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翌日、目を覚ましたレカンは、〈収納〉から小さな袋を取り出し、中身を手のひらに載せた。
〈幸せの虹石〉
エダの父が母にプレゼントし、母がエダに渡した石ころで、白、赤、オレンジ、黄、緑、青、紫と、七つの色をすべて備えた少し珍しい虹石だ。
高価な品というわけではないが、エダにとってはこれは、持っていれば幸せが訪れるという本当に大切な石であり、両親の形見なのだ。
エダを助けにレカンがゴンクール邸に突入した帰り道、エダはこれをレカンに渡した。
「あんたにはそれがいると思うから」
そう言って。
レカンはヴォーカを出る前にエダにこれを返そうとしたのだが、エダは受け取らなかった。
「この次会うまで、レカンが持ってて」
だから今もレカンはこれを持っている。
「それがエダさんの〈幸せの虹石〉ですか?」
「ああ」
ニーナエ迷宮を探索していたとき、〈ウィラード〉というパーティー名の由来についてアリオスが聞き、エダが説明した。だから、アリオスはこの石のことを知っている。
「オレは恵まれているな」
しみじみとレカンは自分の幸運を味わっていた。
この地に落ちて、ザイドモール家で暮らせたこと。
チェイニーとの、そしてエダとの出会い。
シーラとの出会い。
ノーマとの出会い。
アリオスとの出会い。
レカンはニーナエの迷宮を踏破した。しかも迷宮の主の部屋では一万匹の斑蜘蛛というおまけがついてきた。そのおかげでレカンの強さは大きく伸びた。
だがあれは、アリオスと、ヘレスと、エダと一緒だから乗り越えられた戦いだった。それを思えばニーナエ迷宮の冒険で助けられたのはヘレスの側ではなくレカンだったともいえる。
そして、ニーナエ迷宮で培った力があればこそ、今ツボルト迷宮を思いのままに探索できているのだ。〈爆裂剣〉で迎えた危機も、レカンとアリオスがまとう八目大蜘蛛の軽鎧のおかげでしのげた。
「ええ。私もです」
アリオスの言葉は、素直な響きを持っていた。
レカンは〈収納〉から〈インテュアドロの首飾り〉を出して首にかけ、軽鎧の下に押し込んだ。これもニーナエで得たものだ。ここからの階層では、これが必要だと思われた。
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二人はゆっくり食事をとり、五十五階層のボス部屋に入った。
「レカン殿。今度は私が先に入ってみます」
「ほう」
アリオスに続いて部屋に入ると、魔獣六体はアリオスのほうに注意を向けていて、レカンは余裕をもって相手を確認できた。
〈黒肌〉三体と〈赤肌〉三体だ。
ここらの階層までくると魔獣の反応も早くなってきて、のんびりと観察してもいられないのだが、アリオスが先行してくれれば、レカンとしてはらくだ。
「左端!」
アリオスが短く声をかける。
ということは、左端の〈黒肌〉が、たぶん恩寵つきの剣を持っている。
レカンは中央の〈黒肌〉の首を刈り取った。
アリオスが右奥の〈赤肌〉の首を落とす。
レカンが右側の〈黒肌〉の右に回り込む。恩寵武器を持つ白幽鬼の盾にした格好だ。
右側の〈黒肌〉が斜め上から剣を振り下ろすのをわずかにかわし、相手の剣を持つ手首に斬りつけた。だが、その黒くなった腕には意外な硬さがあり、〈ラスクの剣〉は金属音を立てて手首の上をすべった。
そのとき、ばりばりと音がして発光現象が起き、雷電がレカンに襲いかかった。
〈インテュアドロの首飾り〉の恩寵が発動し、その雷電はレカンの手前の見えない壁に防がれ、激しく発光する。
レカンは剣を左から右に水平に振り、手前の〈黒肌〉の首を斬り飛ばす。
そのまま回り込んで突進し、奧側の〈黒肌〉の首を落とした。
アリオスはといえば、レカンの斜め後ろに下がっている。
二体の〈赤肌〉は、アリオスを追おうともしないで、奥のほうでたたずんでいる。
「〈炎槍〉!」
〈赤肌〉の一体に〈炎槍〉が着弾し、吹き飛ばす。だが、ダメージは与えたものの倒せてはいない。この階層までくると、〈赤肌〉の魔法抵抗は相当に高い。
もう一体がうなり声を上げ始めた。
ぼおおおおおおおおうう。
開いた口のなかに青白い光がともり、爆発的な勢いでレカンに迫る。
〈インテュアドロの首飾り〉が攻撃を防ぐ。レカンは身じろぎもせず二体の魔獣とその攻撃を凝視している。
もう一体の〈赤肌〉が起き上がり、口を開くなり薄赤い光の槍を放ったが、〈インテュアドロの首飾り〉に阻まれて四散する。
最初の〈赤肌〉が青白い攻撃を放つ。
二番目の〈赤肌〉が薄赤い攻撃を放つ。
都合八度の攻撃を受けきってから、レカンは突然前進して左側の〈赤肌〉の首を飛ばした。
そのときアリオスも右側の〈赤肌〉の首を飛ばしていた。
これで敵は全滅だ。
宝箱が出ている。
なかから剣を出して鑑定した。
〈名前:雷鳴剣〉
〈品名:剣〉
〈恩寵:雷電〉
※ある程度以上の速度で振ると、前方に雷電が飛ぶ。
「ほう」
なかなかいい恩寵に思える。かなり威力もあったようだった。
アリオスにも恩寵を説明した。
「一人で複数の魔獣を相手にできそうですね。横に振ると範囲も広く使えそうです。ただあのまぶしい光は邪魔ですね」
「そうだな。だがとにかく使ってみるか」
レカンは、ぶん、と〈雷鳴剣〉を振った。
雷電が飛んで岩壁を削った。
もういちど、ぶいん、と素早く〈雷鳴剣〉を振った。
雷電が飛んで岩壁を削った。
「振る強さや速さで威力が変わるということはないようだな。それにしてもちかちかまぶしいな」
「敵の目くらましになるでしょうけど、味方の目もくらんでしまいますね」
味方以前に、使用者本人の害になる。
こんなまぶしい光が目に入ったら、一瞬目の前のものがみえなくなってしまう。目のない白幽鬼が使うにはもってこいの武器だろうが。
「とにかく五十六階層に下りよう。……五十六階層だったよな?」
「そうだと思います。それより、先ほど魔法攻撃を防いだあれは?」
「うん? 〈インテュアドロの首飾り〉の効果だが」
「その首飾りですか。ニーナエで手に入れた品ですよね?」
「ああ、そうだ。お前はこの首飾りの機能を知らなかったかな?」
「知りません」
「魔法攻撃を自動的にはじいてくれる。それに魔力庫としても使える」
魔石を回収して二人は階段に入り、下の階層に下りた。レカンはもう一度階段に戻り、呪文を唱えた。
「〈階層〉!」
やはりここは五十六階層だった。間違いない。