3
3
階段はやはり長かった。まさかと思うが、全部の階段がこんなに長いのだろうか。
やっと二階層についた。
回廊に入り、少し歩いたところでレカンは立ち止まった。
「オレは迷宮の外で白幽鬼と戦ったことがあるが、さっきの白幽鬼よりずっと強かったし、もう少し動きもよかったように思う」
「偶然ですね、レカン殿。私もまったく同じことを考えていました。でもね、そのあとこう考えたんです」
「ほう?」
「相手が弱かったんじゃなくて、私が強くなったんじゃないかなとね」
「ふむ」
「やはりニーナエの迷宮を踏破したのは大きかったと思います。私の基礎体力は明らかに上がっています。反射速度や攻撃速度も上がっています。迷宮というのはすごい場所ですね」
「そうだ。迷宮はいい所だ」
アリオスは困ったものをみるような目でレカンをみた。
「同意するのが怖いですね」
「ふん。先に行こう」
レカンがそう促したのは、本当に先に行きたかったからでもあるが、後ろから別の冒険者たちが来たからでもある。階段から二階層に次々に入ってくる。
ずいぶん大人数だ。
まだ出てくる。
あまり人数が多いので、ちらと振り返って様子をみると、それは冒険者などではなかった。
騎士だ。
結局二十人の騎士が出てきた。
「ふん?」
奇異に思ったが、興味はなかった。
「よし。ここに入るぞ」
「はい」
階段のない部屋に入った。
大型個体以外の白幽鬼をみてみたかったのである。
やはり部屋には一体の白幽鬼がいた。
小さい。
レカンより一回り小さい。
アリオスよりは少し大きいだろう。
やはり鉄の粗末なショートソードを持っている。
少し動きをみたあと首を刎ねた。
そのまま部屋を出ようとすると、アリオスが聞いた。
「魔石は取らないんですか?」
「なに? 白幽鬼は魔石を残さんだろう」
「あれ? 迷宮のなかでは別なんじゃないんですか?」
そんなことがあるのだろうかと思ったが、確かに〈魔力感知〉に反応がある。
胸を斬り裂いて呪文を唱えた。
「〈移動〉」
魔石が採れた。二階層やそこらの魔石としては、なかなかの大きさなのではないだろうか。
それにしても、地上の白幽鬼は死んでも魔石を生じなかったが、迷宮の白幽鬼は魔石を残すのだ。迷宮には入ったことのないアリオスでもそれは知っていた。
(まだまだオレにはこの世界の常識が足りん)
(注意しなければならんな)
「この魔獣は普通の大きさでしたね」
「なに? さっき倒した白幽鬼は普通より大きかったのか?」
「ええ。そうだと思います」
なんということだ。それでは以前レカンが旅の途中一度だけ遭遇した白幽鬼も、ゴルブル迷宮で出会った白幽鬼も、特別に大きな個体だったのだ。
「待てよ。レカン殿。そういえばナークさんが言ってましたね。ツボルト迷宮に出るのは白幽鬼の特殊種で、普通の白幽鬼とは比べものにならない強さだと」
「そういえば、そんなことを言っていたな」
「どうも、私もレカン殿もすっかり感覚が狂ってしまってるようですね」
そのあと、階段のある部屋に入った。
なるほど、大型個体というだけあって、一回り大きい。だが、ゴルブルやニーナエと比べると、普通個体と大型個体の差があまりない気がした。
部屋に入るなり、レカンは魔獣の首を刎ね飛ばした。
そして二人は階段に入った。
「さっさと下に下りるぞ」
「そうしましょう」
「走れ」
「えっ?」
幸い階段は、それほど曲がりくねった構造ではない。多少薄暗いが、わりと先までみえるようになっている。レカンは飛ぶように走った。
下まで下りてみると、少し遅れて到着したアリオスが、はあはあと荒い息をしている。
「鍛錬が足りんな」
「壁走りとか岩壁下りとかはやってるんですけどね。それより、壁を蹴って跳ぶのは、走るっていうんですか?」
「オレは階段を歩きに来たんじゃない。魔獣と戦いに来たんだ」
「私もそうですが、これでは移動で体力が尽きます」
「〈回復〉」
「ありがとうございます。いや、そういう意味じゃなくてですね」
幸いなことに階段のある部屋、すなわち大型個体のいる部屋の一つは近かった。
その部屋に移動して三階層の大型個体を倒した。そして、四階層への階段に入った。
「長いな」
「長そうですね。先はよくみえませんけど」
「走るぞ」
「あの、さっきも何人かの冒険者の頭の上を飛び越えてましたね。あれ、まずいんじゃないですか?」
「ふむ。ここには初級の冒険者はおらんから、頭の上を飛び越えたぐらいでは騒がんと思うが、ゴルブル迷宮でのようなことになってもいかんな」
「ゴルブル迷宮では何をやらかしたんですか?」
「〈隠蔽〉」
「えっ?」
「〈隠蔽〉」
レカンは自分とアリオスに〈隠蔽〉をかけた。そして長い階段を駆け下りた。
〈隠蔽〉は、動いてしまうと早く効果が切れる。下の階層に着く少し前には切れてしまった。
「よし。四階層に着いたぞ」
「魔法の使い方が間違ってます。いや、正しいのかな? それにしてもこんな魔法、いつ習得したんです?」
「お前がヴォーカを離れていたときだ。あ、そういえば、お前には気配を隠すわざがあったか」
「あんな速度でばたばた走り回っていたら、〈隠足〉はできません」
「大型個体の部屋に行くぞ」
「また走るんですか?」
「もちろんだ」
「ほかの冒険者が驚きますよ」
「〈図化〉でほかの冒険者と鉢合わせしない順路をみつける」
「魔法の使い方が間違ってます。いや、正しいのか?」
たちまち四階層の大型個体を倒し、下に下りた。
五階層、六階層と、大型個体だけを倒して下に下りていった。七階層でもそうしようと思ったが、七階層の二つある階段の部屋に冒険者が入っていたので、七階層では普通の部屋に入ってみた。
「お」
「これですね、〈黒肌〉というのは」
その部屋にいた白幽鬼は、胸と腹と腕と足に黒いごつごつした表皮をまとっていた。ラスクの剣が刃こぼれしては困るので、〈収納〉から予備の剣を出して斬りつけてみた。左の肩口から右の横腹にかけて斜めに胴体を切断したが、なるほど多少の硬さはあった。
「少しは硬いみたいだが、どうということもないな。む」
白幽鬼は死体になって横たわるのではなく、宝箱に変わった。いかにも剣が入っていそうな宝箱だ。
中身を取り出してみると、やはり剣だった。
(おっ)
(恩寵品だな)
恩寵品はわずかに魔力をまとっている。だからレカンにはそうとわかるのだ。
だが、先ほどこの剣を魔獣が振っていたときには、そんなことは感じなかった。
たぶん魔獣の魔力の気配が強すぎるためだろう。
「〈鑑定〉」
名前:加速剣
品名:剣
恩寵:剣速付加(小)
「恩寵品だ」
「やっぱり」
「うん? わかっていたのか?」
「剣を振る魔獣の様子をみていて、剣速関係の恩寵がついてるんじゃないかと思ってました」
「当たりだ。名前は〈加速剣〉。速度付加の恩寵がついている」
レカンは〈加速剣〉を振ってみた。
振ろうとした速度より二割か三割速い速度で振れているように感じた。
「ふむ。面白いな。お前も振ってみるか」
「ええ」
アリオスは〈加速剣〉を受け取って二度振った。
「わかりました。お返しします」
アリオスはこれと似たような恩寵がついた品を使った経験があるのかもしれない。
いや。もっと上級の品を使ったことがあるのかもしれない。
何となくそう思った。
レカンはしばらく〈加速剣〉を使ってみることにした。
「大型個体の部屋が空いた。行くぞ」
「その〈図化〉という魔法は、ほんと便利ですね。もうレカン殿なしでは迷宮探索ができません」
「お前そもそもオレと出会うまで迷宮へ潜ったことがないだろう」
「ええ。食わず嫌いでした。でも、今は何だかわくわくしてますよ」
大型個体の部屋に行くと、入り口の前に三人の冒険者が座っていた。
黒々とした顎ひげを生やして大きな盾を持った男が話しかけてきた。
「すまんが、今わしらが攻略中なんじゃ。もう一つのほうに行ってくれんか」
「もう一つの部屋は、今戦闘中だ」
今この部屋のなかには誰もいない。ところがこの男たちは攻略中だという。つまり一度戦闘をしたが状況が不利になったので諦めたのだろう。休憩して再挑戦するのだ。もちろん部屋のなかの魔獣は更新されてしまうが、それはしかたがない。
「二度戦ってかなり手傷を負わせたからのう。次はあまり時間をかけずに倒せると思うぞ。なんならここで待っといてくれ」
「ああ。そうさせてもらう」
そうさせてもらうと返事しつつ、レカンは混乱していた。
(二度戦って手傷を負わせただと?)
(次は時間をかけずに倒せるだと?)
ということは、冒険者が全員部屋の外に出ているのに、なかの魔獣は更新されず、前の個体のままだということだ。
この迷宮は、もとの世界でなじんだ迷宮と構造が似ていると思ったが、やはりこの世界の迷宮の法則は、もとの世界とはちがうようだ。
三人をみると、それぞれ多少の手傷を負っている。
「〈回復〉」
「〈回復〉」
「〈回復〉」
「あっ」
「うおっ」
「な、なにっ?」
三人が驚いて声を上げた。
「あ、傷が消えた。疲れも取れた。あんた、〈回復〉をかけてくれたんだね」
「こりゃすごい。よく効いてる」
「おお、〈回復〉三連発とは驚いたわい。しかも杖もなしか? おみそれした。あんたよその迷宮で深層に潜ってた凄腕だったんじゃな」
「ことわりもなく余分なことをしてすまん」
「いやいや。とっととなかに入って順番を回せということじゃな。おかげでわしはすぐに戦える。みなはどうじゃ」
「おいらは、大丈夫」
「俺もだ」
「よし。じゃあ行くとするかのう。凄腕さん、ありがとうよ」
「幸運を」
「あんたものう」
三人の冒険者は部屋のなかに入っていった。