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「あれ? まっすぐ迷宮に行くんじゃないんですか?」
「買い取り所にちょっと寄っていく」
「へえ?」
今日はアリオスと二人で探索に来た。
〈グリンダム〉の連中は、昨夜の飲み方では今日は使い物にならない。それは昨夜のうちからわかっていたことだ。
共同探索の初日だったのだから、打ち上げで盛り上がるのはいいことだ。一日休めば気力も体力も充実して、明日は万全の状態で迷宮に挑めるだろう。
(最初のうちは手綱をゆるくして)
(段々きつくしていけばいい)
(まずは百階層を越えることだ)
(あの三人と一緒なら)
(その日は遠くない)
買い取り所に来たのは、持っている品をいくつか鑑定してもらうためだ。
〈鑑定〉という魔法は奥が深い。
使う側の知識や意識の向け方で出てくる情報はちがう。
〈耐久度〉ひとつをとっても、剣身だけを鑑定するか全体を鑑定するかで結果がちがう。
この買い取り所の鑑定人たちは、いずれもその道の達人と思えた。
ツボルト迷宮という大迷宮で働いている者たちなのだから、それは当然だ。
取りあえずレカンが学んでおきたいのは、数字の出し方だ。
〈鑑定〉をすれば、〈攻撃力〉〈切れ味〉〈耐久度〉などを知ることができるが、それは、もやの塊のような形でみえるのであり、数字に直すには経験がいる。自分の持ち物だけを調べるなら数字に直す必要は低いが、やはり数字で把握できれば整理や分類には便利だ。そして、鑑定結果をみて数字のおよその意味がわかるようになりたい。
だからレカンは、自分の持つ剣をいくつか鑑定してもらい、その剣を自分で鑑定して、どの程度でどういう数字になるかを調べてみようと思ったのだ。
朝の間だからかカウンターはすいていた。
ベテランらしい老人の鑑定士を選び、列に並んだ。
すぐに順番が来た。
まずは中層で得た剣を鑑定してもらうことにした。恩寵はついていないが、レカンの鑑定によれば非常に高品質のロング・ソードだ。大銀貨一枚を払って鑑定を頼んだ。
「名前とパーティー名を言え」
痩せ細った白髪の老人が答えた。相当な老齢だが、目には強い光がある。
「レカン。パーティーは〈ウィラード〉」
老人は細くて長い杖を構え、準備詠唱と発動呪文を行って〈鑑定〉をし、結果を紙に書き付けてよこした。むやみに鑑定結果を口にしないのも、ここのいいところだ。
紙の最初には〈依頼者:レカン〉〈所属:ウィラード〉と書いてあり、次に日付けが書いてあり、下の欄外には、〈担当鑑定士:テルミン〉とある。
〈名前:なし〉
〈品名:剣〉
〈攻撃力:五十五〉
〈硬度:三十四〉
〈ねばり:四十一〉
〈切れ味:七十〉
〈消耗度:なし〉
〈耐久度:八十〉
〈出現場所:ツボルト迷宮六十一階層〉
〈制作者:〉
〈深度:六十一〉
いつぞやゴルブル迷宮で出た大剣が、確か切れ味が九、攻撃力が十かそこらだった。大剣でも攻撃力が十かそこらだったのに、普通の長さのロングソードが攻撃力五十五というのは素晴らしい。ただし、この剣を誰がどのように使うかで実際の威力は変わる。攻撃力の数値は、使い方次第で引き出せる潜在力のようなものであって、当たり前の話だが、誰が使っても攻撃力五十五のロングソードは攻撃力十の大剣の五・五倍の威力があるというわけではない。普通は大剣のほうが威力がある。
「消耗度というのは何だ?」
「刃こぼれや剣身の疲労だ」
「ということは、研げば数字が下がるのか」
「いかにも。ただし、一度でも使えば〈なし〉の状態には戻らん。これが百に達すれば、その剣は折れる」
「ほう」
これはいい情報だ。今後はこの消耗度とやらを鑑定するようにしなくてはならない。
〈耐久度〉については、以前チェイニーの部下から聞いた。百が最大だが実際には武器というものは誕生した瞬間から、百よりかなり低い耐久度しか持たない。これは手入れをしても上がることはなく、下がっていく一方なのだ。要するに剣の寿命と思えばよい。ただ、よく手入れをすれば〈耐久度〉は簡単には下がらない。
〈硬度〉と〈ねばり〉については見当がつく。
わからないのは〈深度〉という項目だ。
「〈深度〉とは何だ」
「存在の深みだ」
「なに? わかるように言ってくれ」
「建物は、目にみえる部分と、地面の下に埋まってみえない部分がある。土中部分が深いほど建物としては堅牢だ。この剣は目にみえる部分ではみた通りの姿をしているが、その基盤は神々の世界にあって、人間の目にはみえない。その目にみえない部分を上級の〈鑑定〉持ちは読み取ることができる。それが〈深度〉だ」
言葉の意味をかみしめた。
「つまり〈深度〉が深いほど、損耗しにくいのか」
「少しちがう。剣の場合、〈硬度〉と〈ねばり〉が低ければ、たとえ〈深度〉が深く〈耐久度〉が大きくても、〈消耗度〉は目にみえて増加する。ところが〈耐久度〉が大きいと、ある時点で〈消耗度〉が増加しにくくなる。そして〈深度〉が深いと〈耐久度〉は下がりにくく、またゼロにはなりにくい」
「つまり簡単にいえば、〈深度〉が深くても刃こぼれするし切れ味は落ちるが、折れにくいんだな」
「そうだ」
「この剣の場合、階層数と〈深度〉が同じだが、これは偶然か」
「偶然ではない。迷宮品の場合、〈出現場所〉の階層数と〈深度〉はほとんどの場合一致する。だから、迷宮の底深くで得た剣は、性能としては凡庸であっても信頼度が高いのだ。残念なことに値段にはあまり反映されんがな」
「ちょっと待て。だとすると、人間が打った剣の〈深度〉は、どうなるんだ?」
「人間が鍛えた剣の場合、〈深度〉は一から十のあいだとなるのが普通だ。その代わり、名匠が鍛えた剣は、ほかの部分の性能や、〈鑑定〉には現れない使い心地が、剣としての価値を上げているのだ」
そのあとレカンは何本もの剣を鑑定させた。
最後に、〈ラスクの剣〉と〈アゴストの剣〉を鑑定させた。
どちらも人間の剣匠が打った剣だから、〈深度〉には期待していなかった。
だが、〈ラスクの剣〉に〈鑑定〉をかけたとき、威厳のある鑑定士が顔に驚きを浮かべた。〈アゴストの剣〉を鑑定したあとは、厳しい顔つきをした。
鑑定結果が書かれた紙を渡された。
〈名前:ラスクの剣〉
〈品名:剣〉
〈攻撃力:三十二〉
〈硬度:五十一〉
〈ねばり:五十五〉
〈切れ味:六十〉
〈消耗度:四〉
〈耐久度:六十三〉
〈出現場所:〉
〈制作者:ラスク〉
〈深度:百十二〉
〈名前:アゴストの剣〉
〈品名:大剣〉
〈攻撃力:五十九〉
〈硬度:八十八〉
〈ねばり:六十四〉
〈切れ味:二十五〉
〈消耗度:二〉
〈耐久度:九十九〉
〈出現場所:〉
〈制作者:アゴスト〉
〈深度:九十六〉