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レカンは、わくわくしていた。
いよいよ大迷宮とよばれる本格的な迷宮に挑戦できるのである。
しかもこの迷宮は〈剣の迷宮〉とも呼ばれ、さまざまな恩寵がついた剣が得られる迷宮だ。
アリオスという相棒もいる。
二人で探索できるということは、一人で探索するよりも深い階層で戦えるということだ。もちろん二人という戦力で最下層まで攻略できるとは思えない。特に百階層を越えた階層では、それなりの人数が必要だろうから、共闘できる仲間を探さなくてはならない。
だが浅い階層なら二人で充分戦えるはずだ。
どんな敵なのか。
どんな戦いを味わわせてくれるのか。
それを思うと、つい笑みがこぼれてくる。
左手には銀の指輪がはまっている。いつのころからか、風呂に入るときと寝るとき以外はほとんどはずさなくなった。迷宮泊まりや野営のときは、寝ているときも着けている。
右の腰には〈ハルトの短剣〉が収まっている。ベルトには、この短剣専用のホルダーが取り付けられ、短剣を鞘ごと収めて、絶対に抜け落ちないようしっかりと固定できるようになっている。取り出すときにはひと手間かかるが、突然使うような装備でもない。幸い〈ハルトの短剣〉はごく小さい短剣なので、動作のさまたげにはならない。
〈ザナの守護石〉と〈インテュアドロの首飾り〉は〈収納〉のなかだ。いずれ折をみて身につけるようになるだろう。
左腰に吊っているのは〈ラスクの剣〉だ。この剣は使い心地が最高によい。慣れてくるほどに、ますますよい。おそらくこの迷宮では、より優れた剣が手に入るだろうが、今はこの剣が頼りだ。
(待てよ)
(そういえば茶飲み話でシーラにこの迷宮のことを聞いたとき)
(何か気になることを言われたような気がする)
気になるといっても、その話を聞いたときは格別問題には思わなかったはずだ。
だが、今にして思うと、何かがひっかかる。何かがおかしい。
それが何だったかしばらく考えたが、思い出せなかった。
「レカン殿。どうかしたんですか?」
「うん? いや、何でもない。こっちだ」
レカンは〈図化〉で得た情報をもとに、大股で歩き始めた。
この〈図化〉という魔法は、まさに迷宮探索のためにあるといってよい魔法だ。その階層の概略図が脳裏に浮かんでくるし、魔獣の位置まで示してくれるのだ。
魔獣の位置は、レカンがもとの世界で身につけた〈生命感知〉でも知ることはできるが、〈生命感知〉には距離制限があるし、魔力の強弱によって気配が大きく感じられたり小さく感じられたりするという特徴があるため、魔獣がどこに何体いるかを知りたいときには、〈図化〉のほうが圧倒的に便利だ。
「よし、ここだ。入るぞ」
「念のため聞きますが、部屋のなかで冒険者が戦ってたりしませんね?」
「なかには魔獣しかいない」
〈生命感知〉によれば、この部屋のなかには魔獣が一体いる。人間はいない。
ここにたどり着くまで、ずいぶんじらされた。
ヴォーカからの道のりもそうだ。レカンは最大速度で走りたかったが、アリオスは一定程度以上の速度では走ろうとしなかった。しかも贅沢なことに野営ではなく宿に泊まりたがった。レカンとしては、しかたなくアリオスのペースに合わせて走ったのだ。
この町に着いて門を通るとき、番兵に迷宮はどこかと聞いた。
番兵は地図をくれた。レカンが入ったのは北門だが、北側から迷宮を目指すと通り抜けできないエリアがあり、少し遠回りになるようだ。
番兵はまた、迷宮に入るには鑑札を買う必要があると教えてくれた。それは迷宮からみてほぼ正面にある石造りの建物にある案内所で買えるのだという。
取りあえず鑑札を買おうと建物群のある場所まで行った。ものすごく時間がかかった。そしてツボルト迷宮の威容を目の当たりにして言葉を失った。
大きな構造を持つ迷宮はみたことがある。
入り口が大きい迷宮もみたことがある。
しかしこれほど大勢の人間が迷宮の入り口に詰めかけている光景はみたことがない。
出て行く人間も多い。
石造りの建物群が迷宮の入り口を取り囲むように立っており、建物群のあいだにある切れ目をたどっていけば、おのずと迷宮の入り口に着く。
だが入り口からは三方に向かって行列が続いている。そして三か所で兵士が鑑札とやらを確認している。鑑札がすぐに出てこない者は行列からはずされる。
そのあと案内所に行き、鑑札を二枚買った。一日用の鑑札と永久に使える鑑札があったが、むろん永久に使える鑑札を買った。信じられないことに、一枚が大銀貨五枚もした。今日はずいぶん迷宮に入る冒険者が多いようだが、何か特別な日なのかと聞くと、笑われた。もう午後も遅い時間だから、今は入場者が少ないのだという。朝にくればこの何倍の人が並んでいるというのだから驚きだ。
建物群の一角にある宿屋を紹介されたので行ってみたが、気に入らなかったので自分で宿を探した。
そしてそこに宿泊し、ようやく今朝、迷宮に入ることができたのだ。
昨日言われた通り、とんでもない人数の行列に並ばなくてはならなかったが、鑑札をみせるだけのことだから、流れは悪くなかった。
迷宮のなかに入ると冒険者たちは次々と呪文を唱えて下の階層に転移してゆく。
「〈図化〉」
階段の位置を〈図化〉で確認し、レカンは進んだ。アリオスは後ろからついてくる。
階段の長さに驚いた。
もといた世界では、階層と階層のあいだに階段などなかった。
ゴルブル迷宮の階段は、せいぜい三階建ての建物を下りる程度の長さだった。
ニーナエ迷宮の階段は階層によってひどく長さがちがっていたが、平均すればゴルブル迷宮の倍まではなかったはずだ。
だが今下りている階段は、ゴルブル迷宮の階段の何倍も長い。まさか全部の階段がこれほどの長さがあるとは思えないが。
やっと一階層に着いた。
階段から通路に入って、またもレカンは驚いた。
〈生命感知〉が示す人と魔獣がひどく遠くまで広がっていて、レカンの能力をもってしても把握しきれない。
「〈図化〉」
〈図化〉で表示させた一階層の見取り図は、とにかく広い。
とてつもなく広い。
部屋の数は、ざっと数えても二百以上はある。
三分の二ほどは魔獣がいる。
冒険者の数も多い。いったい何百人いるのか、数えてみる気にもならない。
幸い、階段のある部屋が、わりと近くにあった。しかも今人間はいない。
レカンは走ってその部屋に向かった。
「どうして走るんですか?」
アリオスの疑問を聞き流しながら走って、その部屋に着いた。
部屋の入り口は、薄ぼんやりした灰色の霧に覆われていて、なかはみえない。
部屋に足を踏み入れた。
2
そこには一体の魔獣がいた。
白幽鬼である。
レカンは以前に二度白幽鬼と戦ったことがある。
一度目はまだヴォーカに行く前の道中、ガスコーとかいう村での出来事だった。
その村の近くに現れた白幽鬼を倒してくれと頼まれたのだ。
あのとき会った白幽鬼は、レカンとほぼ同じぐらいの身長があり、胴回りはレカンより太かった。
二度目はゴルブル迷宮の、わりと浅い階層でのことだった。このときの白幽鬼も、レカンと同じほどの身長だった。
今目の前にいる白幽鬼も、レカンとほぼ同じぐらいの身長であり、胴回りはレカンより少し太い程度だ。
しかしこれは大型個体のはずだ。なぜそう考えるかというと、この部屋には下層に続く階段への入り口があるからだ。その入り口も灰色のもやに覆われているが、レカンの〈図化〉に映った二つの階段のうち一つがこれだ。階段がある部屋にいるのは大型個体のはずなのだ。
それに、この部屋の魔獣が〈生命感知〉の青点が最も強く光っていた。〈生命感知〉の点の強さは魔力の大きさによるのであって、戦闘力をそのまま表すものではないが、だいたいにおいて強い魔獣は内包する魔力が多い。たぶん魔獣に限っていえば、生命力と保有魔力は密接な関係にある。ゴルブル迷宮の主も魔法は使わなかったが青点は強かった。
とすると、ほかの部屋の魔獣はもう少し小型なのだろうか。
顔や指先まで含め、全身がぼろぎれで包まれたような外皮も、目があるべき位置に空いた穴も、鼻もどきも口も、以前出会った白幽鬼と同じだ。
ちがう点といえば、右手に鉄製とおぼしきショートソードを持っていることぐらいだ。
レカンとアリオスが部屋に突入してからずいぶん間をおいて、魔獣が二人に顔を向けた。眼球はないのだが、何となく気配から、今二人に気づいたのだとわかる。そして、のろのろと近づいてくる。
(ずいぶんとろくさい動きだ)
(すきだらけだな)
魔獣はレカンの目の前まで歩いてくると、のろのろと剣を振り上げ、振り下ろした。
レカンは左後ろに下がってこの攻撃をかわした。
魔獣は、いらいらするほど時間をかけてレカンの移動した方向に向き直り、再びショートソードを振り上げ、振り下ろした。
レカンは魔獣の首を刎ねた。
「あ」
アリオスが小さく声をあげた。
そういう打ち合わせをしたわけではないが、はじめて戦う相手なのだから、じっくりと攻撃をみさだめるつもりだったのに、レカンがさっさと首を刎ねてしまったので、つい声を上げたのだ。
実のところレカンも同じことを考えていたのだが、あまりに相手の動きが遅くて我慢できなかった。
「うん? もやが晴れないな」
ごまかすように階段への入り口をみて言った。
下層に続く階段への入り口は、依然として灰色のもやで覆われている。
飛び込んでみると階段に出た。
そういえば、魔獣を倒さなくても階段には入れるということだった。
二人は二階層に下りていった。




