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「今みせたのが対物理用の〈障壁〉だ。魔力がみえると薄く青みがかった膜のようなものがみえるんだが、そうでなければ透明にみえるはずだ」
「私には何もみえませんでした。ただ、かすかに気配は感じました」
「今と同じ程度の大きさで張るから、ぶつからないように気をつけろ」
「わかりました」
「では、準備したら入るからな」
「はい」
レカンは精神を統一し、魔力の形を整え、準備を終えてから、静かに〈守護者〉の待つ部屋に踏み込んだ。
「〈障壁〉」
入ると同時に発動呪文を唱え、対物理〈障壁〉を張った。
敵はまだ攻撃してこない。
ゆっくり、ゆっくりと、レカンは前進した。
敵は立ったまま動かない。
五歩進んだところで、レカンは止まった。
それから少しの間があって、二体の魔獣が突進してきた。
一体が左手をかざす。
すさまじい爆発が起きた。
だがもちろん、レカンは無事だ。
ツヴァイハンダーを持った魔獣が力任せの攻撃を加える。
〈障壁〉はびくともしない。
さきほど魔法を撃った〈鉄甲〉も、ショートソードで斬りつけてくるが、〈障壁〉に阻まれる。
次に、まるで呼吸を合わせたように、二体が同時に攻撃してきた。レカンはじっとして動かない。
このときアリオスが飛び出してきたかと思うと、次の瞬間にはショートソードを持った魔獣の至近距離にいて、首を刎ねた。
レカンが魔獣の首に一撃を入れる。
「〈障壁〉!」
魔獣の振るツヴァイハンダーが〈障壁〉を直撃する。
レカンは再び剣を振ろうとしたが、その前にアリオスが敵の首を刎ねた。
宝箱が二つ出た。もちろん、一つにはツヴァイハンダーが、もう一つのにはショートソードが入っていた。
「さっきのわざは何だ」
「〈転びの一歩〉といいます」
「まろび?」
「ころぶ、という意味です」
「この四十日のあいだに身につけたのか?」
「いえ。以前から習得はしていました。ただ、この迷宮のこの深さの敵の前で失敗せずに使う自信がありませんでした」
ではこの四十日のあいだに、その自信を培うような鍛錬をしてきたのだ。
「そういえば、あの抜き打ちのわざには名前があるのか」
「〈閃牙〉といいます」
「そうか」
作戦がうまく効果を上げた。
魔獣というものは、一度誰かを攻撃対象にすると、その場にほかの人間が侵入してきても、何もされなければ簡単には標的を変えない。人間なら、二対一の状況で一の側の味方が突入してきたら、一対一にもっていくところだが、魔獣は必ずしもそういう思考をしないのだ。
だからレカンが〈障壁〉という強力な防御を使って敵を引きつけておけば、アリオスは初撃を自由に放てるのではないかと考えた。その通りにいったわけだ。
この戦法は非常に有効だった。
翌日には百十八階層の〈守護者〉を、その次の日には百十九階層の〈守護者〉を倒し、階段を下りたレカンとアリオスは、ついに最下層である百二十階層に足を踏み入れたのである。
〈生命感知〉には、何も映らない。
ただレカンとアリオスがいるだけである。
「〈図化〉!」
レカンは〈図化〉の魔法を発動し、最下層であるはずの百二十階層の構造を調べた。
部屋の数が少ない。
第百階層から第百十九階層までは、一階層に九つの部屋があり、一番奥の部屋が階段部屋だった。
ところが第百二十階層には、五つしか部屋がない。
その構造は第百階層からとよく似ていて、中央に通路があり、左右二つずつ部屋があり、正面奥に一つ部屋がある。そして周囲には回廊がある。
レカンが注目したのは、当然のことながら正面奥の部屋だ。
「あった!」
「え?」
「あ。アリオスには話していなかったか。この迷宮は百二十階層が最下層だといわれている」
「はい」
「だが以前シーラと話をしていて、ツボルト迷宮は百二十階層なんだなと何げなく聞いたら、自分の目でみてみろと言われた」
「へえ?」
「それと、〈ラフィンの岩棚亭〉で聞いた話では、この迷宮には主がおらず、したがって主を倒されて休眠状態になったこともないということだった」
「ええ。〈眠らない迷宮〉と呼ばれているんですよね」
「だがオレは、いままでたくさんの迷宮に潜ってきたが、主がいない迷宮なんて一つもなかった。オレの考えでは、迷宮に主がいないということはあり得ないんだ」
「なるほど。もしかしてさっきの、あったという声は、階段があったということですか」
「そうだ」
〈図化〉には、はっきりと二つの階段が表示されていた。
一つは、百十九階層から百二十階層に続く階段で、先ほどレカンとアリオスが下りてきた階段だ。
それとは別に、もう一つの階段がある。
〈図化〉では、階段があることは探知できても、それがどこにつながっているかはわからない。しかしこのもう一つの階段は、まちがいなくさらなる下層につながっている。
「でも、百二十階層の〈守護者〉は、何度も倒されているんでしょう?」
「だと思う。百二十階層が最下層だと思われていて、その〈守護者〉を倒したけれど迷宮が眠らないから、〈眠らない迷宮〉と呼ばれているわけだ。さらに下層があるとわかっているなら、それはただの未踏破迷宮だ」
「ということは、普通に倒してもその階段は下りられないということでしょうかね。というか、そもそも階段があるということが知られていないわけですよね」
「〈図化〉には階段が表示されたが、肉眼ではみえないんだろうな。条件が整ったときだけ出入り口が現れることがある。そういう迷宮はいくつも知っている」
「条件とは何でしょう」
「そいつをこれから調べる。手伝え」
「わかりました」
ツボルト迷宮の深層のさらに奥深く眠る、誰も存在を知らない階層を探索できるのだ。期待と喜びに、レカンの目は強い光を放った。
「第31話 ツボルト迷宮の秘密」完/次回「第32話 コグルス領主からの依頼」




