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一の月の十三日である。
ツボルト迷宮の探索を始めたのは九日だから、昨日までで四日探索したことになる。四日の探索で五十一階層に達するというのは、レカンにとってはじめての経験だ。
昨日は五十一階層まで到達したのだが、五十階層の大型個体は今までとは手応えがちがった。また、数も六体と多い。とはいうものの、ここにきてアリオスががぜん力を発揮している。
白幽鬼は人間型の魔獣である。そして剣や槍でしか攻撃してこない。力は強く、打たれ強いものの、首という弱点があり、動きは速くない。
対してアリオスは対人戦闘の達人である。一人で多数を相手にするわざも持っている。この迷宮でのアリオスは、ニーナエとは比較にならないほど強さを発揮できている。
また、レカンとの連携もニーナエで充分に練習できている。
つまり〈ウィラード〉にとって、ツボルト迷宮は非常に相性のよい迷宮なのだ。
迷宮に到着したレカンとアリオスは、なかに入ろうとする人の列に並んだ。
入り口前には兵士がいて、鑑札を確認してからなかに通している。
さほど待つこともなく二人は迷宮に入り、五十一階層に下りた。
「〈図化〉」
呪文を唱えると魔法が発動し、この階層の略図がレカンの脳裏に浮かぶ。
階段のある部屋は二つで、二つとも人間はいない。
近いほうの部屋に向かった。
「アリオス。今度はオレが先に入る」
「はい」
大型個体のいる部屋に入ったレカンは、いきなり魔法を放った。
「〈雷撃〉!」
横に広がって全ての敵にからみつく〈雷撃〉だ。
六体の魔獣の動きが止まる。だが死んだ魔獣はいない。
レカンは先頭の白幽鬼の首を刎ねた。
アリオスはレカンに続いて部屋に飛び込み、六体の魔獣の後ろ側に回り込む。素晴らしいスピードだ。そして一番後ろの魔獣の首を刎ねる。
レカンが二体目の魔獣の首を刎ねたとき、残った三体の魔獣が動き出した。
「〈雷撃〉!」
うまくアリオスをかわして三体の魔獣に〈雷撃〉を浴びせることができた。
三体が麻痺から立ち直る前に、その首は飛んだ。
「すごい効果ですね。この戦法、どんな相手にも通用するんじゃないですかね」
「ああ。〈雷撃〉とオレとお前の組み合わせは、いいな。使える」
「この階層から手応えが出たと思ってましたが、また簡単になっちゃいましたね」
「先に進めばいいことだ」
「私は飛び出さないほうがいいんでしょうか」
「いや。二人並ぶのは危険だ。前後か左右に散ったほうがいい。オレはお前ほど素早く移動できんし、あそこまでうまく敵のあいだをすり抜けることもできん。できるだけ広い場所に飛び出して、敵をそちらに引きつけてくれ」
部屋のなかは広くない。狭い場所に押しつけられたら動きがとれない。アリオスには、戦闘空間を広げる役をしてもらいたかった。
「了解しました」
五十二階層に下りた。
「いかんな。二つとも埋まっている」
「どうします?」
「待とう」
近いほうの部屋に向かい、入り口の前に座り込んだ。
「お。二体倒したな」
魔獣が死ぬと〈生命感知〉から反応が消える。その能力で部屋のなかのようすがある程度わかる。
「ということはあと四体ですか」
「そうだな」
アリオスとそんな会話をかわしていると、なかから冒険者たちが飛び出してきた。
真っ先に飛び出したのは杖を持った男で、老人とまではいわないが、かなり年配だ。
次に飛び出してきたのは弓を持った若い男で、金属の胸当てと金属の鉢巻きをしている。
それから剣士らしき女と、やはり剣士らしき男、槍を持った男、盾を持った男が出てきて、最後に剣を持ったがっしりした男が出てきた。
「うわあ、参った参った」
弓を持った若い男がレカンの近くに腰を下ろした。
「順番待ちか。悪いね。もうちょっと待ってくれ」
「ああ。問題ない」
「俺がどじっちゃって、〈赤肌〉一匹を封じ損ねちまってね。魔法を撃ってきやがったんで、一時退却ってわけ」
「ほう。魔法を」
この迷宮の白幽鬼が魔法を使うところなどみたことはない。
というより白幽鬼が魔法を使うのをみたことがない。
いったいどういうことなのだろう、とレカンは思った。
「そ、そ。時間をかけすぎたんだ」
「封じ損ねたというのは?」
「いやあ。矢が喉にささってると、やつら魔法を撃てないだろ? 一匹はちゃんと封じたんだけどさ。もう一匹は、喉じゃなくて、ちょっと横のほうに刺さっちゃったんだ。このへん」
若い弓使いは、自分の喉の左下のほうを指さしてみせた。
「てっきり命中してると思ってたけど、前衛が〈黒肌〉とやり合ってる最中に、ぼおおおおって声を上げ始めた。もう、びっくりしたね」
「それはびっくりしただろうな」
「リーダーが、逃げろっ、て大声出して。撤退の順番はきっちり決めてたし、入り口の前で戦ってたからね。全員無事で出てこられたよ」
盾持ちの男が口を挟んだ。
「ニコス。うまく盾に当たったからよかったが、危ないところだったぞ」
若い男はニコスという名のようだ。
「ごめん、ごめん」
がっしりした男も会話に参加した。
「一度魔法攻撃が来ると、次々に撃ってくるからな。まあ逃げちまったほうが手っ取り早い。さあ、もう一度入るぞ」
「うん」
がっしりした男はレカンのほうに向き直った。
「六体のうち〈黒肌〉二体は倒したし、残り二体にも手傷を負わせた。すぐに済む」
「ああ。幸運を」
「ありがとよ」
先ほど出てきたのと逆の順番で、七人は部屋のなかに入っていった。
レカンとアリオスは、七人が消えた入り口をしばらくながめていた。
「アリオス」
「はい」
「知ってるか。この迷宮の白幽鬼は、魔法を撃ってくるんだぞ」
「ええ。〈赤肌〉と呼ばれるほうの白幽鬼ですね。〈黒肌〉のほうは物理特化なんでしょうね」
「なんでオレたちは、その魔法をみたことがないんだろうな」
「たぶん、早く倒しすぎてるからだと思います」