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拙作「迷宮の王」が書籍化されることになりました。
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最初の二日間、レカンは寝て過ごした。
食事には起きたし、風呂にも入ったが、〈ラフィンの岩棚亭〉を一歩も出なかった。
アリオスは元気に歩き回っていたようだ。
三日目、アリオスはレカンを連れだした。
町の中心部に〈花爛街〉と呼ばれる繁華街があり、履物なら履物ばかり売っている店が立ち並ぶ一角があるかと思えば、薬屋ばかりが密集している一角があり、針屋がひしめき合っている一角がある。いわば種別の専門店街が集まってできた区域なのだ。広いツボルトのさまざまな地域に住む職人たちがお気に入りの道具をみつけにくる場所でもあり、観光地でもある。
剣を売っている店に何軒かレカンは寄って、それきり剣屋から関心をなくした。薬屋と杖屋にも寄ったが、長居はしなかった。
レカンをうならせたのは食堂街である。店のなかで食べるのもいいし、道の所々に机と椅子を並べ立てた一角があり、そこにさまざまな店の料理を持ち込んで食べるのもよい。よその店で買った食材でも、言えば気軽に料理してもらえる。
「どうしてこんないい所があるのをオレに教えなかったんだ」
「私も昨日知ったんです。今まで休暇をくれなかったのはあなたじゃないですか」
「うるさい。飲め」
結局、三日目から七日目まで、レカンは宿の朝食と昼食を断り、食堂街で食い歩きをした。夕食は〈ラフィンの岩棚亭〉で食べた。
アリオスはレカンとは別行動をした。ツボルトの町のあちこちを観光しているようだ。一度帰って来ない日があった。昼食と夕食と翌日の朝食と昼食を断って出たから、最初から遠出する予定だったのだろう。
〈グリンダム〉は毎日帰ってくるので、夕食のときは話ができた。
「いやあ、レカン。わしら、組んでくれるパーティーを探すのに苦労すると思っておったんだがのう」
「すごいのさ。やっぱり百階層越えって看板はでっかいんだねえ」
「相手を募集すると申し込みが殺到したんだ。だからやり方を変えることになった。俺たちと組みたいパーティーは、探索階層数、希望日数、メンバー編成と実績を書いて申し込むんだ。そのなかから俺たちが選ぶのさ。ははは。えらい出世したもんだよ」
ナークも話に加わった。
「それはそうだろう。百階層越えとなれば信頼度がちがう。それに、九十階層から九十九階層までのどこでもいけるってのは大きいぞ」
「うまくいっているようで何よりだ」
「これもレカンとアリオスのおかげだ。飲んでくれ」
「ところで、あんたたちはどうなのさ。こんなとこでゆっくりしてるってことは、組んでくれる相手がみつからないんじゃないかい?」
「いえ。休憩中なんです。でも明日からぼちぼち迷宮に行きます」
「こんな所とはどんな所だ」
「すまんのう。口が滑った」
「何でツインガーが謝るんだ」
今日もレカンは野菜をたらふく腹に収めた。
もともとレカンはあまり野菜が好きではない。肉を食べるとき、少しだけ口直しに食べる程度だ。だが、この宿の野菜は、ついつい食べたくなる味なのだ。野菜がうまいのか料理がうまいのかわからないが、とにかくはっきりしていることは、この野菜を食べながら迷宮攻略を進められる現状に大いに満足しているということだ。
この日、最初の長期休養は終わり、翌日から迷宮攻略が再開された。
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二の月の十二日、迷宮に入ったレカンとアリオスは、百階層から百一階層に続く階段に転移した。まだ百一階層には足を踏み入れていないので、百階層のすぐ近くにしか跳べない。
(階段には誰もいないな)
(試してみるか)
剣を〈収納〉にしまった。
「〈浮遊〉!」
レカンの体がふわりと浮き上がった。この状態で壁を蹴ることはできない。今は壁から遠いし、かりに壁の近くで浮いても、壁を蹴れば〈浮遊〉が解けてしまう。
「〈風よ〉!」
突風が狙い通り斜め上からレカンに吹きつけた。〈浮遊〉をかけた状態での〈突風〉である。今まで経験したことがないような速度で、レカンの体は斜め下に吹き飛ばされた。かなり長い距離を飛んで、天井にぶつかりそうになり、レカンは身をひねって天井を蹴った。天井にふれたことで〈浮遊〉の効果が切れる。レカンは下の階段にたたきつけられ、そのまま恐ろしい勢いでごろごろ階段を転がり落ちてゆく。身を丸めて衝撃を和らげるよりほか、何もできなかった。
しばらく転んで勢いが弱まると、レカンは階段を踏みしめて回転を止めた。
体のあちこちを打撲した。貴王熊の外套と八目大蜘蛛の軽鎧を身に着けているのでなければ命にも関わる傷を負うところだ。
「〈回復〉」
〈回復〉をかけたが、体の奥の痛みが完全には引かない。〈収納〉から大赤ポーションを出して飲んだ。
「何やってるんですか」
追いついてきたアリオスがあきれ顔で言った。
レカンは懲りずに〈浮遊〉と〈突風〉の組み合わせを試した。物理用の〈障壁〉も使ってみたが、こちらは移動すると消えてしまうことがわかった。たぶん移動しても消えないような使い方があるはずだが、今はそのやり方がわからない。
三回試すと下に着いた。
「続きは次の階層に行くときだな」
「まだやる気ですか。それはそうと、浮かんだあとに強い風を起こしている呪文は、あれは何と言ってるんですか?」
「オレがもといた世界のことばで、風よ、と言っている」
「言葉がちがうんですねえ。考えてみたら当然か」
この日レカンとアリオスは百一階層の普通個体の部屋を五つ攻略し、それから〈守護者〉を倒し、階段を下りて百二階層に足を踏み入れて探索を終了した。
一人だと何か突発的な事故が起きたとき対処できないから、やはり攻略は二人で行うことにした。また、その階層で何度か普通個体と戦って場数を踏んだあとで、〈守護者〉に挑戦することにした。
レカンは、百階層で手に入れた〈威力剣〉を使った。
この剣は、〈威力付加〉の恩寵が高く、剣としての基礎値が高く、かつ余分な恩寵がついていないことが気に入った。
すさまじい破壊力だった。
作戦は単純である。
部屋に入る前にレカンは魔力を練っておき、部屋に入るなり、魔力の高いほうの〈鉄甲〉を撃つ。この階層の敵になると、五十歩の距離から撃たれた〈炎槍〉などかわしてしまうが、それで相手の集中力を乱し、魔法の発動を遅らせることができる。
アリオスは疾走して魔力の低いほうの〈鉄甲〉を斬る。
後れてレカンが魔力の高い方の〈鉄甲〉を斬る。
こういう手順である。
レカンが走り着くまでに敵が魔法を撃つ場合もあるが、攻撃してきたレカンのほうを狙うので、アリオスは安全だ。そしてレカンには〈インテュアドロの首飾り〉がある。
よく観察してみると、アリオスも部屋に入る直前、わざの準備をしている。魔力を練っているわけではないからレカンには直接感知できないが、たぶん気を練っている。その状態でふるうアリオスの剣は、まさに一撃必殺だ。
〈鉄甲〉の攻撃は、まともに受けるわけにはいかない。そうでなくても身の毛のよだつような破壊力を持っているうえに、どんな恩寵品を持っているかわからないのだ。攻撃をまともに受ければ死ぬと思うほかない。だから速攻で殺す。それ以外の戦い方は思いつかない。
翌日は休み、十四日には百二階層を攻略した。