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「レカン殿」
アリオスの言葉はレカンの心を現実に引き戻した。
(今オレは動揺を顔や態度に出したか?)
今レカンが動揺すれば、それはこの五人の集団としての生存能力を著しく低下させる。レカンは瞬時に臨戦態勢におのれを引き戻した。
その冷徹な目で〈グリンダム〉の三人をみる。
「話には聞いとったが、本当にまるで景色がちがうのう」
「この青い光に照らされると、あんたでもいい男にみえるよ」
「百階層かあ。本当にたどりついたんだなあ」
うわついている。
この状態では戦えない。
「よし。今日はこれで探索終了だ。明日一日休みをとる。二の月二日、オレたちはもう一度ここに来る。まず百階層の敵と戦う。必要なら普通個体との戦闘を何回か行う。そしてその日のうちか、翌日かはわからないが、大型個体と戦う。今日は飲もう。オレのおごりだ」
歓声が地下深いツボルト迷宮の百階層に響き渡った。
「アリオスは残れ」
「えっ?」
「肩慣らしに二人で九十階層を周回する」
「冗談です、よね?」
アリオスと二人で九十階層の部屋を次々回った。魔獣を次々屠るうちに、レカンの心は落ち着いてきた。
(とにかく情報収集だ)
その夜、五人は〈ラフィンの岩棚亭〉で乾杯した。
「いやあ、まさか五人で百階層に届くとはのう」
「まだ言ってんの、あんた」
「ツインガー。確かに今は十人編成が普通だ。でも、〈骸骨鬼ゾルタン〉は、この迷宮は五人パーティーが最も戦いやすいと言ったっていうよ」
「そりゃゾルタンならそう言うだろうさ。だけど普通の冒険者には無理な話だの」
「いや、そんなことはないよ。昔は五人編成のパーティーが多かったって聞いてる」
「すいません、ブルスカさん。〈骸骨鬼ゾルタン〉というのは、どういう人ですか?」
「伝説の冒険者さ。百二十階層に君臨し続けた男だ。ここの主人のナークさんのおやじさんは、ゾルタンのパーティーのメンバーだったんだぜ」
「じゃあ、ナークさんのお父さんも〈あっち側〉の人だったんですか」
「いいや。おやじは百階層を越える前にパーティーを離れたよ。おふくろと結婚するためにな。そしてこの宿を開いたんだ。さ、新しい料理ができたぞ」
うまそうな料理を、皆はにぎやかに歓迎した。
「ブルスカ。百階層のことが聞きたい」
「いいぜ、レカン。何でも聞いてくれ」
「まず、数は五体と聞いたが、間違いないか」
「ああ。といっても俺も自分でみたわけじゃないけど、そこは間違いない」
ツインガーもヨアナも力強くうなずいている。
「その五体の内訳はどうなっているんだ。〈赤肌〉と〈黒肌〉の比率は一定なのか?」
「あ、いや、そうじゃない。百階層からは〈赤肌〉も〈黒肌〉も出ないんだ」
「なに?」
「レカン。百階層から出るのは、〈赤肌白幽鬼〉でも、〈黒肌白幽鬼〉でもないんじゃ。〈鉄甲白幽鬼〉なんじゃ」
そう言ったツインガーに向かってレカンは聞いた。
「〈鉄甲白幽鬼〉?」
「そうさ、レカン。白幽鬼は白幽鬼なんだけど、〈黒肌〉の鎧のような皮膚をもっとごつごつさせたような外皮をびっしりまとっていて、物理攻撃もしてくるし、魔法攻撃もしてくる相手さ」
「ほう」
ここまで地元の冒険者である〈グリンダム〉の面々が言うのだ。だから、〈生命感知〉にも〈図化〉にも映らなかったが、百階層に魔獣はいるのだ。それは少しばかり安心できる情報であるとともに、〈生命感知〉と〈図化〉から身を隠せる魔獣がいるということを意味してもいる。
この敵との戦いは厳しいものになるだろう。
「体は小さくなるんでしたかね」
「そうだよ、アリオス。それなのに速くて硬い。だから大人数で取り囲んで倒すというような作戦もとりにくいのさ」
「恩寵品の頻度はどうなんですか。百階層からは恩寵品が出やすくなるって聞いたような気がするんですが」
「百階層からは、五体の魔獣のうち、必ず一体は恩寵品を持っておるんじゃ」
「ほう」
「うれしそうですね、レカン殿。ツインガーさん、必ず一体は、という言い方が気になるんですが」
「多いときは、五体全部が恩寵品を持っておることもあるというのう」
「ほう! 五体全部が」
「レカン殿、わかってますか。それはものすごく手ごわいってことですよ?」
「もちろんわかってる。だから楽しみなんじゃないか」
「あなたはそういう人でしたね。ブルスカさん。五体の魔獣には個性のようなものはあったりするんですか?」
「個性、とは?」
「ある個体は速いとか、ある個体は大きいとか、ある個体は魔法が得意とか」
「ううーん。それは聞いたことないなあ。ナークさん。知ってるかい?」
「大きさは階層ごとに一定している。階段のある部屋の個体も、ほかの部屋の普通個体と同じ大きさなんだ。だから階段のある部屋の個体は〈大型個体〉とは呼ばれずに、〈守護者〉と呼ばれることもある。同時に出る〈守護者〉五体に力の差はないと聞いている。」
「ほう」
それはもとの世界では、迷宮最下層に住む迷宮の主の別称だった。妙に懐かしい気がした。
「もっとも、ツボルト迷宮の〈守護者〉はただ一体という古い伝えもあってな。そこはよくわからん」
「ふむ」
「とにかく階層ごとに魔獣の大きさは一定だ。そして下に下りるほど、ほんの少しずつ大きくなる」
「なるほど。よくわかった」
「それからね、レカン。百階層で一番怖いのは、魔獣の部屋に入ったら、魔獣を全滅させるまで部屋を出られないってことなのさ」
「ほう」
この夜、レカンとアリオスは、〈グリンダム〉の三人とナークから、百階層以降についての知識をできるかぎり引き出した。
過去には五人パーティーも多かったようだが、最近は百階層以降では、十人から八人程度のパーティーが標準らしい。
現在〈あっち側〉で戦っているパーティーは十ほどらしいということだった。
また、百階層からの魔獣は非常に連携が巧みらしい。
百階層から、部屋には出口と入り口があり、入り口から入るともう入り口からは出られない。魔獣を全滅させないと出口からも出られない。
こういう情報はしっかり集めておかないといけないが、あまりうのみにしてもいけない。迷宮深層での戦いに、思い込みというものは害になることが多いからだ。
だが百階層以降の特性についてさまざまなことを聞くうちに、ある可能性を思いついた。それは、なぜ〈生命感知〉にも〈図化〉にも魔獣が映らなかったのかという問いの答えにもなると思われた。
「そういえば、妖魔系の魔獣には〈浄化〉が効くと聞いている。もし〈浄化〉持ちの冒険者がいたら、この迷宮では有利なのか?」
この質問にはブルスカたちは答えられず、ナークが答えた。
「〈浄化〉は白幽鬼を消滅させる。それは間違いない。以前に領主が秘密で招いた〈浄化〉持ちが、実際にツボルト迷宮の白幽鬼を倒したことがある」
「ほう」
「浅層で試しただけだから深層でどうか、ほんとのところはわからんが、まあ〈浄化〉の効果は最下層でも有効だろうとはいわれている。だが、実際にはそれはできん」
「なぜだ」
「おいおい。〈浄化〉をかけるには杖の先がふれる距離まで相手に近づかなきゃならん。そして発動までにはけっこう時間がかかる。それまで向こうは待ってはくれんよ。〈浄化〉持ちが冒険者になるわけがないけどな。そして何より、〈浄化〉で倒すと魔石も宝箱も残らん」
「なに。そうなのか」
「ああ。だから〈浄化〉で倒すのは意味がない。少なくとも迷宮ではな」
翌日は休養日である。
レカンはアリオスと九十階層の普通個体の部屋を十八回った。
百階層のことは忘れて、思う存分迷宮を楽しんだ。
もちろん九十階層の魔獣は、わずかな油断や手違いが死に直結する敵だ。その強敵を、今はばさばさと倒すことができる。その紙一重の殺し合いが、たまらなくうれしい。
明けて二の月二日である。
この日、〈ウィラード〉と〈グリンダム〉の合同パーティーは、百階層の大型個体に挑戦する。ついに、〈あちら側〉と呼ばれる領域に足を踏み入れるのだ。




