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その部屋は、椅子もテーブルも上等だった。
ただ、椅子は二つしかなかった。テーブルの奧側に一つと、手前側に一つだ。
「少々お待ちください」
若い職員がそう言うので、しかたなく立ったまま待った。
やがて一人の騎士が書類束を抱えてやって来て、奧側の椅子に座った。
「迷宮事務統括官代理の騎士トログ・ベンチャラー様です」
そう紹介した若い職員に、騎士は目線で指示をした。
若い職員が言った。
「お座りください」
「座れと言われても、椅子が一つしかない。誰が座ればいいんだ?」
レカンが言うと、若い職員は少し困ったような表情をして騎士トログをみた。
「代表が座れ」
「レカン。あんたが座ってくれ」
ブルスカに言われてレカンが座ると、騎士トログが笑みをみせた。
「まずは百階層での勝利、おめでとう。〈あちら側〉で戦える新たな英雄の誕生を、領主様の名において歓迎する」
「ああ」
「君の名はブルスカ、パーティー名は〈グリンダム〉で間違いないな?」
「オレの名はレカン。パーティー名は〈ウィラード〉だ」
「ああ、合同パーティーだったか。百階層を突破したときの編成は二パーティーか?」
「そうだ」
「二つのパーティーのメンバー全員の名を教えてくれ」
紙とペンを手に、騎士トログが言った。
「〈グリンダム〉のメンバーは、ブルスカ、ツインガー、ヨアナだ。〈ウィラード〉のメンバーは、レカン、アリオスだ」
「五人で百階層を突破したのか?」
「そうだ」
「ほう。五人というのは十五年ぶりぐらいだな。ええっと、君がレカンで、アリオスは誰だ。ああ、君か。ブルスカは君だな。ツインガーが君か。君がヨアナと。〈ウィラード〉のリーダーがレカンで、〈グリンダム〉のリーダーがブルスカでいいんだな」
「ああ」
「〈破損修復〉〈体力吸収〉〈剣速付加〉のついたシミターとはよい物が出たな。もしや百階層の〈守護者〉と戦ったのか?」
「階段のある部屋の〈鉄甲〉から出た」
「そうか。君たちは本物だな。さて、ここに来てもらったのは、君たちに与えられたいくつかの特権について説明するためだ」
「特権?」
「そうだ。まず、今後は鑑定料金が無料になる」
「ほう」
「今後は一般のカウンターには並ばず、この部屋か隣の部屋に来てほしい。すぐに職員が来て対応する」
「わかった」
わかったと答えたが、レカンは無料鑑定を受ける気はさらさらなかった。それは手の内を全部さらけ出すようなものだし、取り込まれるようでいやだ。そもそもレカンは、今のところもう鑑定を受ける気がない。
「薬とポーションは格安で購入してもらえる。一般の販売所では買えない上級の品だ」
「それはどこで買えるんだ?」
「これから案内する宿舎の受付に注文してもらえばいい。武器や防具や装身具などでも、購入希望を受付に伝えてもらえば、優先的に迷宮品を販売するし、希望に沿う品が新たに出たときには連絡もする」
「宿舎?」
「君たちは、無料で最高待遇の宿舎に泊まることができる。〈錦嶺館〉という豪華な施設だ。いずれにしても五人のままではこれ以上は下に潜れないだろう。〈錦嶺館〉に泊まれば、合同パーティーの斡旋を受けるにも便利だ」
「オレは今の宿に満足している。宿を移る気はない」
「それは困る。〈錦嶺館〉の職員にも君たちの顔を覚えてもらわねばならんし、君たちにも〈錦嶺館〉のサービスについて説明しておかねばならん」
「レカン」
ブルスカが話しかけてきた。
「うん?」
レカンが上半身をひねって振り返ると、ブルスカは意外なことを言った。
「俺たちは、まだ〈錦嶺館〉に行くのは早い」
「どういう意味だ」
ブルスカは、ツインガーとヨアナと目で合図し合ってから答えた。
「今回は運よく百階層の〈鉄甲白幽鬼〉を倒せた。だがあれは俺たちの実力じゃない。あんたたち〈ウィラード〉にくっついてただけだ。俺たちには、まだ〈錦嶺館〉に泊まる資格はないよ」
レカンは、この言葉を否定しなかった。それは事実だったからだ。
「少し百階層手前で、ほかのパーティーと戦って、もう少し力をつける。先のことは先で考えるよ」
「ふむ」
〈グリンダム〉の判断に異議を唱えるつもりはない。そしてその判断は賢明なものであるように思えた。
「世話になったな。礼を言う」
「とんでもない。こちらこそ、ありがとう。それで、レカン。百階層より下側で戦える仲間をみつけるんなら、やっぱり〈錦嶺館〉だよ。悪いことはいわない。まずあっちに移ってみるといいと思うぜ」
「そうか」
話をみまもっていた騎士トログが口を挟んだ。
「わかってもらえたか。〈グリンダム〉を〈錦嶺館〉に迎えられる日が早く来ることを祈っているよ。もちろん、君たちはすでに百階層での魔獣討伐に成功している。いつでも好きなときに〈錦嶺館〉に移ってもらっていい。そのためにも、今日これから〈錦嶺館〉に顔を出してほしいのだがね」
ブルスカが騎士トログに承諾の返事をしたので、レカンも付き合うことにした。
そこに買い取り金が運ばれてきた。その場で山分けにした。
騎士トログとはそこで別れ、若い職員の案内で〈錦嶺館〉に向かった。
幸い、買い取り所から〈錦嶺館〉までは近い。
〈錦嶺館〉は迷宮のすぐ北側にある。迷宮の入り口は西南西にあるので回り込む位置だが、これだけ迷宮から近ければ、行き来には非常に便利だろう。
〈錦嶺館〉で支配人ほか主立ったスタッフのあいさつを受けた。
(一斉に、しかも角度をそろえて頭を下げやがる)
(こういうやつらは裏切るときも一斉に裏切るんだろうな)
などと格別根拠もなく考えるレカンだった。
すぐに部屋に案内されそうになったが、レカンは今夜は〈ラフィンの岩棚亭〉に帰るつもりだった。
ナークとネルーの夫婦は、今日レカンたちが百階層の魔獣に挑戦することを知っている。今ごろやきもきしながら報告を待っているはずだ。やきもきするのは、おもにナークのほうだが。そしてネルーは着々と祝勝会の準備をしているにちがいない。
だからどうしても今夜は〈ラフィンの岩棚亭〉に帰らねばならない。
「支配人。今の宿に荷物も置いてあるし、今夜はどうしてもあっちに帰らないといかん。ここには明日また来ることにする」
「さようでございますか。なにぶん百階層以下で探索される方々は、当旅館にお泊まりいただく決まりとなっております。お越しをお待ちいたしております」
「うん? ここに泊まらないと、百階層以下は探索できないのか?」
迷宮に入った冒険者がどこの階層に跳んだのか知る方法などないはずだし、一定の階層に入れないようにする方法があるとは思えない。あるとしても、それは迷宮法に触れるはずだ。
「いえいえ、もちろんそんなことはございません。そうではなく、ツボルト領主様は、優れた冒険者の方々に最高のご待遇を提供なさっておられるのです」
「なるほど。そのことはよくわかった」
支配人は、笑顔の上にさらに笑顔を浮かべた。
レカンたちは、〈ラフィンの岩棚亭〉に帰った。
そして思う存分勝利の美酒を味わったのである。