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珍しくも宝箱が六つ出て全部大赤ポーションだったので、アリオスに渡した。
六十三階層に下りた。
レカンは手近な部屋に飛び込んで、〈呪印剣〉を試してみた。
〈呪印剣〉は、〈赤肌〉にも〈黒肌〉にも効果があった。
傷つけられた場所に、古代文字のようなものが浮かび上がって発光する。そして時間をおいて死ぬ。
「効果があることはわかった。だが、こんなに時間がかかるのでは、迷宮の実戦には不向きだな」
「〈赤肌〉のほうが早く死にましたね。〈黒肌〉のほうが動き回っていたんですけどね」
「人間の場合だと、徐々に弱っていくのかもしれんな。うーん。適当な実験台が現れるといいんだが」
「すごく危険なことを言ってるって自覚、あります?」
「よその町に行ったとき、盗賊の討伐でも受けてみるかな」
「ああ、そういう意味ですか」
「いっそ迷宮のなかで誰かが襲ってきてくれるといいんだが」
「やめましょうよ、そういうこと言うの」
「それに、服や鎧にかすっても効果があるかどうか、魔獣相手では検証できん。あ」
「どうしました?」
「次の部屋に行くぞ」
「はい?」
すぐ横の部屋に飛び込んだ。そして〈赤肌〉三体を先に倒し、〈黒肌〉を二体倒し、残った〈黒肌〉二体に〈呪印剣〉で斬りつけた。
呪いの印がぼうっと発光した。
しばらく相手の攻撃をかわしてから、レカンは〈ハルトの短剣〉で一体に斬りつけた。すると斬りつけられた魔獣の呪印が消えた。もう一度その魔獣に〈呪印剣〉で斬りつけ、少し様子をみてから〈ハルトの短剣〉で斬りつけた。
「ふむ。なるほど。もう倒していいぞ」
「了解」
魔獣二体を倒してから、レカンは〈呪印剣〉をアリオスに渡し、ベルトの留め具をはずして〈ハルトの短剣〉を床に置き、左手を差し出した。
「斬ってみてくれ」
アリオスは信じられない言葉を聞いたというように目をみひらき、諦めたようにため息をついて、軽くレカンの左腕を斬った。
ぼうっと呪印が浮かんだ。
がくんと膝が崩れた。腹に力が入らない。不快感がどんどん増してくる。
(これはなかなか強力な呪いだ)
(人間がこれにかかれば)
(実力の何分の一かしかだせないだろうな)
〈ハルトの短剣〉を拾って左腕に軽く傷をつけると、呪印は消えた。
もう一度〈ハルトの短剣〉を床に置いた。
「〈回復〉。次はこの外套に斬りつけてみてくれ」
「はいはい」
「効果なしか。次は鎧に斬りつけてみてくれ」
「はいはい」
「ふむ。これも効果なしか。取りあえず今できることはこのくらいだな。あとは迷宮を出てから、というよりこの町を出てから検証するか」
「おなか減りましたね」
ここまでにずいぶん時間をかけた。もう昼を大きく回っている。
二人は近くの空き部屋で食事をした。
「レカン殿は迷宮の戦い方を、どこで身につけたんですか?」
「うん? 迷宮でだ」
「教えてくれる人はいたんですか?」
「そんなものはない。腹を減らした孤児だったオレは、飯のタネを探しに無謀にも迷宮に入り込んで、幸運にも死なず、わずかな銭を稼いだ。幸運が何度か続いてオレは戦い方を覚えた。それからあとは迷宮が教えてくれた。まあ年かさの冒険者の戦いをみて参考にしたことはある。何しろ何も知らなかったからな」
「レカン殿は天才ですね」
「天才はお前だろう」
「私は型を学んだから何とか戦えるんです。レカン殿には型がない。レカン殿は、手前の〈黒肌〉を引きつけて盾代わりにすることもあるし、いきなり奥に踏み込んで〈赤肌〉に斬りつけることもある」
「ああ。最初はそうでもなかったが、ここら辺りの階層では必ず〈黒肌〉が前衛で〈赤肌〉が後衛だな。最初っからそういうふうに並んでる」
「毎回レカン殿の戦いの始め方はちがう。時にはみていて何でだろうと思うこともあります。でもすぐに、それが最適解だったとわかるんです。どうして最初にこう動けばいいというのがわかるんですか?」
「何となく、勘だ」
「まるで自分がこう動けば相手がこう動くというのが予知できてるみたいです」
「相手が一体のときより、三体とか四体とかのほうが、動きは予測しやすいな」
「やっぱり」
「それと、どんなに姿が人間と似ていても、やっぱり白幽鬼は魔獣だ。ものの考え方というか、何に基づいて動くかというのが、魔獣なんだ」
「白幽鬼の行動原理は魔獣。なるほど」
「お前、時々、あてがはずれたような動きをしてるな」
「ええ。今レカン殿に言われて気づきました。私は人間相手に練られた定石に頼りすぎていたようです」
「使えるわざなら使えばいい。使えなければ使えるように工夫すればいいんだ」
「なるほど」
「それからな。迷宮で一番怖いのは人間だ。オレはそう思う」
「それはニーナエ迷宮で襲ってきた〈尖った岩〉のような人のことを言ってるんですか?」
「そうだ。だがあいつらのようなのはまだましだ。迷宮深層に潜り続ける冒険者には、感覚が狂っているというか、人としての縛りがほどけてしまったようなやつがいる。というか、そんな感覚は捨ててしまわないと、迷宮深層の敵とは戦えない」
「感覚が狂っているというのは、どういうことですか」
「たとえばお前の使ってる剣の使い心地を試してみたいとふと思って、お前が油断しているときに後ろから襲って殺し、剣を奪う。その直前まで殺気も何も放たずに、普通に話をしていたやつが、悪気もなしにお前を殺すんだ。平然とな」
「それは怖いですね。ところでレカン殿も迷宮深層の探索をする冒険者ですよね」
「オレを信じるな」
「え」
「オレもお前を全面的に信じたりはしない」
つい三日前に戦闘中に気絶し、アリオスに助けられたばかりであるのに、レカンはそう言った。命の恩人であるから無条件に信じるというようなことはできない、とレカンは言っているのである。
「なるほど」
「ただし戦いのうえで必要であれば、オレはお前に背中を預ける。お前がどうするかはお前が決めろ」
「よくわかりました、師匠」