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「ただいま。あれ? お客さんかい?」
「こんにちは。私はアリオス。こちらの人はレカンといいます。今夜こちらに泊めていただきます」
「あれまあ。行儀のいい人だねえ。様子もいいし」
「ネルー。食材を台所に運べ」
「何ぷりぷりしてんのさ。お客さんがた、待っててね。今うまい晩ご飯を作るからね」
ナークは妻のネルーとともに台所にこもり、夕食の準備を始めた。
やがて夕食が出来上がり、二人の宿泊客のもとに運んだ。
「いやあ、これはおいしい。野菜を煮る前に炒めてあるんですね。すごく香ばしいです。歯ごたえもいい。ところで、ナークさんとネルーさんもこれから食事ですか?」
「ああ」
「よかったらこっちに来て一緒に食べませんか?」
どう返事したものかと迷っているうちに、ネルーが返事をした。
「あれあれ、うれしいねえ。こんな若いいい男からお誘いを受けるなんて」
そして、さっさと二人の食事を客のいるテーブルに運んでしまった。
「白ワインはありますか?」
「ああ。あるぞ」
「じゃあ、ご主人と奥さんに白ワインを一杯ごちそうさせていただいていいですか?」
「あれまあ、なんてこと。じゃあ、あたしからもお二人にワインを一杯ずつごちそうするよ。それとも、ワインじゃ物足りないかね」
「とんでもありません。喜んでいただきます」
たちまち四杯の白ワインが準備され、四人は乾杯をした。
青年は話題が豊富で、食事しながらの会話は楽しかった。
大男も、むっつりしているがまったく愛想がないわけではなく、一緒に食事していて居心地の悪さは感じなかった。
居心地が悪いどころか、その食事は大いに心地よかった。ナークとネルーは二杯目の白ワインをごちそうしてもらった。
そうしているうちに、夕食の客が入ってきた。この日は泊まり客とナークとネルーの食事以外に十五人分の食事を用意していたが、早々に売り切れた。
食事のあと、青年は部屋に上がった。疲れたのでゆっくり休ませてもらいます、と言い残して。
食事だけの客が全員帰っても、大男はキゾルトのいぶし酒を飲んでいた。瓶はもうほとんど空に近い。
「ナーク」
大男が呼んだので、ナークはカウンター越しに大男のほうをみた。
「もしも戦闘をせずに駆け下りたら、最下層までどのぐらいで着く?」
「なんだと」
「戦いをせずに階段を下りたら第一階層から最下層までどのくらいかかるか、と聞いたんだ」
こいつは何を言ってるんだ、とナークは思った。
そのあと思い出した。
よその迷宮では、魔獣と戦闘せずに階段を下りることが可能な場合があるのだ。
「ここの迷宮の階段はな。大型個体の部屋のなかにあるんだ」
「部屋?」
「そうだ。ここの迷宮は岩穴型というんだったか、通路があって部屋がある構造だ。部屋のなかに魔獣がいる。魔獣のいない部屋もある。部屋に入らなければ魔獣と戦わなくてすむ。だが、下に下りる階段は大型個体の部屋にあるから、戦闘をせずに下に下りることはできん。いや、まあ、倒さなくてもすり抜けてもいいが、そんなやり方じゃすぐ行き詰まる。それに中層になると、実際問題として戦闘せずに階段に飛び込むのは無理だ」
「ほう? なぜだ」
「行ってみりゃわかる」
「浅い階層は戦わずに通り過ぎようと思っていたが、そうはいかんのだな」
「ここはよその迷宮とはちがって、初心者向けの敵はおらん。戦って力をつけながら少しずつ進むしかない」
「そうか。ところで、大型個体の出る部屋は決まっているんだな」
「当たり前だ」
「一つの階層には、大型個体の部屋は、つまり階段のある部屋は、いくつあるんだ」
「二つ、かな? 俺も詳しいことは知らん。だが、たぶん、たいていの階層は二つだと思う」
「ふむ。そういう構造だと、下の階層から上の階層にあがったときも、大型個体と戦わねばならんな」
「上がる? 迷宮を上がるってのか? 何のためにそんなことするんだ?」
「いや、そんなことをするつもりはない。聞いてみただけだ。そうか。回廊があって、部屋に魔獣がいて、そしてボス部屋があるのか」
「ああ、ボス部屋か。そういう意味か。なるほど、そういえばそうだな。とにかくここの迷宮はちょっと珍しい構造らしい。はじめてだととまどうかもしれんな」
「いや。オレにとってはなじみ深い構造だ」
大男は、にやりと獰猛な笑いを浮かべた。
「まあ鼠を雇うんなら、鼠に聞けばいい。まっすぐ大型個体のいる部屋に連れてってくれる。ただ実際の探索では、やはりその階層の普通の魔獣と何戦かして、特徴をつかんでから大型個体に挑戦したほうがいい」
「ほう。階層ごとに特質がちがったりするのか?」
「ああ。魔法への耐性、はあんたには関係ないかな。動きの速さとか、全体的な手ごわさは階層ごとにちがう。いきなり大型個体と戦ったら反応できんだろう」
「なるほど」
「まあ頑張れ。恩寵品持ちには気をつけろよ」
「恩寵品持ちとは何だ」
「それも知らんのか。この迷宮では魔獣の持ってる武器に恩寵がついてる場合、倒したときその恩寵武器が入った宝箱が出ることが多い。というより、ほんとにそれが恩寵品だったら、必ずそれを落とすといわれてる」
「なにっ」
「おいおい、すごい食いつきだな。とにかく恩寵品を持った魔獣は、段違いの手ごわさだ。この迷宮で死ぬやつは、たいてい恩寵に殺される。浅い階層でも恩寵品持ちの魔獣は出るからな。それもあって、ここは駆け出しには無理なんだ」
「ふふ。そうか、そうか。恩寵つきの武器を持つ魔獣を倒せば、その恩寵武器が手に入るのか。そうかそうか」
「階層ごとに、どんな種類の恩寵品が出やすいかは、鼠に聞いてくれ。ただ、出る恩寵品には幅があってな。爆発する剣が出るかと思えば、傷つけられると速度の落ちる剣が出たりする」
「ふむ。面白いな。最下層のボス部屋、ではなく大型個体が出る部屋に入れる人数には制限があるのか?」
「人数制限? いや、そんなことは聞いたことがない。最下層だろうがどこの階層だろうが、何人以上入ってはいかんというようなことはないはずだ。ただ、部屋の大きさは決まってるからな。あんまり大勢だと身動きがとれん」
大男は最後の酒を飲み干すと、カップをテーブルに置いた。
「いいことを聞かせてもらった。これは礼だ」
「おいおい、金貨じゃないか。誰でも知ってるようなことを話しただけで、こんなものをもらうわけにはいかん」
「オレにとってはそれだけの価値のある情報だった。取っておけ」
少し迷ったあと、ナークはその金貨を受け取った。
いくら何でも世間話をしただけで金貨をもらうわけにはいかない。時々つまみでも出してやろう、とナークは思った。




