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この日五人はほとんど寝て過ごした。アリオスだけは午後町に出かけた。
翌日、〈グリンダム〉の三人はほとんど宿屋から出ずに、のんびりと過ごした。
レカンとアリオスは早々に出かけた。信じられないことに、迷宮に行ったようだ。
翌日も同じように、〈グリンダム〉の三人はゆったりと過ごし、〈ウィラード〉は迷宮に行った。
帰ってきたとき、何階層に潜ったのかと聞いたら、九十階層だという答えが返ってきた。
そして一の月四十日、〈ウィラード〉と〈グリンダム〉は、九十九階層の大型個体に挑んだ。
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「お帰り。どうしたんだ? なんでこんなに早く帰ってきたんだ」
「やったよ、ナークさん。やったんだ」
「何をやったって?」
「九十九階層の大型個体を倒した。ぼくたちは百階層に足を踏み入れたんだ」
「おおおお! おめでとう、ブルスカ! ツインガー! ヨアナ! あれ? レカンはどこだ? アリオスは?」
「ありがとう。あの二人はまだ迷宮だよ」
「なんだって?」
「ちょっと稼いでおくんだそうだ」
「かかか。信じられんやつらだろう?」
「あきれたもんさ」
三人はゆっくり風呂につかって早めの食事を取り、早々に部屋に上がった。
アリオスとレカンも帰ってきて一緒に夕食を取った。乾杯はあったが、そうにぎやかにはならなかった。
翌日は、五人とも早く起きた。レカンとアリオスはこの日も迷宮に行った。そのことについて、もう誰も何も言わなかった。
〈グリンダム〉の三人は、武具の手入れをして過ごした。
二の月二日になった。
ついに五人は百階層越えに挑戦するのだ。
ナークは、〈あっち側〉に行った人間から直接百階層以下の話を聞いたことがあるわけではない。
だが、この町に長くいる者なら、百階層以下の話は誰でも知っている。
九十九階層まで、十階層ごとに魔獣は一体ずつ増える。九十階層台では十体だ。だから冒険者の側でも十人パーティーを組むことが多い。それ以上の人数でパーティーを組んで、何人かを交代要員にすることもある。
ところが百階層からは魔獣は五体になる。これは最終階層である百二十階層まで、ずっとそうなのだ。
魔獣の数が減るなら脅威度も減りそうなものだが、そうはいかない。逆なのだ。その理由は三つある。
一つは、魔獣が連携して戦うことだ。ここまでの階層でも、魔獣たちは集団戦をみせはする。だがそれは、個々の魔獣が自分の特性に合わせて戦った結果であり、連携というのとはちがう。ところが百階層以下では、魔獣は明らかに連携して戦うのであり、それは恐ろしいほどの効果を発揮するという。
もう一つは、部屋が急に広くなることだ。九十九階層までは、魔獣のいる部屋は常に同じ程度の広さだ。それに応じた戦い方を、冒険者たちは体にしみこませている。
ところが百階層からは部屋が広いし、魔獣の動きは速いので、戦い方を変えなければならない。ところが戦い方というのは急には変えられないものだ。
これについて、ふつう、百階層からは人数を増やすといわれている。ところが〈骸骨鬼ゾルタン〉は、百階層からは五人パーティーが最適だといい、事実ゾルタン自身は五人パーティーで最下層に到達したという。理由はよくわからないが、やたら人数を増やせばいいというものではないようだ。とにかく、百階層からは、迷宮の質がちがうのだ。
恩寵品のことも大きな問題だ。百階層以降の部屋に入ると、魔獣のうち必ず一体以上は恩寵のついた武器を持っている。強力な恩寵だ。しかも恩寵のついた武器を持っているのが一体とはかぎらない。二体が恩寵品を持っていることもあるというし、三体が持っていることもあるという。五体全部が恩寵つきの武器を持っていたことさえあるというのだ。そうなったら戦いどころではない。
もっともこうした知識は単なる伝聞であって、百階層以下の恐ろしさがナークに具体的にわかっているわけではない。
ただ一つはっきりしていることは、百階層以下では異常に死亡率が高いということだ。
(突破なんかできなくていい)
(無事に帰ってきてくれ)
夫婦二人で昼食を済ませたあと、ネルーは買い物に行った。
「今夜はお祝いになるかもしれないからね。ちょっと奮発するよ」
「……ああ」
「なんだい、生返事をして。あんたがそんなに心配してどうするんだよ」
「うるさい」
ネルーはほんとに奮発して食材を買ってきた。
つられてナークも野菜のいいところをたっぷり収穫した。
そして夫婦は黙々と料理を作った。
(今、水牛の一刻か)
(当然長期戦になるだろうから)
(帰りはかなり遅くなるはずだ)
ドアが開いた。
「ただいま!」
「えっ?」
「かえったぞい」
「英雄のお帰りだよ」
それは確かにブルスカの、ツインガーの、ヨアナの声だった。
「あんた、今の声は!」
「あ、ああ!」
二人は料理の手を止めて台所から食堂に走った。
五人がいた。五人とも無事だ。誰も欠けていない。
「おお! おお!」
「へへ。やったぜ、ナークさん、ネルーさん」
「突破したのか? 百階層越えをやったのか?」
「ああ、やった」
もちろん突破したのだ。
五人の表情をみれば明らかだ。
彼らはやり遂げたのだ。
「昼ごろには突破してたんだけど、そのあと買い取り所で騒ぎになってね」
「うん? いい恩寵のついた武器が出たのか」
「〈破損修復〉と〈体力吸収〉と〈剣速付加〉のついたシミターが出た」
「なんだと」
それはすさまじい恩寵だ。〈剣速付加〉の効果の大きさにもよるが、白金貨何枚もの値がつく逸品だ。
「〈破損修復〉は百階層以下でしか出たことがないからね。ぼくたちが百階層を越えたことがわかっちまった。奥のほうに呼ばれて騎士さんといろいろ話をしてて、それで帰りが遅くなっちまった」
「ああ、そりゃそうだろうな」
百階層以下を探索する冒険者は特別な扱いを受ける。
領主直営の最上等の旅館に無料で宿泊できて、食事代も無料だ。
「そうか。お前ら、これからはあっちに泊まるんだな」
「いや、ナークさん。〈グリンダム〉は領主直営の宿には行かないよ」
「え? 何でだ?」
「百階層以下を探索するつもりがないからだよ」
百階層以下を探索するつもりがないとブルスカが言うのを聞いて、ナークは得心し、安堵した。百階層を突破したとなればそれだけの力をつけたはずだ。その力で九十階層台の敵を次々に倒したほうが稼ぎになる。安全でもある。やはり百階層より下で戦うのは厳しすぎる。
続いてアリオスが言った。
「ナークさん。私たちは領主直営の旅館に移ります。宿舎は〈ラフィンの岩棚亭〉のままでいいと言ったんですが、とにかく決まりなので一度はあちらに移ってくれということでした」
「わかった」
「でも、あちらが気に入らなかったら帰ってきますから、私たちの部屋は契約が切れるまでそのままにしておいてください」
百階層以下を探索する冒険者に、領主は無料で宿舎を提供している。
旅館が立ち並ぶなかで最も奥にある最も豪華な建物だ。
そこの客は最優先で最高の待遇を受ける。
レカンとアリオスが帰ってくることはないだろう。
ということは、今日の夕食は、お祝いであると同時にお別れの会でもある。
「ようし。すぐに風呂を沸かすからな。疲れを落としてくれ。今夜のごちそうは期待してくれていいぞ」
歓声があがった。
その日の夜は、〈ラフィンの岩棚亭〉始まって以来のにぎやかな夜となった。
「第28話 ラフィンの岩棚亭」完/次回「第29話 ツボルト迷宮への挑戦」