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川の近くに場所を変えて野営をすることになった。
野草と木の実、そしてレカンがパレードの特訓をしながら手に入れた獣の肉で、シーラは味のよい料理を手際よく作った。シーラは日持ちのするパンを買い込んでいた。
「これをみてくれないか」
それはザイドモール領の薬師が作った下級治癒薬だ。ちっとも効き目がないように感じられたので、シーラに判定してもらおうと思ったのだ。
シーラは左手で薬を受け取ると、右手の人差し指の先に光の玉を作って、その灯りで薬をながめた。
「普通の薬師が、まじめにきちんと作った薬だね。これがどうかしたかい」
「飲んでも効かなかった」
「なんで飲むのさ。これは塗り薬だよ」
「なんだと? 治癒薬を塗るだと?」
「傷薬は傷に塗るもんじゃないのかい?」
「それは普通の薬ならそうだが、魔法薬はちがうだろう」
「ああ、そういうことかい。わかったよ。こちらの世界にも、飲んで傷が治る薬はある」
「ほう」
「あんたの世界にも、傷を治す魔法はあるだろう?」
「ある」
「その魔法を溶かし込んだ水というか、水のようなものを、こちらでは魔法水などと呼ぶ」
「魔法、すい」
「魔法の水だよ。魔法水は、ふつうは飲むものだね。そして、薬草などの素材で薬を作るとき魔法を加えることで薬効を高めたものを、こちらでは魔法薬というのさね。魔法薬には飲むものと塗るものがあるけど、傷用の魔法薬は塗り薬だね」
「ああ、そうなのか」
「そうさ。でも、そうすると、あんたがあたしに教わりたい魔法薬というのは、魔法水のことなんだねえ」
「問題があるか?」
「ないといえばないねえ。ただ、魔法水というのは即効性はあるけれど日持ちがしない」
「そうなのか」
「薬草を混ぜ込んだ薬のほうが普通は薬効も高いし、日持ちがする」
「ふむ?」
「まあ、とりあえず基本から教えていくから、そのうち教わりたいものがはっきりしたら、そう言えばいいさ」
「うむ。一から教えてくれ。それはそうと、さっき指先に明かりをともしたとき、呪文を唱えなかったな」
「ああ、〈灯光〉の魔法かい。あんなもんは誰でもできるさね」
「オレはできんがな」
「あんた、それだけ魔力があって、〈灯光〉ができないのかい?」
「しかたないだろう。魔法というものは、与えられるものであって、学び取るものではないからな」
レカンがもといた世界では、量の大小はあれ、誰でも魔力は持っていた。ただし魔法を使うには、特殊な〈能力〉が必要だった。その能力は、魔獣を倒したときまれに授かるものであり、迷宮の魔獣、とりわけ階層ボスを倒したとき、授かる可能性が高かった。どんな能力が与えられるかは、まったく選ぶことができなかったが、特定の能力を落としやすい階層ボスは存在した。迷宮の階層ボスからは、魔法ばかりではなく、そのほかさまざまな技能が得られた。神官は神殿で神から能力を授かることがあるが、それについて詳しいことは知らない。
「ふつう、修業しなくちゃ魔法は覚えられないだろう?」
「なに?」
しばらく話をして、レカンはこの世界の魔法の常識を知った。
この世界では、魔力を持つ人間は少ない。魔力のあるなしは生まれたときに決まるものであり、魔力なしで生まれた人間は、何をどうしようと魔力持ちにはなれない。
魔力を持っていたとしても、教えてもらわなければ初歩の魔法も発動できない。
魔法を教えることができるのは、すでにその魔法を習得している者だけである。ただし、ごくまれには、独自に魔法を習得できることもある。
魔力保持者には、才能の系統というものがあって、才能がない系統の魔法は、発動させられないか、発動させることができてもごく威力の小さなものにとどまり、成長することがない。逆に、才能のある系統の魔法は驚くほどの速度で成長する。
親が魔力持ちなら、子も魔力持ちに生まれることが多い。そして子は多くの場合、親と同じ系統の魔法に才能を発揮する。
「オレが新しく魔法を覚えられる可能性があるのか」
「あると思うよ」
「教えてもらえるか」
「いいとも。まあ、ぼちぼち学ぶことさね」
シーラはレカンに、〈灯光〉の魔法を教えた。
レカンは、すぐに、〈灯光〉の魔法を使えるようになった。
「〈灯光〉」
「うん、いいね。しかしまさか、一回みせただけで覚えられるとはね。あんたには、魔法がどう働いているかが、よくみえてるんだろうね」
今まで数多くの魔法使いと戦ってきた。その魔法の発動をみきわめることは生死に関わる問題だ。それが魔法を学ぶ訓練になっていたようだ。また、〈突風〉については、レカンは熟練の域にある。そのことも役に立ったのかもしれない。
「〈灯光〉」
呪文に応じて小さな明かりがともる。
それはこのうえない喜びだった。
まさか新たに魔法が使えるようになるとは。
まるでこどもに返ったようにうれしかった。
「これからしばらく、そうさねえ十日間ほどは、ほかの魔法は教えないから、〈灯光〉だけを繰り返し練習するんだよ。いろんな大きさで、いろんな距離でね。覚えはじめでいろんな魔法を使おうとすると、どの魔法の発動も中途半端になっちまう。まずは〈灯光〉をしっかり覚え込むことさね」
うれしさのあまり、レカンは、ひと眠りすると起き出して、何度も何度も〈灯光〉を発動させた。
そして薬草採取を始めた。
ずいぶん早い時刻に始めたこともあり、また固まって生えている場所をみつけたこともあって、夜明けごろには言いつけられた数がそろってしまった。
「驚いたねえ。まさかほんとに夜が明けきるまえに、二十二種類を百本集めるとはねえ」
「パームの魔法が使えたから、問題はなかった」
「パームの魔法だけじゃあ、薬草が判別できないだろう」
レカンは〈立体知覚〉という能力を使ったのだが、そのことは黙っておくことにした。