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五十三階層のボス部屋にレカンが入り、あとからアリオスが入ってきた。
「レカン殿。正面の〈黒肌〉、恩寵武器を持ってます!」
(ほう)
正面の〈黒肌〉が持っているのは何の変哲もないショートソードだ。
(受けてみるか)
ここまでの戦いで、レカンはほとんど敵の武器と自分の剣を打ち合わせていない。
人間相手でももともとそうなのだ。相手の武器にぶつければ、それだけこちらの剣は刃こぼれする。必要な場合は遠慮無く打ち合わせるが、その場合でも刃こぼれしないよう角度やタイミングを調整する。
だが恩寵つきの武器の威力をみずから味わう貴重な機会だ。
そう思って、相手が振り下ろしてきた剣を斜めにはじこうとした。
その瞬間爆発が起きた。
とっさに左手で目をかばったが、体全体が強く吹き飛ばされ、顔に損傷を受けた。
そしてそのまま意識を失った。
「レカン殿。起きてください」
目を開けると回廊に横たわっていた。ごく近くには魔獣はいない。
起き上がってアリオスに聞いた。
「ここはどこだ」
口のなかに何かがある。体力回復薬だ。
「五十四階層への階段に差しかかった場所ですよ」
確かにそうだ。ここはボス部屋を出てすぐの場所だ。
「運んでくれたのか。すまん」
「いえいえ」
「魔獣は全部倒したのか」
「はい。一人で六体を相手すると、かなり歯ごたえがありますね」
この迷宮ではほとんど相手の攻撃を受けたことのないアリオスだったから、ニーナエの八目大蜘蛛の素材で作った軽鎧は、先ほどまで新品同様だった。それが今はいくつもの傷を受け、よごれている。それは戦闘の激しさを示すものだ。
同行者がアリオスで幸運だった。
ほかの者であれば、レカンを守って六体の魔獣すべてを倒すなど無理だったろう。それどころか、レカンを置いて逃げても当然だ。
それにしても、レカンを守ったまま敵を倒しきったというのはすさまじい。
(こいつ何か奥の手を隠しているな)
(だがまあそれは当たり前だな)
「すまん。世話になった。体力回復薬を飲ませてくれたのか?」
「ええ。顔に赤ポーションをかけて、それからレカン殿にもらった体力回復薬を飲ませました」
剣が爆発したとき、確かに顔に損害を受けた。唇もずたずたになっていたような気がする。ただちに赤ポーションと体力回復薬を投与してくれたのは、さすがだ。
体力回復薬はレカンが作ったものだ。いざというとき使うよう、アリオスに十個渡してあったのだ。
手のひらで顔をつるりとなでたが、異常はない。〈立体知覚〉でも異常は発見できない。痛みもない。
「あれはいったい何だったんだ?」
「これですよ」
アリオスが〈箱〉からみおぼえのあるショートソードを取り出した。先ほど魔獣が持っていた剣だ。
「〈鑑定〉。ふむ。名前は〈爆裂剣〉。恩寵は〈爆発〉の小。一定の強さ以上の衝撃を与えると剣の前方に向かって爆発が起きる。回数は百回。回数制限があるのか、つまらん」
剣が爆発したとき、魔法の匂いはしなかった。ということは、恩寵剣の爆発は、魔法以外の作用によるものだ。もとの世界にもそういうものはあった。ただ、爆発したのに〈爆裂剣〉が何の損傷も受けていないのが奇妙といえば奇妙だ。
「話には聞いたことがあります。小であれだけの爆発が起きるとすると、中や大だととんでもないですね」
「使い所のわからん恩寵品だな」
「とんでもない。考えてもみてください。弱兵でもレカン殿を気絶させられるんですよ」
「む」
言われてみればその通りだ。爆発の強さは使い手の技量と関係がない。誰が持ってもあの威力が出るのだとすると、たいして強くない冒険者でも一撃で強力な魔獣が倒せるし、これが十本ほどあれば、かなりの突破力を持つ部隊が組める。
「ちょっと実験をしてみる。とにかく下りるぞ。〈隠蔽〉〈隠蔽〉」
二人は走って階段を下りた。ほかの冒険者はいなかった。
五十四階層に下りると、レカンは手近な空き部屋に入った。
いきなり岩壁に〈爆裂剣〉をたたきつける。爆発音が響き、岩のかけらが飛び散る。破片はレカンの顔にも当たった。
「アリオス。小石を投げてみてくれ」
「はい」
アリオスが投げた小石を〈爆裂剣〉で横にはじく。爆発が起きて小石は砕け散りながら吹き飛ばされた。
「もう一度だ」
「はい」
今度は剣の横腹で小石をはじいた。爆発は小石のある方向にではなく、刃先の方向、つまり地面に向かって生じた。
「アリオス。後ろ側から剣で斬りつけてみてくれ」
「はい」
レカンは、〈爆裂剣〉の刃先を左のほうに向けている。両刃の剣だが、剣身の作り方からも柄の作り方からも、明らかにこちらが表側だ。レカンは後ろ側から斬りつけるよう指示したが、それはつまりレカンからみて右のほうに打撃を加えることだ。
アリオスが指示の通りに剣で斬りつけると、斬りつけた側ではなく、左のほうに爆発が生じた。
次にレカンは〈爆裂剣〉を地面に置き、〈ラスクの剣〉で横腹をたたいた。爆発が生じたが、〈爆裂剣〉は少しばかり後ろに飛んだものの、激しく吹き飛びはしなかった。
今度は〈爆裂剣〉を鞘におさめ、そのまま岩壁をたたいた。
爆発は起きなかった。
さらに強くたたいたが、やはり爆発しなかった。
〈爆裂剣〉を拾い上げると鞘から抜き、岩壁を弱くたたいた。
爆発は起きなかった。
少し強くたたいた。
やはり爆発は起きなかった。
さらに少し強くたたいた。
爆発した。
きわめて強い力でたたいた。
爆発した。
そんなふうにいろいろの実験を繰り返した。最後には、投げつけて爆発させたり、投げつけた剣をアリオスにはじかせるようなこともした。
やがて百回の制限を越えてしまったのか、剣は爆発しなくなった。
「〈鑑定〉。うん。残り回数がゼロになっているな」
レカンはそう言って、〈爆裂剣〉を鞘に収め、地面に置いた。
「爆発は、剣から一定の方向、というか真ん前だな、真ん前にしか生じない。弱くたたいても強くたたいても爆発の強さは変わらない。人間が持っていようがいまいが、衝撃を与えれば爆発する。投げつけても爆発する。不思議なことに爆発しても剣自体は押し返されない。つまり爆発の力は前方にのみ生じる。鞘に入ってると爆発しない。そんなとこかな」
「対処法は?」
「取りあえず、白幽鬼が正体のわからない剣を持っているとき、できるだけ刃筋の正面に立たないことだな。特に剣と剣を打ち合わせるときには」
「それ、ものすごく難易度が高くないですか」
「爆発に殺傷力があるのは、せいぜい一歩の距離だ。二歩以上離れていれば危険はない。一歩以内の距離でも鎧の胴体部分で受ければ充分防げる。威力の高い部分はわずかだから、中心さえはずせば致命傷にはならん」
「ああ、なるほど。それなら何てことありませんね。さすがレカン殿」
どうもだいぶ長い時間気絶していたようだ。レカンの体内時計が、もう夕刻であると告げている。
「ボス部屋が空いている。行くぞ」
「はい」
しばらく歩いて、ぽそりと言った。
「オレはついてるな」
「私が一緒だったからですか?」
「それもあるが、もっと深い階層の強力な敵が相手で、〈爆発〉が小でなく大だったら、死んでいたかもしれん」
「なるほど。確かにそうですね」
この日は五十五階層まで下りた。ポーション以外では、〈睡眠〉がついた剣と、〈弱体化〉がついた短剣が出た。いずれも相手にその武器で傷をつけると効果が発生する。試しに白幽鬼相手に使ってみたところ、効果が現れた。ただし〈睡眠〉は成功率三割程度で、相手の抵抗力にも左右されるようだ。こんな剣はいらない。〈弱体化〉のほうは相手の速度と攻撃力が弱まる恩寵なのだが、試した限りでは必ず効果が現れた。これは強敵との戦いで切り札の一つになり得るかもしれない。
この日は迷宮で寝た。




