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レカンは〈神鋼〉の剣を出した。
こちらの世界では〈聖硬銀〉というのだったか。
〈収納〉のなかにはこの剣が四本ある。
とある迷宮の岩石系の魔物が時々落とす鉱石を山ほど集め、別の迷宮の非実体系の魔物が時々落とす〈神の滴〉という希少素材を山ほど集め、さらに何種類かの触媒を手に入れ、腕の立つ付与師と神官と鍛冶匠に目の玉の飛び出るような報酬を払って手に入れた剣だ。思えばあのころは若かった。
レカンは、この剣を研ぎに出すのは諦めている。
もとの世界でも、ごく一部の鍛冶匠しか研げなかった。しかも研ぐには特殊な触媒が必要だ。
この剣を研げる鍛冶匠がいるだろうかとシーラに聞いたことがある。シーラが言うには、〈聖硬銀〉の剣などみたことがなく、したがって研いだ経験のある鍛冶匠にも心当たりがないが、こんなものをみせたらきっと面倒なことになる、と言われたのだ。
というのは、まず、〈聖硬銀〉が希少で高価だ。これほどまとまった量の〈聖硬銀〉の塊は注目を集めてしまう。そのうえ、よく調べるとレカンの持つ剣は、完全にまじりけのない純粋な〈聖硬銀〉であることがわかるだろうという。そんなものはこの世界には存在しないらしい。神殿や王宮がこのことを知れば黙っていない、とシーラは言った。
なるほどそれは面倒だとレカンも思った。
だからレカンはこれを鍛冶匠にもみせるつもりがない。いざというときの武器として使い、壊れたらそれまでだ。
今レカンが取り出した剣は、四本のうちで一番消耗度が低く耐久度が高いものだ。
腰に吊った。
「よし。〈守護者〉の部屋に行くぞ」
レカンは立ち上がり、歩き始めた。〈図化〉は、この階層にあるたった一つの下り階段が、中央奧の部屋にあることを示している。
やがて五人はその部屋の前についた。レカンは立ち止まりもせず、侵入通路に入った。
「来る、来る、来るよ。なんてすごいんだ、この魔力回復薬は。レカン。これほんとはいくらしたんだい? こっそり教えておくれよ」
「だからそれはオレが作った」
「はいはい。そういうことにしとくから、値段だけ教えておくれよ」
「値段はつけていない」
「ちぇ。けち」
「そんなことより準備をしろ」
「はいはい」
レカンはとまどっていた。部屋のなかの〈鉄甲〉の一体が、妙な武器を持っている。
(こんなもの持ってるわけがあるのか?)
もう一度、より精密に〈立体知覚〉での探査を行った。だがやはり、そうとしか思えない。
ヨアナの準備が終わったところで、レカンは全員に声をかけた。
「敵はやはり横一列に並んでいる。五歩ほどの間隔だな。右端のやつがシミターを、真ん中の一体が杖を、そのほかの三体がロングソードを持っている」
「杖じゃと?」
「杖だって?」
「へえ」
ヨアナは口は開かず、目で驚いている。
考えてみれば〈鉄甲〉は魔法も撃ってくるという話だった。杖を持っていても不思議はないのかもしれない。そして杖を持った一体は、明らかに魔力が強い。
(ふむ)
レカンは〈インテュアドロの首飾り〉を取り出して首にかけ、軽鎧の下に押し込んだ。〈ウォルカンの盾〉は展開しない。
「なかに入る順も、戦う相手も、さっきと同じだ。ブルスカは右端、ツインガーは左端だ」
全員がうなずく。
レカンは魔力を練った。
それに気づいたヨアナが問いかけるようなまなざしを向けてきたが、あえて無視した。
レカンは、剣を鞘に収めたまま号令をかけた。
「行くぞ!」
アリオス、ブルスカ、ツインガー、レカン、ヨアナは部屋に入って陣形を整え、前進を始めた。
敵も歩き寄ってくる。
そしてどちらからともなく走り始めた。ただし中央の杖を持った〈鉄甲〉は立ち止まったまま、こちらに杖を構えている。
アリオスが異様な速さで前に出て、右端に移動し、走りながら剣を抜き打った。一番右側の〈鉄甲〉が振り上げたシミターが右手ごと宙に舞う。
「〈豪炎斬〉!」
レカンの左の空間を強力な魔法攻撃が通り過ぎ、敵の中央の〈鉄甲〉に殺到し、当たると思った瞬間、空中で爆ぜた。敵は〈障壁〉を張ったのだ。その〈障壁〉が〈豪炎斬〉を受けて消滅したのをレカンは察知した。
アリオスが、右端の敵の首を刎ね斬る。
杖持ちが魔法を放つ。
レカンがすっと左に移動する。中央の〈鉄甲〉が撃った赤く力強い炎が〈インテュアドロの首飾り〉による障壁に衝突して飛び散る。
「〈炎槍〉!」
レカンが前方に突き出した右手のひらから燃えさかる巨大な光の帯が伸びて杖持ちを直撃し、吹き飛ばす。
ブルスカが、右から二番目の〈鉄甲〉と相対している。敵がロングソードを振り上げたのに合わせて、ブルスカも双斧を振り上げる。敵がロングソードを振り下ろしてきたので、頭の上で二つの斧を交差させて受け止める。しかし敵は、交差した斧にふれるかふれないかの状態でロングソードの軌道を変え、ブルスカの左胸を強打した。
ツインガーの短槍が左端の〈鉄甲〉のロングソードと衝突して火花を上げる。
レカンが剣を抜いて左から二番目の〈鉄甲〉に到達するなり、袈裟懸けに剣をふるう。相手は剣を振り下ろそうとした姿勢のまま、左肩から右脇腹にかけて斬り裂かれ、動作が止まる。返す刀でレカンは首を刎ねる。
右側では、体勢を崩したブルスカを追撃しようとする〈鉄甲〉の首をアリオスが刎ね飛ばす。
レカンは、上半身を起こして魔法を撃とうとした杖持ちの〈鉄甲〉に剣をたたき込む。奇跡の切れ味を持つ聖硬銀の剣は、相手の頭を両断し、胸を斬り裂き、みぞおちに達する。
ツインガーが〈鉄甲〉に攻め立てられて転倒するが、素早く駆けつけたアリオスが、その〈鉄甲〉の首を飛ばす。
こうして戦闘は終わった。