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「ほう。なるほど。今までとちがう」
「何がちがうんですか?」
「なかの魔獣たちが、オレたちを待ち構えている。オレたちが近づいてきたのを察知したようだな」
「へえー。そんなことまでわかるんですね」
「〈展開〉!」
レカンは〈ウォルカンの盾〉を左手に構えた。
「魔獣どもは、入り口に向かって臨戦態勢にある。だから魔獣どもの後ろには空間が空いている」
「なるほど」
「オレは突進して真正面から魔獣どもの後ろに回る。お前は一呼吸置いてなかに入れ」
「了解」
もうこうなったら、恩寵武器が怖いなどとは言っていられない。先制攻撃あるのみだ。
レカンは身をかがめ、盾の後ろに大きな上半身を押し込むような体勢をとり、そして部屋のなかに突入した。
魔獣が振る剣が盾に当たるが、委細構わず走り抜ける。白幽鬼は密集に近い隊形をとっているが、レカンが加速をつけて突進すれば、魔獣の肩や腕をはじきとばしながら、体と体の合間を抜けていくことは造作もない。
がつがつとぶつかりながら魔獣と魔獣のあいだを突破する。背中に打撃を受けたが大きなダメージは受けていない。
魔獣たちを突き飛ばしながら、レカンは部屋の奥まで走り、壁を蹴って反転すると狭い天井すれすれに跳び上がり、口を開けた〈赤肌〉の首を刎ね斬った。
落下しつつ左側の〈赤肌〉を盾で殴る。着地した直後に右に跳び、〈赤肌〉に体当たりしてはね飛ばし、中央奧にいる〈黒肌〉の喉に刺突を入れた。剣を引きつつ左右に振ると、首が不自然な角度にかしげて落ちる。目の代わりの穴ぼこが、当惑を表しているようにみえた。
左から魔法の直撃を受けるが、〈インテュアドロの首飾り〉が防ぐ。
レカンのあとから一呼吸置いて部屋に突入したアリオスは、〈黒肌〉一体を後ろから屠っている。そして珍しいことに、次の〈黒肌〉に斬りつけたが、首の周りに突き出した黒い表皮にはばまれてしまう。そして、〈黒肌〉がもう一体、アリオスのほうを向く。
こうなったら〈赤肌〉は放置して、まず〈黒肌〉を殲滅しなければならない。
アリオスは、充分な空間さえあれば、〈黒肌〉三体を同時に相手どって危なげなく勝利できるが、狭い部屋の狭い空間では、自由に動くことができず、どうしても〈黒肌〉の攻撃をかわしきれない。そしてアリオスは、レカンほど打たれ強くない。足を止めてダメージを与え合うような戦い方は、アリオスにはできないのだ。
三体残っているうちの中央の一体、すなわちアリオスに今まさに攻撃をしようとしている〈黒肌〉の右足首に後ろから打撃を入れた。ほとんど同時に右側の〈黒肌〉がハンマーを打ち下ろしてくるのを左に跳んでかわし、左側の〈黒肌〉の後頭部に〈ウォルカンの盾〉をたたきつける。
三体残っている〈赤肌〉からの魔法攻撃が、ほぼ同時に着弾して、〈インテュアドロの首飾り〉が張る障壁が青白く燃え上がる。一瞬のちに青白い炎がさったとき、左側の〈黒肌〉の首がなくなっていた。
アリオスは立ち上がろうとしている中央の〈黒肌〉に向いている。
レカンは、頭上から降ってきたハンマーが頭を砕くまえに、〈ラスクの剣〉で右側の〈黒肌〉の右腕を痛打した。その結果ハンマーの軌道が狂い、〈黒肌〉自身の右膝を打ち砕く。
またも魔法攻撃がレカンに集中する。それに構いもせず、レカンは右の〈黒肌〉に刺突を入れる。
そのときには中央の〈黒肌〉は、アリオスに首を刈り取られている。
三度同時に着弾した魔法攻撃には、ほとんど注意を払っていない。
こうなれば、残った三体の〈赤肌〉の処理は容易だった。
「すいません。師匠に負担をおかけしました」
「この狭い場所ではしかたないだろう」
「ほんとはレカン殿に〈赤肌〉の相手をしていただいて、私が〈黒肌〉の相手をするのがいいんでしょうけどね」
魔法に対する防御が軽鎧任せであるアリオスは、うまく当たる位置を調整してダメージを防いでいるが、〈インテュアドロの首飾り〉を装備しているレカンのほうが〈赤肌〉の相手には向いている。そして動き回れる空間さえあれば、〈黒肌〉五体といえどアリオスならしばらくは無傷で引きつけていられる。そうはいかないのがもどかしいところだ。
レカンのほうでも、首飾り頼みで魔法攻撃を受け続ける戦い方は、あまり居心地がよくない。突発的な戦闘ならそれもしかたないが、そういう戦い方ではレカン自身の強さは伸びない。
「当面、今の戦法でいくしかないな。何度か戦闘を繰り返して、立ち回りを工夫しよう」
「そうですね」
結局このあと六つの部屋で戦闘を重ねてから九十階層のボス部屋を攻略した。
翌二十八日には、八つの部屋で戦闘を行ってから九十一階層のボス部屋に挑み、それなりのダメージを負いながらも、無事下の階層に進むことができた。
二日間で得た恩寵品は八つである。
疲れきって〈ラフィンの岩棚亭〉に帰った。
九十二階層まで進んだので、〈グリンダム〉との共同探索ができる。
人数が増えれば戦闘はぐっと楽になる。
また、レカンは、深層の冒険者たちの戦い方をみてみたいと思っていた。
特に魔法使いの立ち回りには大いに興味があった。