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「すまん。レカンに二体の〈黒肌〉が跳びかかっていったようにみえたんだ。それでつい」
その二体の〈黒肌〉には首がなかったし、レカンは、むざむざ跳びかかられるようなまねはしない。
レカンを心配してのことであるとはいえ、ヨアナの射線をふさぐような位置に飛び出たのは、やはりうかつだった。ヨアナの前に〈黒肌〉が転がり出るのをみすごしたのも、護衛役として失格だ。そして何より、今の戦いでは指揮官としての働きがまったくできていなかった。
そのことはブルスカ自身が痛感しているはずであり、そのことをツインガーもヨアナもよくわかっている。
(ふむ)
(ここはオレが指示を出すべき場面だな)
「もう一度この階層で戦ってみよう。ただし今度は役割を変える。突入はアリオス、ツインガー、ブルスカ、オレ、ヨアナの順だ」
「え? レカンがあたいを守ってくれるのかい?」
「そうだ。これでな」
レカンは左手に手甲の形状で装着している〈ウォルカンの盾〉を少し持ち上げた。
「〈ウォルカンの盾〉か。そうではないかと思っとったが、やっぱりそうじゃったか」
「はじめてみたよ」
「何だい、その〈ウォルカンの盾〉ってのは」
「ヨアナさん。〈ウォルカンの盾〉は物理攻撃も魔法攻撃も防ぐ、とても優秀な盾なんです」
「へえ、そうなのかい」
「ツインガーとブルスカは、まず〈赤肌〉を倒してくれ。やつらは味方を撃つのも平気だから、あとに残すとやりにくい。さっきのように固まって出てくることは、もうないと思ったほうがいい」
「しかしそれだと、〈黒肌〉には手が回らんぞ」
「三体まではこちらに通してかまわん。アリオスもツインガーもブルスカも、まず一体ずつ〈赤肌〉を倒して、あとは手近な敵と戦ってくれ。最後の〈赤肌〉は、手近なやつが倒してくれ」
「あたいは?」
「まずは今まで通り、部屋に入るなり〈黒肌〉一体を倒してくれ」
「あいよ」
「手近に〈黒肌〉がいれば、オレも一体倒す。あとは〈雷矢〉で一体ずつ〈黒肌〉を釣り出してくれ。足でなく胴を狙えばいい」
もちろん足首を狙うより胴を狙うほうが簡単だ。つまりヨアナの負担度は減る。
「いいねえ。三体までは通してかまわん? 一体ずつ釣り出してくれ? すごい自信だねえ」
「レカンの攻撃力には驚かされたよ。首周りの防御ごと〈黒肌〉の首を刈り取っちまうんだからなあ。その剣、恩寵つきなのか?」
「そうだ。その斧と同じくな。さて、では近くの部屋で戦ってみるぞ」
「ちょっと待ってくれんかのう。ヨアナがまだ準備ができとらん。魔法使いというのは、戦闘と戦闘のあいだに充分時間をとってやらんとうまく力を出せんもんなんだ」
「大丈夫だよ、ツインガー」
「しかし」
なぜかアリオスがにこにこしながら、ヨアナと、ヨアナを気づかうツインガーの顔を交互にみている。
「さっき〈豪炎斬〉を撃ったばかりだってのに、あとからあとから魔力が湧いてくる。こんなのははじめてだよ。レカン。あれ、ほんとの魔力回復薬だねえ」
「だからそう言ってる」
「これ、もしかしてほんとにピジョーの薬かい? この町はピジョーのおかげで優秀な薬師が何人もいて、傷薬や万能薬には困らないんだけど、魔力回復薬は手に入らないからねえ。あんた、この町の薬師につてがあんのかい?」
「この町の薬師につてはないな」
「へえ?」
レカンは、〈インテュアドロの首飾り〉をしまった。すぐ後ろでヨアナが魔法を撃つので邪魔になってはいけないからだ。
それから五人は近くの部屋に入って戦った。
レカンは魔獣の位置関係を的確に予言し、戦闘の指示を出した。
アリオスは恩寵つきの魔獣を言い当てて、〈グリンダム〉の三人を驚かせた。
最初ヨアナは恐る恐るという感じだったが、レカンの鉄壁な防御ぶりをみて安心したようで、なんと〈豪炎斬〉を二度撃っていた。
ブルスカは喜々として二本の斧を振り回していた。
レカンが恩寵品を〈鑑定〉したとき、〈グリンダム〉の三人は唖然としていた。
「いいねえ、いい! やっぱり五人パーティーは最高だねえ。十人もいると、味方が邪魔で魔法が撃ちにくいったらありゃしない」
「うん。ぼくも戦いやすかった。仲間が十人もいると両手の斧を自由に振り回すことはできないから、どうしても護衛役に回らないといけなかったけど、久々にのびのび戦えたよ」
「わしも戦いやすかった。やはり戦闘する空間に余裕があるのはええのう」
「それにレカンがくれた魔力回復薬は、すごい効き目さ! 今もふつふつと魔力がたぎってる。レカン、これ、いつまで効果が続くんだい?」
「今が一番効果の出る時間で、段々と効果は減少してゆく。それでも半日は効果が持続する」
「半日! なんてこった。こりゃ、すごいよ。なるほどねえ。〈あっち側〉のやつらが大枚はたいて買い占めるわけだよ。高かっただろう?」
〈あっち側〉とは何のことか、このときはわからなかったが、あとになって百階層より深くで戦う者たちのことだと知った。
「オレが自分で作った薬だ」
「またまた。もうそれはいいって。こんなのが作れるんなら、冒険者なんぞしなくっても大金が稼げるよ」
「ピジョーとかいう薬師の魔力回復薬は値段が高いのか?」
「高いよ。領主が買い占めて他領の領主に売るし、〈あっち側〉のやつら用に確保しちまうから、売りに出されるのはほんのわずかだけどね。それより、次に行こうじゃないか。あたいは今、最高に調子がいいんだ」
ヨアナがやる気になっているため、〈グリンダム〉を誘導するのはたやすかった。
五人は、九十階層の大型個体に挑戦し、やすやすと撃破した。そして九十二階層の大型個体と戦い、九十三階層の大型個体とも戦って勝った。
時間がかかったのは階段の移動だ。九十二階層から九十三階層への階段も歩いて下りたし、九十三階層の大型個体を倒したあとは、一度九十四階層まで歩いて下りた。
〈鼠〉の案内なしで確実に大型個体の部屋を嗅ぎ当てるレカンの魔法を、〈グリンダム〉の三人はしきりにうらやましがった。九十階層台となると案内できる〈鼠〉は少なく、予約しないと雇えないのだという。地図も売ってはいるが、広大な階層のなかで正しくその場所に行き着くのは、地図をみながらでもむずかしいようだ。迷宮の地図などというものは、書き手によってそれぞれくせがあるものだし、筆写しているうちにいよいよわかりにくい地図になるものだから、それは無理もないことである。
結局この日合同パーティーは、七十九階層で一回、八十九階層で二回、九十階層で一回、九十二階層で一回、九十三階層で一回と、六回戦った。しかも後半の三回は大型個体が相手だったから、戦闘の密度は高い。
恩寵品の武器が五本出た。
迷宮を出たのはすでに遅い時間だったが、その足で買い取り所に行った。
白金貨一枚と大金貨二枚という金額で売れた。
〈グリンダム〉の三人は、天井知らずの喜びようだった。
レカンは買い取り所の鑑定に感心した。
カウンターの上に鑑定してほしい品を置くと、向こう側に座った鑑定人が素早く鑑定を行い、ただちに鑑定書を作る。その鑑定書は後ろに座っている事務官のもとに運ばれ、鑑定書に査定金額がかき込まれる。それが鑑定人に返却され、鑑定人は紙に査定金額と、銘があれば銘と、恩寵があれば恩寵名を書き付け、依頼人に渡す。
依頼人がその品を売ると言えば、鑑定書が後ろに運ばれて代金が用意されるのだ。
依頼人が申し出れば、鑑定書の写しをもらえる。その場合は鑑定料がいる。鑑定料は、浅層の品なら銀貨一枚、中層の品なら大銀貨一枚、深層の品なら金貨一枚だ。あらかじめ査定金額を聞いたうえで鑑定を申し込めるのだから、この料金は非常に良心的である。ただし、ツボルト迷宮から出た品以外の鑑定を頼むと、査定金額の十分の一を先払いさせられる。よそから持ち込んだ品については、買い取り金額だけを聞くというわけにはいかないのだ。
鑑定人はどのカウンターでも次々に手際よく鑑定を進めている。後ろのほうには交代要員の鑑定人たちが控えている。
鑑定人は、決して鑑定品にふれない。動かしたいときには持ち主にそう言うのだ。それにもレカンは感心した。
あとで知ったのだが、大勢の鑑定人の全部を領主が直接雇っているわけではなく、大部分は商人たちから派遣されているのだという。派遣した人数によって商人たちに迷宮品が割り当てられるのだ。
レカンは共同探索に満足していた。
劇的に戦いがらくになったのだ。
やはり二人で十体を相手取るのは厳しい。
ヨアナが早々に〈黒肌〉一体を屠れば残りは九体で、アリオスも早々に〈赤肌〉一体を倒すので、八体を五人で相手することになる。
〈黒肌〉と〈赤肌〉が入り交じっているなかで魔法を撃ってこられるのが厄介だったが、アリオスとツインガーとブルスカの三人なら、〈赤肌〉四体を牽制しつつ〈黒肌〉を倒してゆくのに危なげはない。ヨアナに釣り出してもらった魔獣をレカンが〈オドの剣〉で一撃で倒す。
〈オドの剣〉は威力の高い剣だが、ためを作り、正しい刃筋で振り抜くのでなければ、その威力は発揮できない。五人パーティーなら余裕をもって戦える。
この夜の酒はうまかった。