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楽しい夜だった。
ナークとネルーは料理が上手だと、ずっと思っていたが、この日の料理は期待以上だった。こんな料理も作れるのだと思った。
野菜というのも、たくさんの種類が一度に出てくると、お互いの味をひき立て合って、実にうまい。
昔は野菜なんかうまいとは思わなかったし、今もいざとなれば肉を食いたいレカンなのだが、時々野菜のうまさに感動するときがある。この夜は、まさにそれだった。
同席した人々も楽しかった。
冒険者は、〈グリンダム〉と〈ウィラード〉しかいない。それも逆によかったのかもしれない。
そして〈ラフィンの岩棚亭〉に昨夜居合わせた人々は、冒険者ではないけれど、何かの形で迷宮と関わっている人たちだ。当然、百階層以降に進むむずかしさも知っているし、〈あっち側〉に行った冒険者を英雄とたたえる気質も持ち合わせている。
全員が祝福してくれて、場は大いに盛り上がった。
レカンも深い満足を味わった。
迷宮に潜る最大の楽しみは、命懸けの戦いを終えてお宝をつかみ、そしてうまい酒と料理を楽しむことだ。迷宮を踏破したわけではないといっても、ツボルト迷宮の百階層を越えるということは、ほかの迷宮を踏破したのと同じくらい、あるいはそれ以上の快挙だ。手応えも充分だった。
だが、翌日目を覚ましたレカンは、ひとしきり昨夜の楽しさを思い出したあとは、それを綺麗さっぱり忘れ去り、次なる挑戦に胸を躍らせた。
「早いな、アリオス」
「おはようございます、レカン殿」
カウンターで帳面をつけているナークにもあいさつをした。
「ああ。ナーク、おはよう」
「おう。飯、食うか」
「頼む」
ナークは調理場に向かった。
「昨日は楽しかったですね」
「ああ」
「〈グリンダム〉の三人は、当分起きてこれないでしょうね」
「ゆっくり寝ればいいさ」
「そうですね。一生のうちに何度もないような心地いい眠りでしょうね」
「そうだろうな」
「今日はちょっと遠出して、服と靴をみてきます。そういうものばっかり売ってる区域があるんです」
「いや。今日は迷宮に行く」
「えっ? 冗談ですよね?」
「オレが冗談を言うのを聞いたことがあるか?」
「それはあるような、ないような。えええっ? 昨日の今日ですよ? 疲れを取り気分を変えるために七日間ぐらい休養をとるんじゃないんですか?」
「お前、たいして疲れてないだろう」
「そんなことはありません。毎日どんだけ走ってたと思ってるんですか」
「そこか。だが、どうしても確かめたいことがある。休養はそのあとだ」
「迷宮に潜るんなら、〈錦嶺館〉に泊まったほうがよかったですね」
アリオスがそう言うのは、〈錦嶺館〉に泊まらないと、百階層以下に潜れる仲間を斡旋してもらえないからだ。
ここでナークが料理を持ってきたので、レカンは礼を言った。
ナークはそのまま調理場のさらに奥にある自宅のほうに歩いていった。
「いや。二人で潜る」
アリオスが厳しい顔になった。
「レカン殿」
「うん?」
「百階層では部屋が広くなり、わざが存分に使えましたから、敵を短時間に倒すことができました」
「ああ、そうだな」
「でも、百階層の〈守護者〉と私の力関係は、大ざっぱにいって私が十としたら、あちらは七か八です。それもあちらにはまだ魔法という奥の手があり、どんな恩寵品を持って現れるかわからないんですから、その七か八は、十一や十二になるかもしれません」
「ふむ。まあ、そうかもしれんな」
「昨日、敵を圧倒する戦いができたのは、〈グリンダム〉と一緒だったからです。私は、七か八の力を持った敵が一体なら危なげなく勝つことができますが、二体相手となると、かなり厳しい戦いになります。三体同時に来られたら、勝てません。昨日は〈グリンダム〉が敵を押さえてくれたから勝てたんです。私たち二人で五体を相手にするのは無理です」
「五体ならな」
「え?」
「たぶん、二人で侵入通路に入ったら、〈守護者〉は二体しか現れない」
「えっ?」
「オレたちが百階層に足を踏み入れたとき、どの部屋にも魔獣はいなかった。一体もだ。俺達が侵入通路に入ってしばらくして、部屋のなかには魔獣が五体出現した」
「そういうことって、あるものなんですか?」
「オレがもといた世界には、そういう迷宮は多かった」
アリオスは何事か考えている様子だ。
「それから、オレがもといた世界には、入るパーティーの人数と同じ数の敵が出現する迷宮もあった」
「待ってください。何とかという名前のパーティーは、八人で百階層以下に潜っているという話でした」
「八人というと、〈グィンティル・エラ・スルピネル〉かな」
「ああ、それです。そのパーティーが入ると、敵は八体出てるんでしょうか」
「ちがうな。今は百階層以下は十人ぐらいで潜ることが多いらしい。それでも百階層以下は敵が五体というのが定説になってる。五体が最大数なんだろうな」
「それって、レカン殿の推測でしかありませんよね。実際に四人で入ったら四体出たとか三人だったら三体だったとかいう情報があるわけではないですよね?」
「ないな。推測というより希望かな」
「希望?」
「そうだったら面白いじゃないか」
「あなたという人は」
アリオスはあきれ顔になった。
「もし二人で入って五体出てきたら死ぬんですよ。面白いという理由だけで、命をかけるんですか?」
「二人で入ったら二体しか出てこないだろうというのは勘だ。だがオレの全身が、その勘は正しいと言ってる。それをどうしても確かめなきゃならん」
「ええっと。一人で行ったら一体しか出ないんじゃないんですか?」
「そうかもしれんが、五人以下で行ったとき、どんなことになるかわからんからな。二人なら、少々妙なことがあっても対応できる。五体出るようなら、そのときはしかたがないから奥の手を使う」
「奥の手?」
「そうだ。もし五体出たら、オレが奥の手で全部倒す。それならいいだろう?」
「全部倒すって。あれをですか? いったいどうやって」
「だから奥の手だ」
レカンの〈収納〉には〈爆裂弾〉が五つ入っている。もとの世界で大枚をはたいて作らせたものだ。ふつう堅固な城壁などを打ち破るとき使うもので、その破壊力はレカンの知る限り、どんな魔法より強力だ。そして魔法による攻撃ではないので、魔法防御では防げない。二度と手に入らない虎の子の切り札だが、いざという場合にはこれを使うつもりだった。
アリオスはしばらく考えてから、ため息をついた。
「これが冒険者というものなんでしょうね。この際しっかり冒険者のやり方を教えてもらいますか。いいでしょう。付き合います」




