無理せずがんばるんだよ。力の抜き方を覚えるのも冒険者としての修業だからね」
「はい!」
あこがれに目を輝かせながら冒険者生活二年目のテルニス少年はエダに返事をした。
金級冒険者〈千本撃ちのエダ〉を偉大な先輩として尊敬しきっているのは明らかだ。だが実のところ、エダはテルニスより年下なのだ。
「エダさん、お手すきになりましたかな」
「ニチソンさん、何か用かい」
「こちらのナッシュが体を痛めましてな、それからこちらのヤルクも。〈回復〉をお願いできませんかな」
「一回金貨一枚になるよ」
「ははは。まあまあ、そんな固いことは言わずにお願いしますよ。今、冒険者の皆さんにもかけていたじゃないですか」
「あれは護衛としての役割を果たすために、あたいが自発的にやってるんだ」
「では、あたしどもにも、その自発的な〈回復〉をお願いしますよ」
「断る」
ニチソンは、人のよさそうな笑顔は顔に貼り付けたまま、目つきだけを凶悪にするという器用なまねをしてのけた。
「護衛がちゃんとしていないから、馬車が揺れて体を痛めたんですよ」
「あんたが雇った御者がどんな仕事をするかなんて、あたいたちの依頼には関係ない」
「そんなことをおっしゃるんですか。ちゃんと護衛ができないというなら、依頼達成のコインをお渡しできないということにもなりかねませんよ」
「みんな聞いたか!」
エダが突然大声を出したので、ニチソンはぎょっとしてのけぞった。
「今依頼主のニチソンが、こんなことを言いやがった! あたいたちがちゃんと依頼を果たして無事に馬車を送り届けても、あたいがニチソンの部下に〈回復〉をかけなけりゃ、依頼達成のコインは出さないってね!」
野営の準備をしていた冒険者たちが、エダとニチソンの周りに集まってきた。
「みんな! 教えてくれ! あたいたちは、ちゃんと仕事をしてるだろう?」
冒険者たちは口々に、してる、やった、もちろんだと、エダの言葉に賛同した。
「魔獣に襲いかかられて怪我をしながらも、隊商の荷物と人間を守りきっただろう?」
そうだ、守った、俺たちはやり抜いた、と声が上がる。
「それをこいつはなかったことにするっていうんだ。あたいにただで〈回復〉をやらせるために!」
激しい罵声が湧き起こった。
「もう一つみんなに聞きたいことがある! あたいはこの隊商の護衛は三十人だと聞いて依頼を受けた。ところが実際には二十人しかいない。あたいは三十人そろうまで出発を延ばすべきだと言った。だがニチソンは、あとの十人はあとから来るからと言って無理に出発させた。そのあげくにこのざまだ!」