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「お」
「どうしたんですか?」
「いや。さっきの三人が魔獣を倒して下に下りていったら、すぐに次の魔獣が湧いた」
「それは当たり前じゃないんですか?」
「オレのもとの世界の迷宮では、魔獣を一度倒すと、再び湧くまでにそれなりに時間がかかっていた。ゴルブル迷宮でもそうだった。ニーナエ迷宮でもそうだった。ところがこの迷宮ではちがう。この世界では迷宮の構造や仕組みに、いろいろな種類があるようだな」
「楽しそうですね」
(楽しそうですねだと?)
(楽しいに決まっている)
こうやって迷宮探索に没頭する時間は、このうえなく楽しい。しかもしばらくろくな迷宮に潜っていなかったのだから、なおさら楽しい。
レカンは口元に笑いを浮かべた。
「入るぞ」
「はい。それはいいんですけど」
「どうかしたのか」
「今度は私にも戦わせてください」
「今までも戦っていたろう」
「いえいえ。一度も剣を振ってないですよ。レカン殿が倒してしまうから」
そういえばそうだった。
「よし。次は手を出さん。お前の自由にしろ」
二人は部屋のなかに入った。
そこにはハルバードを持った〈黒肌〉の白幽鬼がいた。
アリオスはすぐには敵を倒さず、相手の攻撃をかわしながら反応を調べていた。それから少しずつ敵に傷を負わせていったが、それは倒すためではなく、黒い鎧状の外皮の特徴と弱点を確かめるための攻撃だった。
レカンがいら立ちのあまり声をかけようとしたとき、アリオスは敵をさっくり倒した。
「何かわかったか」
「全体の防御力が低すぎて、もうひとつはっきりと弱点がわかりませんでした。ただ、傷を負ってもあまり動きがにぶりませんでしたね。それはそうと、おなかがすきました」
そういえば昼食を取っていない。
ツボルト迷宮は一つ一つの階層が広大で、移動にずいぶん時間がかかる。もう夕方である。
「次の階層で空き部屋に入って食事にしよう」
どの階層も人が多い。通路に座って食事をしていると、邪魔になるかもしれなかった。
レカンとアリオスは八階層に下りた。
もはや階段は〈隠蔽〉をかけて疾走するのが当たり前になっている。
「レカン殿。さっき歩いてた冒険者がびっくりしてましたよ」
「問題ない。ちゃんと〈隠蔽〉をかけてたしな」
「〈隠蔽〉って、動き回ると完全には気配を消せないみたいですね」
「それはオレの練度が足りないからだ。ちょうどいい機会だから、階段では〈隠蔽〉を鍛える」
「努力の方向が間違ってます。いや、正しいのかな?」
空き部屋に入って食事を取り、八階層の大型個体を倒して九階層に下りた。
またも大型個体の部屋が二つとも埋まっていたが、部屋の前で待っていたらほどなく空いた。
九階層の大型個体を倒して十階層に入ったとき、レカンはあることに気づいた。
「ほう。この階層は、一つの部屋に二体の魔獣がいるな」
「そうですか」
十一階層への階段がある部屋は、やはり二つだ。
幸い、そのうちの一つが近い。
二人は階段のある部屋に直行して魔獣を倒した。
「今まで一体だったのが二体になると、普通の冒険者にはきついでしょうね」
「そうか?」
少なくともこのあたりの階層の白幽鬼は、剣でも〈炎槍〉でも簡単に倒せた。
ある程度戦力の充実した冒険者が三、四人いれば、手こずるようには思えなかった。
「それに今までより格段に動きが速くなりました」
「そうか?」
「もういいです」
もう夜もすっかり更けて、夜中といっていい時間である。
「レカン殿、帰りましょうよ。疲れました」
「いや。今夜は迷宮に泊まる」
「〈ラフィンの岩棚亭〉に帰ったほうがぐっすり眠れますよ」
「迷宮のなかで平気で寝られるようでなくては迷宮探索はできん」
「少なくともここの迷宮ではそんなことはありません」
「それに、いつボス部屋が空くかわからん」
「ボス部屋?」
「大型個体の部屋だ」
「あれ? ということは、今はふさがっているんですか?」
「一つの部屋には人が入っている。戦闘中だろうな。もう一つの部屋の前には八人が待機している」
「もしかしてレカン殿。部屋が二つとも埋まってなかったら、まだ先に進んでました?」
「もちろんだ」
アリオスは長いため息をついた。
「さっさと寝ましょう」
空き部屋に入って寝た。
翌朝はゆっくりと休み、ゆっくりと食事して、姫亀の二刻ごろ探索を開始した。
十一階層、十二階層、十三階層、十四階層、十五階層、十六階層、十七階層と、ボス部屋に直行した。少しずつ敵は強くなっていったが、まだまだレカンとアリオスを苦しめるほどではない。二人は空き部屋で食事を取り、探索を再開した。
十八階層、十九階層と進み、二十階層に下りると、敵の数は三体になった。問題なく大型個体三体を倒して二人は二十一階層に達した。
「どうも十階層ごとに一体敵が増えるようですね」
「そのようだな」
「ということは、九十階層台では、敵は十体ですか」
「まだわからんが、そういうことかもしれんな」
「ちょっと気になったんですが、一階層からここまで、部屋の大きさはほぼ同じでしたよね」
「うん? まあ、そうかな」
「この広さで敵が十体もいたら、ちょっと戦いにくいでしょうね」
「お前なら大丈夫だろう」
「私は大丈夫です。一般論として話しているんですよ」
「広々しているとはいえんな」
「たぶん冒険者の側は、十人ぐらいが精いっぱいじゃないでしょうかね。それ以上入ると身動きが取れない。いや、鈍器や大型武器を使う冒険者や魔法使いは、十人でも戦いにくいな」
「それがどうかしたのか」
「いえ。ちょっといやらしい迷宮だなと思いまして」
「楽しいじゃないか」
アリオスは、ちょっと困った表情でレカンをみた。
「まあ、狭い場所で仲間同士傷つけ合わずうまく連携を取る鍛錬にはもってこいですね」
「だろう」
「なんで自慢げなんですか」
この日は二十六階層まで探索した。四本剣が出て、うち一本は〈威力付加〉の恩寵がついていた。
そのほかに小赤ポーションが二つと中赤ポーションが一つ、小青ポーションが一つ出た。
この日は、十五の部屋に入り、三十六体の魔獣を倒して、八つ宝箱が出たわけである。今のところ宝箱の出現率は悪くない。そして剣が多い。
前日に出た〈加速剣〉と合わせると、二日で二本の恩寵剣が出たことになる。下の階層での探索が、ますます楽しみである。
ポーションはアリオスに渡した。
魔石はレカンがもらった。
当面、剣はすべてレカンが預かることにした。
〈威力付加〉の恩寵を持つ敵が出現したとき、アリオスはその敵の剣が恩寵付きだと言い当てた。あとでスキルなのかと聞いてみたが、そうではないという。どうもアリオスには特殊な剣はそれとわかる眼力があるようだ。
ところがレカンにはわからなかった。やはり魔獣が使っている最中の恩寵品をかぎ分けるのは、レカンには無理なようである。
二人は〈ラフィンの岩棚亭〉に戻った。
「明日は休養日ですよね?」
「いや。迷宮に潜る」
「休養日にしませんか?」
「しない」