9_10
9
「ヨアナさん、私たちも九十二階層に到達しましたよ」
「えっ、もうかい」
「これは驚いたわい」
「ちょっと待ってくれよ。二日で九十階層、九十一階層を踏破したっていうのかい?」
「ええ、そうです」
「それはすごいのう。どこのパーティーと一緒だったんだ?」
「二人だけですよ」
「かっかっかっ。そんなわけがあるまい。まあ、言いたくなければかまわんがの」
「ちょうどいいじゃないか。あたいたちも、組んでるパーティーがだいぶ消耗しちまってね。しばらく探索を休憩するっていうんだ」
「じゃあ、明日は休養日にして、明後日一緒に潜るってのはどうかな。どこかの部屋で連携を試してみて、具合がいいようなら大型個体に挑戦してもいい」
「いいね。それでどうだい、お二人さん」
レカンとアリオスがこれを了承したので、共同探索は一日置いて、一の月の三十日に行うことになった。
10
三十日の朝、レカンとアリオスは〈グリンダム〉と一緒に食事をした。報酬の分配については、通常〈グリンダム〉が他のパーティーと行っている取り決めに準じることにした。
まず、青ポーションが出た場合は、ヨアナのものとする。魔石については、その日の探索でヨアナが消費したと同じ個数をヨアナが取る。そのほかのポーションについては、そのポーションを落とした魔獣を倒した者のものとする。ただし〈神薬〉は別である。そのほか宝箱から出た物品と〈神薬〉については、まず買い取り所で値段を査定してもらう。次にメンバーの誰かが欲しいと言った物以外を売り払う。そうして得られた売り上げ金に、欲しい品物の査定額をそのメンバーが足して、それを五人で等分する。武器や装備の購入も手入れも、各自が自分で負担する。
「〈神薬〉が出たことがあるのか」
「いや。ないのう。かかか」
五人は連れだって出かけ、領主直営の店で携帯食料を買った。ヨアナは青ポーションや傷薬も買っていた。ブルスカは会計係も務めているようで、ツインガーとヨアナは、自分の買い物の品目と値段をブルスカに報告していた。
「さて、それじゃ、斡旋所に行こうか」
ブルスカがそう言い、斡旋所のほうに行こうとするのをレカンが呼び止めた。
「まずはこのメンバーで潜ってみないか」
「え。そりゃ無理だよ、レカン。九十階層台は最低でも十人集めないと」
「七十階層台ならどうだ」
「七十階層台かあ」
「人数を増やすほど連携はとりにくい。いずれにしても、まずはこの五人で戦ってみて、お互いの実力や能力、戦い方のくせなどをすり合わせておくほうがいい。人数を増やすのはそれからでもできる」
「うーん。みんなはどう思う?」
「わしはそれがいいと思う。七十階層台なら、危ないと思ったらすぐ部屋から出られるからのう」
「あたいもそれでいい。正直、人数が多いと魔法が撃ちにくくていやなんだ。七十階層台なら、結構いい武器が落ちるしね」
「よし、決まった。レカン、あんたの意見をとるよ」
「では、七十九階層に行こう」
「え?」
「かかか」
「いきなりかい」
一行は七十九階層に移動した。
レカンはこの日、〈ラスクの剣〉ではなく、〈オドの剣〉を腰に吊っている。
これはもとの世界で、それなりの名剣を付与師に預け、切れ味と威力を増す付与をしてもらった剣だ。もとの世界では銘がなかったが、こちらで〈鑑定〉をかけてみると、〈オドの剣〉となっており、〈切れ味付加〉〈威力付加〉〈重量付加〉の恩寵がついていた。
攻撃力の高い、よい剣なのだが、耐久性を増すような付与はできなかった。威力があるぶんだけ損耗が激しく、使い続けると折れてしまう危険がある。この世界では二度と手に入らない剣だが、ここはこの剣を使うことにする。この剣なら九十階層台の〈黒肌〉にも通用するのではないかと思えるのだ。
先導していたブルスカは、階段からごく近い部屋の前で止まった。
「ここをみてみる」
そう言うなり、いきなり部屋のなかに顔を突っ込んだ。そしてすぐに引っ込めた。
「使ってないね。ここに入るよ」
つまり誰かが戦闘中でないかを確認したのだ。
危険な確認方法だとレカンは思ったが、七十階層台なら、こういう確認方法も可能なのかもしれない。もちろん八十階層台でこんなことをやれば、いきなり頭を砕かれる危険がある。
ブルスカが指示を出した。
「突入の順番を決めるよ。レカン、アリオス、ツインガー、ぼく、ヨアナの順だ。なかにはいったら入り口付近からできるだけ遠くに移動して敵を引きつけてくれ。ぼくとツインガーがヨアナを守る。ヨアナが魔法を撃ったら、ツインガーは遊撃だ。剣を抜け」
アリオスが剣を抜いた。
レカンも剣を抜いた。
魔法使いのヨアナは、細い杖を取り出して頭の前にかざし、魔力を練ってからブルスカの額に杖の先を当てた。
たちまち、ブルスカの顔の前に透明な魔法の膜ができる。ヨアナはブルスカの心臓の上にも同じことをした。
ヨアナはツインガーにも同じことをした。ブルスカがレカンとアリオスに説明する。
「防御魔法だ。物理攻撃でも魔法攻撃でも、ごくわずかだが威力を弱めてくれる」
「ほう」
レカンは、あることを思い出した。
以前、ヴォーカの町のケレス神殿の入り口近くに置かれた神像を、破壊したことがある。そのとき、副神殿長が、神像には魔法の防御がかかっていたと言ったのだ。
あとでレカンはシーラに魔法の防御について聞いた。そんな魔法はシーラがくれた一覧表には載っていなかったからだ。
シーラが言うには、それは呪文を唱えて発動するような特定の魔法ではなく、魔力をまとわせることによって石像の堅牢性を高めているのだという。防御の魔法には、永続的な効果を持つかけ方もあり、ごく短い時間しか効果がないが防御力の強いかけ方もあると言っていた。そのうちやり方を教えてもらおうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
レカンとアリオスにも魔法の防御をほどこしたヨアナは、小さな杖をしまい、大きな杖を出し、小青ポーションを飲んでから呪文を唱え始めた。
「猛き炎の神ザボアよ。深き地の底に坐す復讐の女神よ。今こそよみがえりてわれに恩寵をそそげ。わが命の火を贄に希うは破滅の火。疾く来たりて敵を滅ぼせ」
太い杖の巨大なこぶに魔力が集まってゆく。それは凝縮され、すさまじい勢いで旋回する。
ヨアナがブルスカをちらりとみる。準備完了の合図だ。
ブルスカが指示を出した。
「行け!」
レカンは魔獣が待つ部屋に突入した。