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「嘘ではありません」
「ふざけるんじゃない。あんたら、一昨日はじめて〈剣の迷宮〉に潜ったんだろう?」
「ええ」
「それで昨日の夕方までに二十六階層だと? そんなことがあるわけがない」
「そうですか。聞かれたから答えたんですけど、べつに信じてくれなくてもいいですよ」
柔らかく笑いながらそう言うアリオスの顔を、まじまじとみた。
(なんでこんなつまらん嘘をつくんだ?)
(まともなやつだと思ってたのに)
そのとき、ナークの脳裏にアリオスの姿が浮かんだ。
ホルティシュの木の前に静かにたたずむ姿だ。
(いや)
(こいつの強さは本物だ)
(しかも俺なんかには測れない境地にある)
(まさか本当に二日で二十六階層まで?)
(いや、ありえん)
(しかし……)
「鼠の名前は?」
「はい?」
「あんたたちが雇った鼠の名前は?」
「ああ、案内人ですか。雇ってません。必要がないんです」
「なに? 地図も鼠もなしに迷宮探索ができるわけがないだろう」
「これは内緒の話ですが、レカン殿にはどこに階段があるのかわかる探知能力があるんです」
「何だと?」
そんな話は聞いたこともない。
ナークは混乱した。
そして混乱のすえに、大胆な結論に達した。
(こいつが嘘をついてるとして)
(それを信じて俺に何か不利益があるか?)
(だったら取りあえず信じてみてもいいんじゃないか?)
(いや)
(信じるまでもない)
(嘘か本当かの判断は保留して話を進めればいいだけのことじゃないか)
「あんたの話を嘘だと決めつけて悪かった。ちょっと信じられなかったもんでな。いや、正直にいえばいまだに信じられん。だが考えてみると、あんたの話を疑わにゃならん理由もない。だから信じるか信じないかは棚上げだ。というか、考えてみたら、あんたがたが何階層を探索していようと、俺に損があるわけじゃない。怒ってすまんかった」
「いえいえ。どうということはありません」
「しかし、二日で中層組か」
「中層というのは何階層から何階層なんですか?」
「ツボルト迷宮では、一階層から十階層を浅層と呼ぶ」
「ああ、なるほど」
十一階層以下に下りれば、十階層までとは別物だとわかる。だからアリオスがああなるほどと答えたことで、少なくとも十一階層には下りているのだろうなとナークは思いながら、言葉を続けた。
「十一階層から八十階層までが中層で、八十一階層から百階層までが深層だ。潜ってる階層によって、浅層組、中層組、深層組と呼ばれる。深層組となれば一流だ」
「あれ? ここの迷宮は百二十階層まであるんじゃなかったですか?」
「百層の壁を越えられる者はめったにおらん」
「百一階層から百二十階層を探索する人は何て呼ばれるんですか?」
「特に呼び方はないが、百層越えとなれば英雄だな」
「なるほど」
「剣は出たか?」
「ええ。ポーション以外では、今のところ剣しか出ていません」
「何本出た?」
「五本です」
二十六階層に達したということは、二十五階層を踏破したということだ。二十五階層で五本というのは、多いのか、少ないのか。
二十六階層まで下りたというのが本当なら、大型個体以外との戦闘は、ほぼ行っていないはずだ。
一階層から九階層までは一体ずつ九体。
十階層から十九階層までは二体ずつ二十体。
二十階層から二十五階層までは三体ずつ十八体。
都合四十七体。
四十七体で五本剣が出たのなら、ドロップ率は悪くない。むしろ、いい。
「恩寵品はあったか?」
「たぶんあったと思います。少なくとも二本。一本は速度が速くなる恩寵で、もう一つは威力が増す恩寵ですね」
「うん? 〈鑑定〉はしてもらってないのか?」
「戦利品はレカン殿が持っています。迷宮を出てまっすぐこの宿に帰りましたから、買い取り所の〈鑑定〉は受けてません。あ、レカン殿。おはようございます」
「ああ」
ナークはびっくりして振り返った。
レカンが二階から下りてくるところだった。
かりにも冒険者だったナークに、まったく気づかれることなく階段を下りていたのだ、この男は。しかもこの巨体で。
冷や汗のようなものが背中に流れるのを感じた。
レカンとアリオスは朝食を済ませ、四十日分の宿代を払って出ていった。
「レカン殿。今日は迷宮探索は休憩にして、町の探索をしませんか?」
「いや。もう少し先に進もう」
「そんなに急いでどこに行くんですか」
「取りあえず最下層まで急ぐ」
「いや、そんな無茶な」
会話の続きはドアの向こうに消えた。
(取りあえず最下層だと?)
(大ぼらもいいところだ)
(やれやれ)
(変なやつらを泊めちまったなあ)
「ナークさん。どうしたんだい? ため息なんかついて」
「うおっ。ああ、ブルスカか。びっくりした」
「何か考え込んでたね。隙だらけだったよ」
「俺は宿屋の亭主だ。隙だらけに決まってるだろう」
「ははは。ナークさんが隙だらけだったら、ほかの宿屋は泥棒が入りたい放題だよ」
ブルスカは、小さいころの印象が強いためか、ナークのことを腕利きの冒険者だと思い込んでいた。引退して宿屋のおやじとなった今もその力は健在であるかのように思っている。
いや、実際にはナークの力量は最盛期でもたいしたものではなかったし、今は取るに足らない。それがわからないブルスカではない。要するにナークを持ち上げてくれているのだろう。
「四号室と五号室の客、冒険者だよね?」
「ああ」
「出かけたみたいだね。どんな冒険者なのかな」
この問いには、どう答えたものか迷った。
ナーク自身が、レカンとアリオスをどう評価していいかわからないでいるのだから、凄腕だとも、大ぼら吹きだとも言いにくい。
「レカンという大男と、アリオスという青年だ。アリオスは剣士だな。腕は立つ」
「へえ! 会うのが楽しみになってきたよ。レカンという人はどうなのかな」
「レカンは……〈回復〉を使うらしい」
「えっ。〈回復〉持ちか。戦闘は?」
「知らん」
「でも前衛一人で回復役一人じゃ、あまりにバランスが悪い。たぶんレカンて人も戦うんだろうなあ。強いのかな」
「階段を下りても俺に気配を感じさせない程度には使える」
「えっ。それはかなりな腕だ。ふうん」
二日間で二十六階層に到達したと言っていると教えようかと思ったが、やめた。
そんなことを言いふらしていると聞けば、ブルスカはレカンとアリオスについてよくない印象を持つだろう。
レカンとアリオスをどう評価するかはブルスカ自身の問題だ。




