18(ツボルト迷宮周辺略図あり)
ザカ王国地図を差し替えました。
18
「おい。人間が打った剣の〈深度〉は十を超えないんじゃなかったのか」
「ううむ。こんな数字が出るということは、普通ではあり得ん。わしは前にも二度ほど剣匠ラスクの剣を鑑定したことがあるが、こんな〈深度〉ではなかった。そもそもこれは人間に出せる数字ではない」
「だがこの数字に間違いはないんだろう?」
「考えられるのは、神託によって打たれた剣ではないかということじゃ」
「神託?」
「以前、疫病に悩まされたある領主がその退散を神殿に祈願し、神殿の祈祷に応えて神が神剣を打つよう神託を下したことがあった。鍛えられた神剣は神殿で祝福を受け、その神剣を使った疫病退散の儀式が行われ、疫病は収まった。わしはそのあと招かれて神剣の鑑定をしたが、なんと〈深度〉が六十もあった。人間の打った剣としては破格じゃ」
「神殿で祈祷を受けると〈深度〉は上がるのか?」
「神殿で祈祷を受けても、属性がついたり、その神の加護を受けやすくなったりすることはあるが、剣の性能自体が変わることはない。〈深度〉も含めてな。剣は剣として生まれ落ちた瞬間に得た姿形を滅びるまで保ち続ける。基本性能が変わることなどない。恩寵を持たず生まれた剣が恩寵を宿すことなどない。それが摂理なのじゃ」
このじいさん、何を言ってるんだ、とレカンは思った。
なぜなら、レカンがもといた世界には付与師というものがいて、宝玉や魔石を使って武具や防具や装身具などに機能を付与した。レカンがたった今羽織っている外套には、〈自動修復〉という機能がついている。この〈自動修復〉という機能のついた宝玉は、付与師の手によって外套にも取り付けることができるし、剣にも取り付けることができる。つまり汎用の恩寵だ。いったん取り付けたらほかのことには使えないが。
そのほか、付与師が機能を付加した剣を、レカンは何本か持っている。今まで試した範囲では、その効果はこの世界でも有効だ。その効果はこちらの世界では恩寵として鑑定される。つまり、恩寵を持たずに誕生した剣が恩寵を宿す実例があるのだ。「恩寵を持たず生まれた剣が恩寵を宿すことなどない。それが摂理なのじゃ」とは、ばかばかしい言いぐさではないか。
そこまで考えて、レカンは愕然とした。
だからだ。
だからシーラほどの人が、剣と外套についた〈自動修復〉という恩寵に、あれほど目の色をかえたのだ。王都に住むというヤックルベンドなる長命種の魔道具技師も、レカンの外套をみたがっているのだ。
恩寵のない物品に後付けで恩寵を与える。これはこの世界では画期的なことなのだ。魔道具を作るのとは全然別の話なのだ。〈自動修復〉と〈破損修復〉は同じような機能だと思っていたが、どんな物品にもつけられる〈自動修復〉と、剣なら剣の修復だけを行う〈破損修復〉は、たぶんまったくの別物だ。レカンの持っているいくつかの物品は、この世界の常識を根底からくつがえす可能性を秘めているのだ。
となると、ヤックルベンドがレカンの剣の残骸をみて何にどこまで気付いたかが問題だ。シーラに、この剣は自動修復機能がついていたと説明したろうか。説明したような気がする。愛剣は折れてしまい、自動修復機能も失われてしまった。だから剣の残骸をみても、そう多くのことはわからなかったはずだ。
だが外套の自動修復機能は生きている。シーラも外套に小さな攻撃魔法を撃ち込んで、修復の様子を興味深げにみまもっていたではないか。そのこともヤックルベンドには伝わっているかもしれない。
おそらく今までレカンが思っていたような軽い気持ちではなく、ヤックルベンドは非常に強い興味を持ってレカンと外套を待ち構えている。つかまったらどんな目に遭わされるかわからないと思うべきだ。
レカンは、目の前の熟練鑑定士の目が気になった。この老人は、レカンの外套について何か気づいてはいるかもしれない。
(落ち着け)
(この世界の人間がこの外套を鑑定しても)
(結果から意味を読み取ることはできん)
(あのシーラでさえそうだったんだからな)
そういえば、〈オドの剣〉にも、三つの機能がついている。いずれもレカンが手に入れた宝玉を使って付与師が機能を付与したのだが、こちらのほうは宝玉自体は使い捨ててしまい、剣身に機能が焼き付けてある。この剣も、この世界の研究者からみればとてつもない宝物なのだろう。
(よし)
(とにかく王都には行かない)
(絶対にだ)
レカンがそんなことを考えているあいだにも、鑑定士の老人の話は続いている。
「〈ラスクの剣〉は、百十二という驚異的な〈深度〉を持っているのに、〈耐久度〉が六十三まで落ちている。たぶんこの剣は何かの目的のために作られ、その目的を果たし終えたのではないかな」
「ああ」
レカンは考え事をしながら上の空で返事をした。
「問題は、〈アゴストの剣〉だ。アゴストというのがどこのどういう鍛冶匠なのかわからんが、これほどのものを作るには経費も時間もかかったはずだ。ところが〈耐久値〉が九十九ということは、たぶん本来の目的には使用されておらん」
「ああ」
「これほどの堅牢さと巨大さを持つ剣でなければ戦えない敵など、わしには竜種ぐらいしか思いつかん」
「なにっ?」
竜種の魔獣と戦うために作られた剣。
〈アゴストの剣〉とは、そのような剣なのだろうか。
「そういえば、アゴストというのはラスクの息子だそうだ」
「ほう。そういえばラスクには早死にした息子がいたと聞いた覚えがある。なるほど、二つの剣の匂いが似ているわけだ」
「匂い?」
「わからん者にはわからんよ。わかる者には説明しなくてもわかる」
「ふむ。そういえばこの二本には似たところがある」
「ほう」
ここでレカンはあることに思い至った。
「待て。どうして〈アゴストの剣〉が本来の目的に使用されていないとわかるんだ。儀式に使われたんだったら耐久度は落ちないだろう」
「お前はわしの説明をどう聞いておったのだ。使っておらんのに〈耐久度〉が下がるというようなことがあるものか。この馬鹿者め。〈消耗度〉が増えないのに〈耐久度〉が大幅に下がるということは、この世のものでないものを斬っておるのだ。先ほどのたとえでいえば、目にみえない土台の部分を斬っておるのだ」
「目にみえないもの?」
「先ほど言うた儀式に使われた剣の〈耐久度〉は、十を割っておったわい」
「なるほど」
なるほど、と答えながら、レカンは恐ろしいことを思いついていた。
(もしかしたら)
(もとの世界で付与した〈自動修復〉は)
(〈耐久度〉も修復してるんじゃないか?)
だとすると、いよいよこの世界では異様だ。
「オレはいい鑑定士に当たったようだ。礼を言う」
レカンは立ち上がった。
この老練な鑑定士の前から早く立ち去りたかった。
「ナディス男爵領に行くことがあったら、リプリンの町のラスクの家を訪ねてみるといい。何か得るものがあるかもしれん」
「ほう。リプリンの町か。覚えた」




