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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第28話 ラフィンの岩棚亭
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 それから十二日ばかりが何事もなく過ぎた。

 レカンとアリオスは二度ほど休養日を取ったほかは、相変わらず毎日迷宮に通っていて、一日おきに帰ってくる。つまり迷宮に入れば一晩は迷宮のなかで過ごすのが習慣になっている。

 その様子をみて、〈グリンダム〉の三人は、〈ウィラード〉は背伸びをした探索をしていると考えたようだ。

 それは無理もないことだ。この迷宮の場合、階層途中から階段に引き返すのには何の危険もないのだから、わざわざ泊まりがけで探索するということは、長期戦をやっているにちがいない。つまり長期戦をやらなければ勝てない階層で戦っているということになるのだ。

 ナークのほうでも、レカンとアリオスがどの階層に達しているかなどと気にするのはやめた。聞いて答えてもらっても、たぶんその答えを信じられない。だから聞くだけむだだ。

 二人は気持ちのよい客であり、暴れたり部屋をよごしたりすることもない。この宿の居心地のよさを楽しんでくれているし、食事のうまさを気に入ってくれてもいる。アリオスは言葉にして食事の味を褒めてくれるし、レカンは口では何も言わないが、ちゃんと味わって食べてくれているし、一かけの料理も残したことはない。

 そして宿代も払ってくれているし、風呂代や酒の代金も、そのつどきちんと払ってくれる。

 〈グリンダム〉と〈ウィラード〉のおかげで五つの部屋がずっと埋まっている。腕利き冒険者には傍若無人な者も多いが、〈グリンダム〉も〈ウィラード〉もはめをはずしたりはしない。

 〈グリンダム〉は、時々予告なく外で晩飯を食べて帰ることがある。付き合いもあるのだろうし、これはしかたのないことだ。その場合は翌日の朝に食べてもらうことにしている。料金は夕食料金だが、文句も言わずに払ってくれるのだから、ナークとしても不満はないし、損もない。

 宿屋の亭主としては、まことに満足すべき状況である。

 そのうえ妻の機嫌もよい。

 心にかかることなど何もないといえる。

 だが、その日の夜、つまり一の月の二十六日の夜、〈グリンダム〉と〈ウィラード〉の会話を聞いていて、ナークの心には消せないざわめきが巻き起こる。

 きっかけは、ツインガーの質問だった。

「ところで、あんたら。何階層を探索しとるんだ?」

「九十階層です」

 ナークは、カウンターの後ろで飲んでいた水を噴いた。

「あれ、ほんとかい。あたいたちと同じじゃないか」

「ほんとだ。びっくりだね」

「最高到達階層はどこだ?」

「今日、九十階層に到達したところです」

「かかか。そうか。九十階層の大型個体は手ごわいぞ」

「そうだねえ。あたいたちは九十二階層まで進んでる。あんたたちが追いついたら、一緒に九十三階層を目指すかい」

「はは。そりゃいいね。ツインガーはどう思う?」

「くわっかっか。それもいいのう」

 そんな会話を聞きながら、ナークは心のなかで叫んでいた。

(おい!)

(信じるのか?)

(そいつらこの迷宮に潜り始めて二十日にもならないんだぞ?)

(あ)

(〈グリンダム〉の連中はそんなこと知らんのか)

(この宿に来る前にはどこかに泊まって)

(ずっと探索してたと思ってるわけか)

(ちがうんだ!)

(そいつらこの宿に来てから迷宮探索を始めたんだ!)

「レカン殿。どうですか?」

「ふむ。せっかくそう言ってくれるんだから、九十二階層に達したら声をかけよう」

「おお! そうしてくれ。かっかっかっ」

(これが狙いか?)

(〈グリンダム〉と合同で探索することがこいつらの目的だったのか?)

(そのためにこの宿に泊まったのか?)

(だとして〈グリンダム〉をどうするつもりだ?)

(というかほんとに九十二階層に達しなけりゃ合同探索もできん)

(つまり今ほんとに九十階層に到達してるってことか?)

 迷宮探索は自己責任である。二つのパーティーが合同探索をして、何か事故が起きたとしても、それは二つのパーティーの全員にひとしく責任があることだ。ナークはべつに合同探索を斡旋したわけでも何でもないから、心配する理由などない。とはいうものの、〈グリンダム〉に何か不幸が起きるかもしれないと思えば、ナークの心はざわついてしまう。

(やはり〈グリンダム〉の連中にはひと言教えておこう)

 ナークは、そう心に決めた。

 やがて夕食の客は帰り、泊まり客五人も部屋に上がった。

 翌日の朝となり、〈ウィラード〉の二人は早々に出かけた。

 そのあとブルスカが起きてきた。

 朝食をテーブルに運んだとき、ナークは口を開いた。

「あの〈ウィラード〉の二人はなあ、今月の八日にこの町にやって来たんだ」

「今月の八日に? ああ、そのころからこの宿に泊まってるよな」

「だから、今月の九日からツボルト迷宮に潜ってるんだ」

「へえー。そうなのか」

「そうなのかじゃない。だから九十階層なんかに到達してるわけがないんだ」

「あっはっはっはっ。そりゃないよ」

「そうだろう」

「だから、以前にも来たことがあるんだよ」

 そういう感じではなかった。

 あの夜の会話からすれば、間違いなくレカンとアリオスは、この迷宮に潜ったことがない。だがそれをどう説明すればいいのか。

「あのレカンて男はただ者じゃないよ」

「それはまあそうだろう」

「アリオスのほうも、かなり腕が立つ」

「ああ」

「朝、庭でじっと立ってる姿をみたことあるかい?」

「ある」

「あれはすごい。ぼくにはわかる。あいつはちょっとそこらにはいない達人だ」

「それはそうだろうが、いくらなんでも十八日かそこらで一階層から九十階層にたどり着くわけがないだろう」

「もちろん、そんなことは無理だよ。だから以前にも何度かこの町に来たことがあるんだ」

 そう言われてしまうと、口べたなナークには、それ以上重ねる言葉がみつからない。

「何を心配してるんだい、ナークさん。大丈夫だよ。こっちは三人、あっちは二人。一緒に探索してみて合わないと思ったらすぐに合同探索は中止すればいいだけのことさ。それにあの二人、悪い人間じゃないよ」

「俺もあいつらが悪人だとは思わんのだが」

 とにかく言うべきことは言った。あとはどうなるかみまもるしかない。

 やがて〈グリンダム〉も出かけた。

 その日、〈ウィラード〉は帰ってこず、翌日の夕刻、ずいぶん早い時間に帰ってきた。

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