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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第31話 ツボルト迷宮の秘密
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(思いだした!)

 〈花爛街〉の食堂で、ツキヨトビサワガニの脱皮したての甲羅にかぶりついたとき、ずっと心に引っかかっていたことを思い出した。

 ツボルト迷宮についてシーラが言った言葉である。

 あれはヴォーカで、〈ザカ王国迷宮地図〉を買った直後だった。チェイニー商店の馬車をヴォーカからバンタロイへ護衛する途中、各地の迷宮についていろいろと質問をした。あのときはシーラでなく、ニケだったか。こんな会話だった。

「ツボルト迷宮は百二十階層もあるんだな」

「まあ、自分の目で確かめてみるこったね」

 かすかに引っかかりを覚えたので記憶に残った。

 ニケは何を言わんとしていたのか。

 ツボルト迷宮が百二十階層より深いと言いたかったのだろうか。

 そもそも主のいない迷宮など、レカンには考えられない。

 もとの世界の常識でも迷宮には主がいるものだった。こちらへ来てからも、それが揺らいだことはない。

 迷宮には、主がいるものだ。迷宮の主というのは、ほかの魔獣とはまったくちがうもので、迷宮そのものと深く結びついているのだ。レカンはそう信じている。数え切れないほど迷宮を回るうちに、そう感じるようになったのだ。

 ナークは、ツボルト迷宮の〈守護者〉はただ一体だという古い伝えがあると言っていた。そのただ一体の〈守護者〉こそが迷宮の主だ。この迷宮の真の〈守護者〉なのだ。

(ツボルト迷宮には主がいないという)

(だから迷宮が休眠状態になったことなどないという)

(だがそんなことはあり得ない)

(つまりツボルト迷宮は)

(まだ主が発見されていない迷宮なんだ)

(主はどこかにいる)

(たぶん百二十階層より下に)

(よし)

(待っていろ〈守護者〉とやら)

(オレがお前を殺してやる)

 ばりばりと柔らかな甲羅をかみ砕き、両手をソースで真っ赤にそめながら、レカンは決心した。


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 二の月の四十日、レカンとアリオスは百十二階層の普通個体と四戦し、そのあと〈守護者〉のいる部屋に入り、これを撃破して百十三階層に下りた。

「レカン殿。階段の空間を飛んで下りる術、お見事です。すっかり物にされましたね。でも、もういいんじゃないですか?」

「いいとは、何がだ?」

「歩いて下りましょう」

「お前、ちゃんとついてきてるじゃないか」

「鍛錬と思ってやってますが、速度が速すぎます。ひとつ間違えば死にます」

「迷宮とは、常に死と隣り合わせの場所なんだ」

「階段を移動中に首の骨を折って死亡したくありません。それに」

「それに?」

「現状では、階段を下りる時間を縮めても、一日に進める階層数は増えません」

 それは確かにそうだった。

 今戦っている敵は手ごわい。戦いそのものは短時間だが、密度はとてつもなく高い。一戦終わるごとに、へとへとに疲れる。〈回復〉をかけてはいるが、精神の疲れは取れはしない。そんな状態で階段を飛んで下りるのは、確かに無謀だ。

「わかった」

「えっ?」

「これからは階段は歩いて下りよう」

「言ってはみたものの、まさか聞いてもらえるとは」

「そのセリフは前にも聞いた」

「そうでしたね」

 三の月の一日には休養をとり、二日には百十三階層の普通個体と三度戦闘し、〈守護者〉を撃破した。

 三日には休養をとり、四日には百十四階層の普通個体と二度戦闘し、〈守護者〉を撃破した。この階層には、ほかにも探索中のパーティーがいたが、顔を合わすことはなかった。

 百十階層以後、出現する魔獣は必ず恩寵品を持っている。もし五人で入ったら、五体の魔獣がすべて恩寵品を装備しているのだろう。

(アリオスなみに腕が立ち連携ができる仲間でなければ)

(かえって足手まといになってしまうだろうな)

 五日には休養をとり、六日には百十五階層の普通個体と一度戦闘し、〈守護者〉を撃破した。

 七日から三日間休養をとった。

 レカンは三日間をほとんど寝て過ごした。

 そして三の月の十日である。

「アリオス」

「はい」

「今日は普通個体の部屋には入らない。いきなり〈守護者〉の部屋に入る」

「はい。それがいいと思います」

 普通個体の部屋に入って、その階層の魔獣の戦い方に慣れるとともに、こちらも腕を磨いて〈守護者〉と対決する。そんな構図が崩れている。

 同じなのだ、結局。

 普通個体だろうが〈守護者〉だろうが、一発勝負で倒すほかなく、手順が狂えばこちらが死ぬ。となれば、余分な消耗は避けて、ただちに〈守護者〉と戦ったほうが利口だ。

 こうして二人は、百十六階層に下り、まっすぐ〈守護者〉の部屋に向かった。

「アリオス」

「はい?」

「この階層に、戦ってるやつらがいる」

「ほう」

「魔獣は五体。人間側は……十六人だな」

「そういう人数のパーティーもあるんですね」

「どうかな。そうかもしれんし、共同探索かもしれん。着いたぞ。ここだ」

 二人は侵入通路に入った。

 部屋に二体の〈鉄甲〉が湧く。

(今日は戦うべきでなかったかもしれんな)

 疲れがたまっていた。

 レカンもアリオスも、疲れきっていた。

 肉体の疲労や損傷は〈回復〉で綺麗に洗い流されているはずなのだが、体の奥底にたまってゆく疲労感は、魔法では取れない。

 下に下りるごとに、戦いは厳しくなり、敵との力の差は開いてゆく。

 百十五階層の敵は、たぶんこちらより地力ではまさっていた。

 その格上との戦いを、レカンの場合は〈威力剣〉と〈インテュアドロの首飾り〉の恩寵と速攻で、何とか勝った。アリオスも似たようなものだろう。

 その無理が全身をむしばんでいるのだ。

 最初はあれほど圧倒的だった〈威力剣〉も、かろうじて一撃で相手を倒せるという程度になってしまっている。

 とはいえ、もう侵入通路に入ってしまっている。

 戦う以外の選択肢はない。

(この戦いが終わったら)

(少し長い休みをとろう)

(エダの顔をみてくるのもいいかもしれんな)

(ジェリコに土産を買うのを忘れないようにしないと)

「さて、行こうか」

「はい」


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― 新着の感想 ―
レカン「ほら、ジェリコお土産だぞ(大量の恩寵剣)」 ジェリコ&エダ「違う、そうじゃない!」
不穏
迷宮の主でミノタウロスを連想するなど この世界かレカンの元いた世界にミノ閣下いらっしゃるのかしら(そしてどちらが強いのかしら)
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