5
5
翌日、レカンとアリオスは姫亀の一刻に下りてきて食事を取り、姫亀の二刻に宿を出た。
そのあと〈ろくでなし〉が出かけ、夕方に帰ってきた。
〈グリンダム〉は三人パーティーだ。
短槍使いのツインガー。
双斧使いのブルスカ。
魔法使いのヨアナ。
〈グリンダム〉の三人は、ちょっと変わった経歴を持っている。
全員がこのツボルトの生まれであり、ツボルトで冒険者になったのだが、ツボルト迷宮は駆け出しの冒険者には手ごわすぎる。彼らはそれぞれ外の迷宮で力をつけた。この時点では三人はお互いにお互いを知らない。
やがて三人はソーテルの迷宮で出会った。そしてパーティーを組んだ。パーティーを組んでから同郷だと知った。
そして彼らは三人とも、いずれツボルト迷宮を探索するという目的を持っていた。
彼らは一緒にツボルトの町に帰ってきて、〈剣の迷宮〉の探索を始めた。
〈ラフィンの岩棚亭〉に泊まるようになって、もう三年になる。
彼らは少しずつ下の層に挑戦し続け、今では〈深層組〉となった。もう町では押しも押されもしない一流の冒険者だ。
「風呂を沸かしてもらえるかのう」
ツインガーは、どうも年寄り臭い言葉遣いをする。魁偉な体躯、隆々とした筋肉、はげ上がった頭部と相まって、十歳は年上にみえる。
「あたいが一番に入るからね」
ヨアナも女性としては体格がよい。乱暴な物言いも手伝って、五歳程度は実年齢より上にみられる。
「じゃあ、ぼくは二番目だ」
双斧使いのブルスカは中肉中背で、これといって特徴のない人物だが、普段の物腰はひどく落ち着いているため、やはり七、八歳は実年齢より上にみえる。
〈グリンダム〉は三十代なかばの冒険者が集まった老練なパーティーにみえる。しかし実のところ彼らはみな今年二十七歳であり、まだまだ先をめざせる集団なのだ。
なぜナークが彼らの年齢を知っているのかというと、ナークの父とブルスカの父は友人であり、ブルスカに冒険者としての技術を教えたのはナークの父なのだ。そしてナークの父は、この迷宮の深層で手に入れた双斧をブルスカに譲った。そういう事情でナークは、ブルスカをよく知っているし、そのブルスカとほかの二人は同じ年だというのだから、ナークには全員の年齢がわかるのである。
浴室には、食堂の奥にあるドアから行ける。浴槽は樽型で、下部に薪をくべて温める。一応壁も天井もドアもついているので、冬でも入れる。庭の隅の奥まった場所にあり、道のほうからはみえない。夏場には大きな窓を全開にするので、庭の野菜や花をながめることができる。〈ラフィンの岩棚亭〉は、風呂に入れる宿屋なのである。
「ナークさん。ぼくたち、九十二階層に進んだよ」
「ほう! そいつはたいしたもんだ。よくやったな、ぼうず」
「ありがとう。でも、ぼうずはやめてくれ」
ナークはブルスカと親子ほど年が離れているし、ブルスカが赤ん坊のころから知っている。剣の手ほどきをしてやったこともある。だから今でもつい少年だったころのように呼んでしまうのだ。
この日も外は寒かったが、〈グリンダム〉の三人は、風呂に飛び込んで温まり、祝杯をあげた。
レカンとアリオスは帰ってこなかった。
別の宿に行ったのだろう。
しばらくはここに泊まるような気がしていたので、ナークは少し意外に思った。
「アリオスちゃんがいないとさびしいねえ」
片付けをしながらネルーがぽつりつぶやいた。
「もしかしたら、泊まりがけで探索してるのかねえ」
「いや、それはないだろう」
この迷宮では泊まりがけで探索する者はあまりいない。
どの階層を探索中であっても、上りの階段に入ってそこから地上階層に移動することは簡単だ。そして、魔石や宝箱を狙うにせよ、大型個体を倒してより深い階層に進むにせよ、一日戦ったあとは迷宮の外に出て、傷を癒し、体力と精神力を回復し、装備の手入れをし、消耗品を補充して、ゆっくり眠った翌日再度探索をするのが効率的だ。
だが、長期戦を挑む場合には話が別だ。
長期戦というのは、いったん部屋のなかに入って魔獣と戦い、それから部屋の外へ出て怪我の治療をし疲労を回復し、時には食事を取ってから再度部屋に入って魔獣と戦うことを繰り返す戦法だ。
ほかの迷宮のことは知らないが、少なくともこの迷宮では魔獣は部屋を出てこない。そして迷宮の魔獣はダメージを受けても回復しないか、するとしてもひどくゆっくりとしか回復しない。だからこういう戦法が成立する。
もちろん、こんな戦法が必要になるのは大型個体相手のときだけだ。大型個体ではない普通の魔獣にこんな戦法をとらねばならないようなら、そのパーティーにはその階層は早すぎる。それに稼ぎに見合わない経費が必要になるから、そんな戦法をとる意味がない。より深い階層に下りるため大型個体を相手取るときにだけ、この戦法は意味がある。
レカンとアリオスは、今日はじめて〈剣の迷宮〉に挑戦したのである。
浅い階層では長期戦などしない。そうしなければ次の階層に進めないようなパーティーは、そもそも〈剣の迷宮〉に挑むのは早すぎる。また、浅い階層では次々に挑戦者が現れるから、大型個体の部屋を独占するようなことは許されない。二人が雇った鼠が、そのことは教えたはずである。
かといってあの二人が浅い階層で死ぬとは思えなかった。
だからナークは、二人が別の宿に移ったのだと思ったのだ。
それが勘違いだと知ったのは、翌日の夕刻である。